第17話 荒野の国-⑰




 それは、知らないからこそのリアクションだ。

 春秋は目を細めながら、はぁ、とため息を吐く。


 ――焦るな。乱れるな。


 彼は必死に平成を装う。

 この場にいる四人と一機――春秋、サラーサ、アーク、ロード、そして銀のナイティレイズクロード。その中で眉一つ動かさなかったのは、この塔を建設したロードだけ。

 クロードもアークも、この塔が何を消費してエネルギーを生み出しているのか、知らなかった。


 知る必要がなかった?


 いや、違う。


 知ろうとしなかったのだ。


 これで世界は豊かさを取り戻す。

 そうであるなら、なんでもいいじゃないか、と。


「最悪を想定して行動していた。そもそもこの世界は、終わったんだ。終わる世界に豊かさを取り戻す方法なんて、"終わる世界には残されていない"」


「ええ。そうですね」


『っ、ま、待ってくれロード。何を、言っているんだ』


「……答えてください、ロード様。中央の柱が……まさか?」


 幸いなことに、サラーサもアークも異世界転生、という『有り得ない事象』について知識がある。

 やれやれ、とロードは眼鏡を持ち上げる。

 その笑顔に秘められた邪悪さは、春秋しかわからない。


「逆に問わせてください。では、何をすれば世界が満ちると思いますか? 火の力、水の力、風の力、そして――この世界では触れることすら禁忌である、原子の力。そのどれを用いれば、世界が満たされると思いますか? いいえクロード。貴方はわかっているはずです。それらを用いても、決して世界に活力は満ちない、と」


 表情を変えることの出来ない高位騎士ハイ・マキナだが、それでも苦虫を潰したような表情をしている、と推測できる。

 クロードのいた世界でも、それらの力を用いて発生するエネルギーは基本的に電力だ。電気という力によって、世界は満たされていた。

 だが電力で、生命活動が活性化するかと言われたら、クロードは首を縦に振れない。

 そもそもが違うのだ。クロードがいた世界でも『大地が豊かさを失う』事態など訪れたことがない。

 研究することすらなかったはずだ。

 いや、クロードの知らないところで行われていたかもしれないが、それを知るわけがない。


「世界を維持するエネルギーには限度がある。あまねく全ての世界に、容量は違えど、世界はそのエネルギーを消費して生きている」


 春秋の口ぶりは、世界を一つの生物として語っているようだ。


「この世界は、そのエネルギーを失ってしまった。潤いを失い、乾き、罅割れていくように。この世界はゆっくりと死に向かう」


「ですが、僕がそれを拒絶しました」


「そうだ。お前がこの塔を造り上げ、大地に世界のエネルギーを満たした」


「そうです。僕は世界を救ったのです。失われていく命へ手を差し伸べたのです」


 高らかに自らを賛美するロードを、春秋は敵意を持って睨み付ける。


「世界のエネルギーを生成する方法は、この世界、いや、どんな世界にも存在しない。そんなことが出来るのは、世界に存在しない力――世界では許容できない、規格外の力だ」


『規格外……っ、まさか、それが!?』


「その通りだクロード。魂を満たすために、転生者には特殊な力が授けられる。そして、それを扱うために肉体も、心も気付かれぬように強化される」


 言葉を失うクロードを一瞥し、春秋は中央にそびえる光の柱へ視線を向ける。

 春秋は光の柱へ歩む。

 本来なら、ロードはそれを止めなくてはならない。

 だがロードもわかっているのだ。

 今の春秋に手を出せば――殺されることくらい。

 だから、手が出せない。

 歯がゆい思いに歯を食いしばりながら、春秋の歩みを見守る。


「この柱――いや、塔こそが、ロードの目的」


 春秋が包み込むように、両手をかざす。


「光を『書き換える』。守護の陣よ、崩壊せよ」


 その言葉に従うように、みるみる内に光の柱が砕けていく。

 ガラスのように砕けていく光の柱。乱反射し複雑な光を発しながら、塔の内部の――もう一つの塔が、露わになる。


「――っ!?」


「こ、これは……っ」


『こんなの、こんなの、が?!』




 それは、語ることすらおぞましいものだった。

 顔だ。

 人の、顔だ。


 それも一つではない。十でもない。百? 千? それとも万にすら届いているかもしれない。

 黒ずんだ塔の表裏は全て人の顔で埋め尽くされている。所々割って入るかのように手足が伸びているのがより悍ましさを助長させる。

 全ての顔は苦悶の表情を見せている。

 苦しいと、見ているだけで伝わってくるほどに。

 かすかに聞こえたうめき声に、最初に嘔吐したのはアークだった。


 逃げるように壁際まで走り、何度も餌付く。

 最初にアークが取り乱したことで落ち着きを取り戻したのか、サラーサは怯えた表情で塔から目を離す。

 銀のナイティレイズは、サラーサを守るように少女の身体を両手で包み込む。

 けれど決して塔から目を逸らすことはしなかった。


 自分の罪に向き合うように。




「転生者の肉体には普通の世界では手に入らないエネルギーが満ちています」


「ああ」


「ですから、それを絞り出せば世界を存続させるエネルギーに使用することが出来ます」


「ああ」


「ここで一つ。他で六つ。都合七つ。転生者たちは礎となることでこの世界は生き続けます」


「そうだろうな」


 淡々と行われる答え合わせに、春秋は嫌気が差している。

 想定していたとはいえ、最悪のシナリオだ。

 塔は、転生者たちの命によって稼働を続けている。

 この塔があれば、世界は生きる。終わらなくていい。


「生きるために犠牲を強いることは普通ではないですか?」


「そうだな」


「命を奪い、肉を食う。弱肉強食。それは自然の中で"当たり前"のことです」


「ああ、そうだ」


 考える素振りを見せるロードだが、春秋の雰囲気は悪化するばかりだ。

 いや、ロードもわかっていて問答を繰り返している。

 まるで、春秋から何かを引き出させるように。


「では春秋さん、仮題をさせてください」


 そしてロードは、これまでの問答を前提として本題を突き付ける。


「好きにしろ」


「この世界に生きる人間をこのように『消費』したら、貴方は訪れましたか?」


「来ないな。俺が来る理由にはならない」


 きっぱりと、春秋は断言した。

 誰もが二人のやり取りに言葉を飲み込む。

 春秋とロード、どちらの言葉も理解しきれないのだ。

 ――世界に生きる生物として。


「同じ命ですよ?」


「そうだな。命の価値は平等だ」


「では何故この世界の命を消費することは良くて、転生者を利用することは駄目なのですか? 僕たちは生きるために転生者の命を喰らっただけです。そこに善悪の是非はありませんよね?」


「そうだな。答えて欲しいのか、ロード」


「ええっ! 是非とも! 貴方の言葉を! この世界に生きている! 終わりを待つことしか出来なかった人類に! 届けて欲しいのです!」


 アークは春秋の足下に、小型の集音マイクがあることに気付いた。

 このやり取りは、外の街に放送されている。

 春秋は気付いているのか、どうなのか。


「俺が約束したからだ。幸福を、満たされぬ魂が報われるように。だから俺はこの世界を終わらせにきた。これ以上、幸福を約束した者たちを犠牲にしないために」


「この世界は見捨てるのに!」


「そうだよ。この世界は終わったんだ。終わる運命さだめを無視し、暴走して、貴様らの我が儘で存続させた!」


「でも僕たちは生きるために喰らっただけですよ。貴方もそこは否定していない!」


「ああそうだ。だからこれも俺の我が儘よ。俺は、俺の意思で、この世界を終わらせにきた。俺が許せないラインを越えたから。だから俺は、塔を壊し、この世界を終わらせるッ!」


 激昂だけで、大気が震える。

 ビリビリと震える床にしがみつきながら、サラーサも、アークも、クロードも、誰もが春秋へ視線を向けていた。


「銀のナイティレイズ、世界を壊す怨敵を討ちなさい!」


『――ですがロードさん、ボクは……っ』


「あの怨敵を討ち果たさねば、この世界は終わります。妹を失いたいのですか!」


『っ……』


 知ってしまった真実に戸惑い、躊躇いを見せる銀のナイティレイズ。

 アークもサラーサも立ち上がれないでいた。立ち上がる気力を失っていた。

 春秋とロードの問答が、今も頭にこびりついている。

 自分たちが、知らぬこととはいえ、何を犠牲にして今日までを生きてきたか。


『……春秋様。ごめんなさい。それでもボクは……この世界で生きるって、決めたから』


 銀のナイティレイズ――クロード・レギオンだけは答えを出した。

 いや、その言葉は答えというよりも、自棄になって絞り出した言葉だ。


「こいクロード。俺が終わらせてやる。俺が背負ってやる。だから」


『――ああ、知っていました。貴方は優しすぎるって。だから』


 立ち上がる銀の高位騎士ハイ・マキナ

 実力差は歴然。

 勝ち目のない戦いに、銀のナイティレイズは挑まなければならない。

 わかっている。

 無駄だと。

 でも、それでも。


『あの日ボクは誓ったんです。何を犠牲にしてでも、サラーサを守るって。それが、ボクの幸福だからッ!』

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