第16話 荒野の国-⑯




 家族の、義妹・サラーサのために建造中の塔を訪れたのは、十年ほど前のことである。

 クロード・レギオンは貧しい村に、新しい名前と、特殊な力を持ってこの世界に転移してきた。

 そこで家族が、妹が出来た。守るべきものが増えた。

 だから、彼らを守り、救うために塔の建造を手伝うことにした。




   *




 リスタリアの街を訪れた時にはもう、塔は八割ほど完成していた。

 クロードは作業員として登録を終えると、すぐに作業服に袖を通し、ろくな説明もないままに現場に放り出された。

 劣悪な環境だったと、当時を振り返る。

 粉塵は舞い、小さなミスで人が死ぬ。すぐに補充され、補充された人員もまた説明をされずにどこかで命を落とす。

 それでも建設は進んでいる。

 大量に人員を投入しているからか、予定よりも大分速く、塔は完成に近づいていく。


『それでも国家のプロジェクトで、金払いはかなりよかったんだ。おかげでサラーサたちに仕送りも出来た』


 今日もまた一人、誰かが死んだ。

 現場リーダーのそんな言葉を聞き流しながら、クロードは作業に没頭していく。

 この塔が完成すれば、皆幸せになれるから。

 そう謳われていたから、半ば皆すがるように塔の建設を進めていった。

 一人、また一人と誰かが死んで。

 時に逃げ出す人もいた。


 そんな中、クロードは出会いを果たす。

 当時設立されたばかりの護衛兵団。その中でもさらに若手の、アーク・コロッセオ。

 そして、塔の開発責任者として現れた、ロード。


 クロードが異世界転移者――特殊な力を持っていると見抜いたロードは、すぐに彼を現場作業員ではなく、塔の機能を開発する現場に回した。

 そこは半ばロードの私室といっても過言ではない場所で、三人は密談のようにお互いを紹介し合った。


 護衛兵団の若き新生、アーク。

 塔の開発責任者であり、主導者、ロード。

 そして一作業員でありながら、その特異性を見出されたクロード。


 ロードの語る、塔が完成してからの未来予想図に二人は湧き上がった。

 理想論だと笑われる可能性すらあったのに、アークもクロードもその話を信じたのだ。

 もっとも、クロードの場合はそういう世界を知っているから、というのもあった。


 世界が枯れていく中で見つかった希望。

 三人は世界を救う、守るために塔を完成させることを決意した。


 ほどなくして、塔の外観は完成する。

 少しずつ事故による死者は減り、役目を終えた作業員は生まれ故郷に帰っていった。


 だがしかし、クロードは帰らなかった。

 大切な家族が待つ村に。

 それは、肝心の塔の機構――大地に満たすためのエネルギーを生むシステムが、完成していなかったからだ。

 他の塔を建設してきたロードでも、その開発には時間が掛かる、と断言していた。

 何か代替出来る方法はないのか。

 これでは塔が完成しても明るい未来がやってこない。


 嘆くクロードやアークに、ロードはそっと手を差し伸べた。


『方法は、ある。クロード、だから君を見出したんだ』


 ロードの語る、クロードの力。

 美しい銀色の炎を操る、神から与えられた奇跡の力。


『その炎は特殊な炎で、エネルギーを数倍に増幅する特性があるんだ』


『そうなんですか?』


『ああ。それを使ってる神様を、ボクは知っているから』


 クロードはその言葉を信じ、ロードの言葉を待った。


『その力のメカニズムを搭載すれば、予定よりも数年早く塔は完成する。大地に力は満ちて、海は輝き、空は自由を取り戻す』


 だがしかしいくら説明しても、クロードはその方法を理解しきれなかった。

 決してクロードが出来損ない、というわけではない。けれどもクロードの力を転用することこそが、この世界の技術では難しかったのだ。

 技術の革新も必要だ、と苦悩するロードは、苦い表情を浮かべながらクロードにある提案をした。


 それこそが、肉体の譲渡。

 その炎は肉体に宿っているから、全ての理論を把握しているロードが使いこなせるようになれば、全ての問題は解決すると。

 クロードはその言葉を信じた。その時にはすでに二年が経過しており、焦る気持ちもあったのだろう。


 そしてロードは、クロードの肉体を手に入れた。

 クロードの意識は特殊な魔石に保存され、やがて完成する高位騎士ハイ・マキナに移植することを約束して。


 アークはクロードの選択を止められなかった。

 クロードは誰よりも故郷の、妹の心配をしていたはずなのに。

 それなのにクロードは、当たり前のように肉体を差し出した。


 共に世界の未来を語り合った中だからこそ、ロードの提案を訝しんだ。

 それでも二人を止められなかったことを、アークは悩み続けた。

 後悔していたといえば、そうなのかもしれない。


 そしてゆっくりと時間が過ぎ、アークは忘れるように仕事に打ち込んだ。

 護衛兵団の団長として、クロードを想いながら。


 クロードは身動きの取れぬ魔石の中で、ロードのこなす塔の完成を見届けていた。

 妹を思わない日は一日もなかった。

 家族を思わない日は一日もなかった。

 心の中で謝罪しながら、時間は過ぎていった。


 ――サラーサという少女が兄を探してリスタリアの街を訪れたのは、それから七年後である。




   *




『サラーサには心配をかけた。でも、わかってほしい。僕は世界のために、ロードに託したんだ』


「……にい、さん」


『だから僕は、後悔はしていない。――いや、サラーサを苦しめてしまったことは、後悔している』


 クロード――銀のナイティレイズは剣を構えた。

 それは明確に、春秋に敵意を向けている。


『でも、そうしなければ世界は守れないと思ったから。サラーサが生きる世界を守りたかったから!』


 サラーサは困惑し、何も言葉を発せないでいた。

 剣を向けられたまま、アークは悔やみ顔を逸らした。

 一方春秋は、冷たい視線をナイティレイズに向けていた。


「それで世界は守られた。サラーサの幸福は約束された。そう言いたいのか、クロード」


『……はい』


「そうか。じゃあ、塔を壊しに来た俺はお前の敵だな?」


「……え?」


 その言葉に驚愕の声を上げたのは、サラーサだけだった。

 ロードは眉一つ動かさない。ナイティレイズは沈黙している。そしてアークも、そっと顔を伏せた。

 誰もが春秋の目的を知っていた。

 だからこそナイティレイズは、春秋に剣を向けている。

 それは、守るために。


「俺の目的は、この世界を終わらせること」


「春秋、様?」


 春秋はそっと、サラーサに微笑んだ。

 そして、ナイティレイズを、ロードを睨み付ける。


「この世界は力を失い、滅びの一途を辿っていた。やがては滅び、人類は絶滅する。それがこの世界だった。――だが、世界は滅びなかった。塔が完成したことによって、滅びを回避した」


「それが!」


「それのどこがダメなんですか、春秋さん」


 サラーサの言葉を奪って、ロードが続けた。

 サラーサ自身春秋の言葉の意味は全て理解出来ていない。でも、世界が終わりかけていたことも、塔によって世界が救われたことも知っている。

 だから、塔を壊すと告げる春秋の言葉は信じられなかった。

 信じたくなかった。


 春秋は淡々と、自らが知っている事実を口にした。


「この塔が、転生者たちの命を使って稼働しているからだ」


 その言葉に、ナイティレイズとアークが表情を驚愕に染め――一斉にロードに振り返った。

 ロードは静かに、口元を歪めて嗤うだけ。

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