第5話

 私は今、いくつもの棚が置いてある小部屋にいる。床にはくすんだガラスや陶器の破片が飛び散っており、歩くこともままならない。かつてこの棚に、下に散らばっている破片が破片でなかった頃の状態で収められていたのだろうということは想像に難くない。

 ああ、思い出した。ここであった出来事を。

 ここは食器室。食器の管理も私が行った。ここに置かれていた食器は高価なものも多く、破損、紛失をしてしまうなどもってのほか。そのため厳重な管理が求められた。

 ある日、その食器室でガシャンと何かが割れた音がした。まさかと思い私は慌ててそこに行くと、若いメイドが一人でおろおろしていた。何事かと問い詰めると、「掃除している最中に皿を落としてしまい、割ってしまった」というのだ。

 私は彼女を激しく怒鳴りつけた。あれほど食器は丁寧に扱えと言っただろう、お前はメイドとしての自覚が足りない、と。そのメイドは何度も何度も謝り続けた。目に涙を浮かべながら許しを請うた。しかし、私は許さなかった。幸い旦那様のお気に入りの皿ではなかったが、失敗は失敗だ。彼女にはそれ相応の処分を受けてもらう。

 だが、意外にもそこへお坊ちゃまがやってこられた。彼はもう十二歳、一人前の大人への道をお歩きになられていた。お坊ちゃまは「悪いのは彼女ではない、私がその皿を持って来いと命じたのだ」と言って擁護なされた。彼の目は真剣そのものだった。

 私はお坊ちゃまがそのメイドに対して密かに恋心を抱いていたことに気が付いていた。だが、たかが使用人と主人との間の恋愛など許されるものではない。お坊ちゃまにはもっと相応しい相手がいるはずだ。私は不埒なメイドに対してさらに業を煮やしたが、彼女を庇ったお坊ちゃまの顔に免じて、この場ではこれ以上怒らないようにした。私は彼女にできるだけお坊ちゃまに近づかないようにと注意するにとどめた。

 その後、私は彼女の悪い噂を他のメイドの間に流した。そうすることで、居心地が悪くなり、自然に彼女に身を引いてもらおうと思った。彼女を直接断罪すれば、お坊ちゃまは大いに悲しむであろう。だから、お坊ちゃまには知られずに去ってもらうよう仕向けたのだった。

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