第8話

 私は礼拝堂に立っている。祭壇も長椅子もボロボロだが、それでもなお荘厳さを失っていない。私も、奥様も、お坊ちゃまも、この礼拝堂で神に祈りを捧げた。毎日ここで平和を祈り、幸せを祈り、自分に祈り、他人に祈った。

 ああ、思い出した。私が招いたおぞましい出来事を。

 あの日の夜半過ぎ、外からの轟音で私は目覚めた。あの騎士たちが持ち出した投石器を用いて城壁を破壊しようとしている音だった。

 すべては計画通り、私が手引きしたことだった。

 あの騎士とは、あの面会後にも何度か顔を合わせ反乱の計画を練った。彼らの仲間は大勢いた。かの騎士を中心として、配下の兵士たちや農民など、旦那様に不満を持つ者どもが一堂に会した。私はその様子を見て、彼らの恨みの大きさを身をもって知った。旦那様は、このどす黒い怨念の塊がすぐそこにあるということを、まだ何も知らなかっただろう。

 私は秘密裏に彼らに武器を渡すように手配し、城の構造や警備が手薄な時間など彼らにとって有利な情報を与えた。その甲斐あってか、反乱の計画はスムーズに進んだ。

 その代わり、私は彼らに一つ約束させた。それは、我が主と護衛の兵士以外の者には手をださないという約束だった。彼らに罪はない。仕えた者がたまたまあの暴君だったというだけの話だ。彼らが勇んで罪を犯そうとしたことがあっただろうか。否、ない。そのため、私は罪のない彼らを殺すことを許さなかった。

 その中には、もちろんお坊ちゃまも含まれていた。お坊ちゃまは大変良い大人にお育ちになられた。言いつけを守ってよく勉強され、武道や芸術にも積極的に取り組まれ、次期の領主としての資質を備えておられた。年は十五、我々が補佐していけば席を明け渡してもやれないことはないだろう。

 兵士については、仕方がなかった。彼らは旦那様をお守りすることが役目だ。役目を果たそうとすると、必然的に彼らが割り込まなければならないため、彼らに手を出さずに旦那様を殺すことは困難だ。だから、やむを得まい。せめてこの反乱のための人柱になってもらおう。

 かくして反乱劇は繰り広げられた。武装した騎士や農民たちは投石によって開けられた穴から次々となだれ込んできた。ある者は槍を持ち、ある者は斧を振り回し、ある者は農具で参戦し、ある者は火を放った。城の兵士は突然の襲来に驚き戸惑った。それもそのはず、私がもっとも攻めやすい時間に、もっとも攻めやすい場所から入ってくるよう仕向けたためだ。そのため兵士たちは戦いの準備もままならず、成す術もなく彼らの城内への侵入を許してしまった。

 侵入者たちにより家具は壊され、炎が燃え盛り、次々と兵士たちが殺されていった。この時間に配置された兵士は練度の低いものが多く、精々盗人をつまみ出すくらいしかしたことがなくあまり戦い慣れしていないため、これほどの人数が一斉にかかってこられるとひとたまりもなかった。

 私は旦那様を避難させた。だが、これも計算のうちだ。私は旦那様を避難させる場所をあらかじめ反乱者たちに伝えていた。そして、そこに彼らを待ち伏せさせ、殺させるという作戦だ。

 旦那様は用心深い方だった。たとえ食事に毒を入れても、それをメイドに毒味させてから食すため、奥様のように毒殺するのは難しかった。外出時も決して一人では歩かず、必ずお供を同行させて出歩いた。だが、この非常事態では、その用心深さも役に立たなかったようだ。全幅の信頼を置いていた側近の私に裏切られるなどと考える余裕もなかっただろう。

 この作戦は見事に成功した。まんまと罠に嵌められた哀れな暴君は、農民の持つピッチフォークに心臓を貫かれ、絶命した。

 私はやり遂げた、と思った。これで奥様の無念を晴らすことができた。これから新たな良き主人に仕え、良き側近として生涯を全うすることができる。私にとってこれほど嬉しいことがあろうか。だが、その喜びは一瞬でかき消された。

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