ハーデンベルギアのせい


 ~ 四月十一日(水) 五時間目 十五センチ ~


   ハーデンベルギアの花言葉 広き心



 好きなのか、はたまた嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えることをやめた。


 お隣に住む花屋の娘。

 ……しばらく休業と言ってから再び開店したせいで、逃げて行ったお客様を慌てて呼び戻している花屋の、その娘。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 今日はドレッド風にして。

 編んだ髪と交互になるように。

 ハーデンベルギアの房を垂らしています。


 小町藤コマチフジという名を持つ通り、小さくした藤のような房に。

 白と紫のお花が混在して不思議な風合いを醸し出しているのですが。


 まあ、頭からそんなものが垂れ下がっていると。


 何と言いますか。

 今日は鬱陶しく感じます。



「さて、お前たちも二年生となったわけだが。既に将来を見据えて受験の準備を始めている者もいる。勝負は始まっていることを自覚するように」


 きらきらの、新たな学年。

 きらきらの、新たな教室。

 そして、あいも変わらず堅苦しい事ばかり言う先生。


 授業の合間にそんなことを言い出しましたが、いつものように板書をするか、教科書に目を落としていてください。


 あなたの仰る通り。

 勝負は既に、始まっているのです。



 とは言いましても。

 これを勝負と呼んでいいのかどうか。


 普通、勝負は二人かそれ以上が覇を競うものですので。

 これは、一人遊びに分類されるのでしょう。


 お隣の席。

 規定通り、十五センチ離れた机で行われているのは。


 驚くなかれ、一人〇×ゲームなのです。



 ……あのですね、穂咲さん。

 見つかるから。

 今、先生はぐるりと教室を見渡していますから。


 そしてとうとう、君の方を見ながら。

 眉根を寄せてしまいましたよ?


 さすがにこれは庇えません。

 驚くなかれ、二年生になって最初に授業中に立たされるのは。

 どうやら君になりそうなのです。


「……藍川。なにか内職でもしているのか?」


 落ち着いていますけど、険を含んだ先生の声。

 でもそれに、こいつは平然と答えるのです。



「ちょっと黙っているの。あたしは、この先の事を真剣に考えているの」



 …………本日。

 奇跡が大安売り中。



 偶然かみ合った返事に、先生は満足げに頷いて。

 授業を再開しました。



 先生。

 言いはしませんけど。



 こいつが考えているのは、×の手番。

 〇が、なかなか面白いところに入って来たのです。


 でも、パターンなんかいくつもないでしょうに。

 もうその時点で引き分けですよ。


 俺がそう思いながらお隣をうかがうと。

 こいつは何か閃いたようで。


 まるで奇跡にでも気付いたように。

 嬉々として勢いよくシャーペンを走らせました。


「ぶっ!? 次は×の番でしょうが!」


 いえ、ふふんと鼻を鳴らされましても。

 なんですか、そのどや顔。


 そりゃあ勝てますよ。

 3×3のマスに、×が三個、〇が五個入っていたら。


「…………期待を裏切らん奴だな」

「ほんとですよ! こんなめちゃくちゃありますか!?」


 ……なんか、会話が上手く繋がっていませんけど。

 さっきので、奇跡は売り切れ?


「立っとれ」


 きらきらの、新たな学年。

 きらきらの、新たな教室。

 そして、あいも変わらず同じ事ばかり言う先生。


 でも、俺はようやく。

 二年生としての第一歩を踏み出した、そんな心地で。

 今までより一階高い眺めを楽しむことになりました。

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