第3話
私は地下へ向かった。光はなく、今やそれを灯すものもなく、眼前に広がるのはただひとつの闇だった。それでも、私は進んだ。頭では忘れていても、身体がその道順を覚えていた。そして、ある部屋にたどり着いた。私はその闇に覚えがある。
ああ、思い出した。ここであった出来事を。
ここはワインセラー。ワインは光や温度湿度の細かな変化を嫌う。そのため、それらを一定に保たねば、ワインを良い状態で保管することはできない。これを管理するのが、私の仕事だった。
元々は鍵がかかっていた部屋だったが、今は壊れていて、扉が開いている。部屋の中は暗闇の中でも荒れ放題だということがわかるくらいで、おそらくワインは一本も残っていないだろう。
私はいつも決まった時間に、蝋燭で小さな光を灯しながらこの部屋にやってきて、ワインセラーを管理していた。奥様や旦那様が、そしてお坊ちゃまが成人なさったときにいつでも最上のワインをお出しできるように努めてきた。
ある日、私がワインセラーにいるときに、お坊ちゃまが訪ねてこられた。彼が八歳のときだった。どうしてこちらに来られたのか、と私は訊ねた。お坊ちゃまはこう答えた。「お勉強が嫌で、爺やと遊んでもらいたくて抜け出してきた」と。私は続けて訊ねた。どうやってここにいることがわかったのか。お坊ちゃまはこう答えた。「爺やが毎夜この部屋に来ているところを後を付けて見ていた。だから今日もここに来ていると思った」と。
私はお坊ちゃまに慕われているのが嬉しかった。だが、時には心を鬼にせねばならぬ。私は彼に向かって諭した。あなたは将来良い領主にならねばいけないのです。そのためには、今からしっかりと勉強しなければなりません。ですので、お辛いでしょうが今は辛抱してお勉強なさってください。
お坊ちゃまは納得がいかなかったためか、その場で駄々をこね始めた。「それでも今は爺やと遊びたい」と。
私は思い切って叱った。遊ぶのはちゃんとやることをやってからにしなさい、それまで私はお相手することはできません。これ以上駄々をこねるなら、お母様かお父様に言いつけますよ。
それから、お坊ちゃまは駄々をこねるのを止め、「ごめんなさい」と一言詫びてとぼとぼとお戻りになった。私はお坊ちゃまが悪いことをしたらちゃんと謝ることができる良い子に育ってくれていたことを嬉しく思ったものだ。
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