第2話
私は先ほどの部屋を出て、別の部屋にたどり着く。そこは横長の大きな部屋だ。扉はなく、中の様子をはっきりと見ることができる。
中には、長いテーブルといくつもの椅子が並べられた跡がある。が、今は黒焦げの木片と原型のわからない残骸がいくつも転がっているだけで、人が住んでいた当時の様子を思い浮かべるには、少し想像力が必要だ。私はこの痕跡から、再び記憶を繋ぎ合わせる。
ああ、思い出した、ここであった出来事を。
思い浮かぶのは、お坊ちゃまが五歳になったときのこと。沢山の愛情を受けて育った彼はすくすくと育ち、いつの間にか二本の足で歩いており、簡単な言葉も話せるようになった。身長は私の腰ほどになり、ついこの間までハイハイしていたと思っていたのに大きくなったものだと、彼の成長ぶりを実感した頃だった。
その日は彼の誕生日で、食堂ではいつもより豪華な食事と、チーズ、卵、小麦粉を混ぜて作ったケーキをお出しした。そういえば、彼はそのときのケーキがたいそう気に入り、その後も幾度となく作ってくれとねだりに来たものだ。あまりにもその回数が多かったため、よく奥様に食べ過ぎないようにと怒られていたことも思い出した。私にも、あまりやり過ぎないようにと注意された。しかし、お坊ちゃまのあまりのかわいさについつい甘やかしてしまうのは、実親ではない世話係の特権であろうか。
お坊ちゃまの五歳の誕生日は笑顔のうちに終わった。奥様は笑った。メイドたちも笑った。私も笑った。いつも険しい顔をしている旦那様も笑った。具体的に何が楽しかったのか、というところまでは思い出せぬ。だが、その笑顔が非常に印象深かったという記憶は浮かんできたのだ。今思えば、この頃が最も笑顔でいられた時期だったかもしれない。
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