第8話 荒野の国-⑧
アーク・コロッセオは爽やかな笑みを浮かべて春秋と向かい合った。
握手を交わしたことで春秋がアークの実力を見抜いたと同じように、アークもまた、春秋の実力を察していた。
だからこそ、だろうか。
「炎宮殿。もしよろしければ、私と手合わせしてもらえませんか?」
察するどころか、アークは見抜いている。
自らと春秋の力量差を。だからこそ下手に出て、春秋の実力をこの目で見たいと嘆願する。
「すまないが、断る。なにしろ時間がない」
けれども春秋はその申し出を断る。深く言及されるのも困るので、理由も添えて。
きょとんとした表情をするアークだが、すぐに表情を戻す。
「お急ぎなのですか? それでしたら馬などの足を用意しますが」
「言葉が足りなかったか。俺たちはちょっと式典に用があってな。そのためにも早くリスタリアに行きたくてな」
春秋としては出来る限り遠回しに拒絶している。
何しろ今の今まで兵士に喧嘩を売ったのは春秋だ。さすがに自粛している。
だが春秋がそんな態度を取るからこそ、アークは引き下がらない。
むしろ交渉のカードを手に入れたと言わんばかりの表情だ。
春秋もまた、失言をしたと思った。すぐに思考を切り替えて、アークの言葉を待つことにした。
「それなら丁度いいです。我々もこれからリスタリアに戻るところでしたし――そうですね、私と手合わせをしてくれれば、貴方の用事も可能な限りサポートします。それならどうでしょうか?」
それなら、と春秋はサラーサに目配せをする。
護衛兵団のトップが協力を申し出てくれるなら、非常にありがたいことだ。
クロードを探すことにも、塔の中に入ることにも都合が良い。
それに、春秋としてもアークの実力を実際に試してみたい気持ちもある。
「……そうだな。そこまでしてくれるなら、助かる」
「ありがとうございます。では、見世物になっても困りますし、街を出ましょうか」
アークの声に従って兵士たちも追従する。どうやらけっこうな大部隊で移動しているようで、兵士たちの呼び声にぞろぞろとアッシェンレードの至る所から兵士たちが出てくる。
「……車だ」
「くるま、ですか?」
街の外に出た春秋は驚いた。
この世界では見掛けることがないと思ったものがあったからだ。
白塗りの装甲。二対四つの車輪を持ち、且つ動力を自身のエンジンで補うその存在は。
とある世界の、自動車と呼ばれるものだ。
バスという、大人数を同時に運べる自動車が合計で五台。
兵士たちは次々に装備をしまい、バスに乗り込んでいく。
「トラックとかじゃないんだな」
「まあ、危険な脅威は荒野の奥に住む大型のワームなどですから。街道付近であればそこまで警戒しなくても大丈夫です」
「そういうものか」
サラーサが自動車を知らないのは、過疎の村出身だからだろう。
恐らくだが都市部ではもう自動車の普及が始まっており、発達が遅れた荒野の国だからこそ物珍しいのだ。
兵士たちは次々にバスに乗り込んでいくと、一様に窓の外に視線を向けた。
アークは悠然と街の外れ、街道から一歩を踏み出すと、春秋を待ち受けるように振り向いた。
兜を被り、バイザーを下ろす。
引き抜かれた剣を天に向け、正面で構えた。
対する春秋は、敢えて
「武器を持っていないのですか?」
「いや、そうではないが――そうだな。貸して貰えると助かる」
それは手加減ではなく、誤ってアークの命を奪わないためだ。
ブレイズ・ギアを用いれば春秋は誰に負けるつもりもない。
だがそれ以上に、ブレイズ・ギアを使えば手を抜くことが出来ない。
あれは出力の調整が思った以上に手間なのだ。と春秋は内心でため息を吐く。
我ながら扱いづらいものを造ったものだ――。
「おい、剣を貸してやれ」
「は、はいっ!」
アークの声に乗り込むのに手間取っていた兵士が、春秋へ剣を投げる。
春秋は向かってくる剣を見ることなく受け取った。「おぉ」と兵士たちが感慨の声を上げる。
剣を二、三回振り、具合を確かめる。特にこれといったギミックも仕込まれていない、平凡な剣だ。
けれどこの剣を打ったものは相当な人物なのだろう、と春秋は推察した。
「――アーク・コロッセオ」
「――炎宮春秋」
「いざ――」
「勝負ッ!」
鋼鉄が激しくぶつかり合う。
五合の打ち合いにより、春秋はアークが実力を出し切れていないことを見抜く。
続けて五合の打ち合いで、アークは春秋が手を抜いていることを見抜く。
十合の打ち合いの中で両者は互いに口角を吊り上げて、一旦距離を置く。
「っ……」
息を呑んだのは、サラーサを始めとしたギャラリーだ。
サラーサにとって、春秋は誰よりも強いと信じて疑わない人物だ。
そんな彼が、十合の打ち合いで相手を倒さなかった。
倒しきれなかったのか、見極めたいのか。
どちらにせよ、アークが春秋の御眼鏡に適ったのは事実なのだ。
兵士たちにとって、団長であるアークは誰よりも強い人物だ。
そんな団長が、十合の打ち合いで敵を下せなかったのは初めてだ。
それと同時に、アークが実力を出し切れていないこともわかっている。
アークの真髄は、その武器に備えられた機構を活用してこそ、なのだ。
だがこの場はあくまで実力を見極めるためだけの場。
それを解き放てば、最悪死人が出る。
兵士たちは身構えつつも、両者を見つめて動かない。
「手を抜いているのか、アーク」
「そういうわけでは――いえ、そうですね」
アークは構えをとくと、握った剣を見つめる。
見た目は平凡な、どこにでもあるような片手剣だ。
だがその柄には兜にもあった薔薇の紋章が刻まれており、
「この剣には、特別な仕掛けが施されています。それを解放することこそ私の真の実力。ですがあまりにも強力すぎて、手加減が難しいのです。だから」
「笑わせる。いいからその力を見せてみろ。
春秋自身、心の中で毒づく。あまりにも悪い癖だと。
少しでも強い奴を見掛けると勝負をふっかけたくなる。その力を見たくなる。
自分が管理する世界で、どれだけ自分に近づいたか、試したくてうずうずしている。
「……わかりました。ですが怪我をしても、最悪、命を失っても恨まないでくださいね?」
「ああ、いいぞ。かかってこいっ!」
春秋はどうしようもなくワクワクしている。
元より辛く、険しい旅路を送るはずだった。
全てを納得して始めた旅だ。その中で愉悦を感じることなど有り得ないと考えていたが。
まさかこんなところで、面白いものに会えるとは。
「
――それは、春秋にとって、この世界では聞き覚えのない単語だった。
その単語の意味は、よく理解している。だがこの世界で、その単語を聞くとは思わなかった。
大気に満ちるエネルギー、
森羅万象、世界のありとあらゆる生物が生成する力。
生きる力とも、
この世界には、魔力は存在していてもそれを活用する技術はないと思っていた。
この世界は魔力を用いず、電力や火力で技術を盛り上げていく世界だと把握していた。
だからこそ予想外。
だからこそ、楽しみである。
アークが突き出した片手剣に、大気中から光が集う。
その全ては刀身に吸い込まれていく。
刀身は光を帯びていき、そして充填は完了する。
「起動せよ、
刀身を輝かせた剣を、アークは構える。
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