第18話 荒野の国-⑱
この荒野の国における、技術の結晶。
その思考回路にはクロード・レギオンの思考回路が写され、AIを育成・プログラムすることなく適切な判断力・思考を得ることに成功した、存在である。
機械の肉体は、損傷を修復するだけでいい。
老化もない。コア・ブロックさえ守ることが出来れば、事実上の不死の兵隊が出来上がる。
クロードは槍を持ち、身を低く構えた。
この場での戦闘を、ロードは望んでいない。
塔の中心に鎮座する禍々しい、転生者の命を喰らう塔を守るために。
だが相対する春秋は、この場で戦うことしか視野に入れていない。
それは当たり前のことだ。彼の目的はクロードを破壊することではなく、その塔を破壊することなのだから。
塔が破壊されれば、この国は豊かさを失う。
その場合、何が起こるか。
――混乱だ。
隣国に逃げる人、国と心中する人。
だけならば、むしろ問題はない。
塔が壊れることによって、豊かさが失われる――その事実が拡散されること。
それが隣国に、世界中に知られれば、最悪の事態は起きるだろう。
ましてや塔に人の命を用いてるとなれば、必ずや反乱は起きる。
クロードの思考は起きる反乱まで想定した。その結果、サラーサに危険が及ぶ可能性までも噛みしめて。
クロードは、塔を、この国を守る選択をした。
その果てに春秋と戦うことになっている今を、後悔しているのだろうか。
否。
クロード・レギオンは炎宮春秋という存在に憧れたことはあった。
だが、国を、世界を、――妹を守るためなら。
彼はその手に武器を取る。
世界の管理者たる存在に、刃を向けることも厭わない。
例えそれが神に反逆することだとしても。
炎宮春秋は、ゆったりとした動作で
クロードの選択を咎めることはしない。
春秋は、理解しているから。クロードがどういう選択をするのかも。
そういう青年だからこそ、春秋はクロードに第二の生を与えた。
その世界で幸福を手に入れるための力を授けた。
幸福に至るために、サラーサとの出会いを用意した。
だから、悔いはない。
この世界を終わらせる決断を下した時点で、春秋は全てを覚悟した。全ての決意を済ませている。
――だから。
「ごめんなクロード。俺の落ち度だ」
『っ、なんで、なんで謝るんですか!』
春秋が口にするのは、この場にそぐわない謝罪の言葉。
「気にするな。お前はそれでいい。妹を、サラーサを守るために武器を握り、世界を終わらす
『だから何故、貴方が謝罪する!』
クロードの激昂はもっともなことだ。
クロードは春秋を、世界を終わらせる敵として戦うことを決意したのだ。
だからこそ、謝罪の言葉はいらない。
してほしく、ないのだ。
「俺がロードの真意にさっさと気付いていれば。悩まず、さっさと決意を固めておけば。うだうだせず、さっさと覚悟を済ませておけば。――お前はそんな身体にもならず、サラーサを守ることも出来たはずだ。大切な妹と、静かに暮らすことも出来たはずだ」
それは
仮定の言葉。仮想の言葉。異なる選択をした世界の話。
世界は残酷だ。
選択肢次第で、春秋とクロードは酒を交わすことが出来たかもしれないのに。
その二人は今、お互いの主張を通すための戦いを強いられている。
――いや、春秋ならば回避することは出来る。
彼に不可能はないと言っても過言ではない。
第一、彼の目的は塔の破壊、そしてこの世界を終わらせることだ。
ならば、かつてのように別の世界、という選択もあるのではないか。
だが、春秋はその選択を提示しない。
それは、彼の主張ではないから。
春秋は、この世界を終わらせる。
春秋は、この世界で生きて、死ねと突き付けてくるのだ。
『謝るな。謝るな。謝るなっ! 炎宮春秋!』
「ごめんなクロード。ごめんな……。俺がもっと早く動いていれば、"銀のナイティレイズ"なんていう、ただクロードを模した玩具は造られなかった!」
『――え?』
春秋はそれ以上を語らなかった。だからこそか、クロードはずるい、と言葉を漏らした。
だん、とクロードの上体が床に落ちた。
虚を突くに十分な言葉だった。
真実を知っている春秋だからこそ、今のクロードを見て、そして、ずっと張り巡らせていた。
「クロード・レギオンは死んでいたんだよ。ナイティレイズ。お前はな、クロードの思考を模して作成されたプログラムだ」
『そ、んナ……?』
下半身を失ったクロードは、上体だけで藻掻きながら見下ろしてくる春秋を睨む。
だが春秋は怯むことなく、言葉を続ける。
「クロード・レギオンなら、そもそもサラーサをこの場に連れてこない」
『……ッ』
「サラーサが危険に遭う可能性があるならば、その選択は選ばない。今だってそうだ。サラーサを守るために世界を選んだ。ならばお前が真っ先にすることは、サラーサを逃がすことだろう?」
『それ、は』
春秋に指摘されて、クロードは初めて自覚した。
クロード――いや、銀のナイティレイズは、藻掻くのをやめる。
上体を必死に持ち上げようと腕を伸ばす。だが、関節が紫電を流し崩れてしまう。
「俺とマキナの戦いともなれば、この場にいる誰もが被害に遭う。俺はいい。ついでに塔が壊せればいいのだから。だからお前は、『サラーサのために場所を移したい』という。そんな青年のはずだ」
春秋とクロードが交流したのは、彼がこの世界に降り立つ前のほんの一時だ。
その僅かな時の間に、春秋はクロードという人間の本質を見抜いていた。
だから、最初から違和感しかなかったのだ。
春秋が知るクロード・レギオンであれば、サラーサへ何も告げずに十年も行方をくらまさないと。
銀のナイティレイズと相対して、クロードと問いかけて、そしてハッキリした。
「お前が本当にクロードの思考をしているならば、そもそも機体が未完成の状態でもここを抜け出しサラーサに遭いにいく。お前にとってサラーサはそれだけ大切な存在だ。例え足が無くとも」
『は、はは。ははは。ハハハハハハハッ!?』
唐突に嗤い声を上げるナイティレイズを、春秋は冷ややかな眼で見下ろした。
もう動くことは適わない。下半身を失い、動かない関節では立ち上がることもままならない。
「おやすみ、クロードを模した存在よ」
『――アりがとウ』
精一杯の皮肉を込めて、ナイティレイズは最後の台詞を吐いた。
ブレイズ・ギアが振り下ろされ、コア・ブロックが破壊される。
完全に沈黙したナイティレイズを一瞥して、春秋はロードへ視線を移した。
「悪趣味だな、お前は」
「そうですね。でも、ボクを造ったのは貴方ですし」
「そうだったな。人の気持ちに浸らずに、自由な存在であれと――そうして生まれたのが、転生神ロードだ」
転生を司る神は、感情に左右されてはならない。
春秋が転生神ロードを造り上げた時に定めたのは、それだった。
転生は、次の人生の幸福を約束するものだ。
転生する魂の過去に気を遣い、流されてはならないから。
「……終わりを始めよう。転生神ロード。いや――ロードから塔の管理を命じられた分身よ」
「そこまで気付いてたんですね。まあオリジナルと一人称すら違うから当然ですか」
ここに来て、春秋は初めて明確な敵意を誰かに向けた。
敵は転生神ロード、の分身にして、クロード・レギオンの肉体を奪った者。
ロード・アニマ。
「――終わりを始める」
「絶対に、終わらせません」
世界を終わらせる者・炎宮春秋は、黄金の剣を握りしめる。
世界の救済を望む者・ロードは春秋を睨み付ける。
荒野の国における、最後の戦いが幕を開ける。
両者が背負うは、互いに世界。
――人よ。世界を背負う覚悟はあるか?
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