第9話

 私は、領主が討たれれば反乱は終わるだろうと考えていた。領主と兵士以外には手を出すなと約束もしていた。ところが、それでは終わらなかった。

 彼らは破壊と略奪を止めなかった。火炎とともに暴れまわり、兵士もメイドも聖職者も、誰もかも皆殺しにしていった。金目のものがあれば、奪っていった。彼らは私との約束などとうに忘れていた。

 これはまずいと私は気づき、お坊ちゃまを探しに走った。暴徒と化した彼らの目に映れば、たちまち殺されてしまうだろう。そうなってしまえば、私は何のために反乱に手を貸したのかわからなくなる。私は焦燥にかられ、神に祈りを捧げた。

 私はある部屋の一角にお坊ちゃまがうずくまっていたところを発見した。彼を見つけたときは、ほっと安堵の息を漏らした。だが、安心している暇などない。暴徒がすぐそこまで迫っていた。火も回っていた。石造りのため、建物自体が崩れ落ちることはないが、燃えやすい家具や絨毯などに燃え移り、勢いよく炎が踊り狂っていた。

 私はお坊ちゃまの手を引いて、礼拝堂まで逃れた。この礼拝堂には隠し通路がある。祭壇を後ろから動かすと階段があり、そこから逃れることが可能だ。

 だが、時間がなかった。礼拝堂にも火の手が上がり、床から天井まで真っ赤に染め上げた。私は炎の煙でもうろうとした頭を無理やり働かせ、通路を開こうとした。そのとき、お坊ちゃまが口を開いた。

「もういい。このままでは爺やが殺されてしまう。私は戦います。私にはこれまで学んだ武術があります。だから大丈夫です。爺やは一人で逃れてください。あなたは私の大切な人です。殺されてはなりません」

 だが、私は言った。それは私の台詞でございます、お坊ちゃま。貴方をお守りして、次の代に託すことが、私の使命でございます。だから、貴方がお逃げなさい。いくら武術の心得があるからといって、丸腰であの人数を相手にすることなどできますまい。貴方は次のこの領地の主として、責務を果たさねばなりません。私のことなど忘れて、お行きなさい。

 しかし、現実というものは残酷だった。この礼拝堂の壁は石でできていたが、天井や柱には木使われているところがあった。だから簡単に燃えた。知らぬ間に火は木の柱を伝い、天井へと燃え広がっていた。そして無情にも燃え盛る梁が崩れ、非情にもそれがお坊ちゃまの頭上へ落下し——。

 私は茫然とそれを眺めていた。こんなことがあっていいものかと思った。私は運命を呪った。

 否、これは当然の報いなのかもしれない。ずっと被害者面していた私だが、本来は加害者側なのだ。

 いくつかの足音が聞こえた。暴徒たちの足音だ。

 私は旦那様の言いなりになって、愚かにも数々の悪逆に加担した。それを立場という言い訳をしながら誤魔化していた。

 斧や槍を構えた暴徒たちが見えた。彼らはじりじりと近寄ってきた。

 これほど憎しみの炎が燃え盛ってしまったのも、悪いと知っていながらそれらを無視し続けた結果だ。見よ、この有様を。仇である旦那様を殺してもなお収まらない、怨念の炎だ。

 暴徒は私の目の前に立ち、斧を振り上げた。

 この炎は関わったもの全てを滅ぼさねば気が済まない。ならば、私を焼き尽くすがいい。それだけの罰を受ける理由が私にはある。そうだ、綺麗に焼き尽くせ。私の肉体も、罪も、魂も、全て、全て、全て——。

 斧は私の頭をめがけて振り下ろされた。


 ああ、思い出した。この城であった出来事を。

 ああ、思い出した。私のおぞましい過去を。

 忘れよう。この忌まわしき記憶を。

 私は再び眠りについた。

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痕跡と追憶 亀虫 @kame_mushi

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