レンゲツツジのせい


 ~ 四月十六日(月)  帰り道  三歩 ~


   レンゲツツジの花言葉 溢れる向上心



 つぼみはレンゲ。

 開けばツツジ。

 初夏の山をオレンジに染め上げる綺麗なレンゲツツジ。


 でも、それだけ群生できるということはもちろん。


「だから毒のある花はやめなさいって」


 駅の自動改札。

 途切れぬ人の列。

 俺の鼻先に揺れるレンゲツツジ。


 そんなデンジャラスゾーンを作り出すこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、低い位置でお団子にして。

 そこにレンゲツツジを三本ほど活けているのですが。


 朝から君の後ろを歩く度、具合が悪くなっていくような気がします。



「それにしても、今日は珍しく寄り道しないんだね」


 にゃんこにわんこ、ちょうちょに赤ちゃん。

 君の下校路は、登場キャスト次第で毎日変わるのに。


 最短ルートで地元駅に着いた珍しさに、思わず口を突いた言葉ですが。

 これに穂咲は、予想外な返事をしてくるのです。


「おうちの手伝いするの。さっきママに連絡しといたの」

「へえ! いい心がけです。急にどうしたの?」

「急にじゃないの。前からワンコ・バーガーでバイトしてるの」

「君との会話はね、たまにページを飛ばしちゃった気分になるのですよ」


 起承転結という言葉があるけれど。

 君のは転転転転転転転です。

 ゲームブックを最初から順番に読んでる気分です。


「ページなんか飛んでないの。最初からおうちのお手伝いの話をしているの」

「最初は確かにお手伝いの話でしたけど、二ページ目でバイトの話になっているでしょうが」


 突っ込む俺の横で、ぽてっと足を止めてしまう穂咲ですが。

 タレ目で、ぼーっと俺を見つめていますけど。

 なんです? 春だから、頭の中も春爛漫ですか?



 そんな、お花畑な穂咲の頭に。

 風に吹かれたモンシロチョウがひらひらり。

 一匹、また一匹と。

 羽を休めに止まってしまいましたけど。


 穂咲の頭に詰まった蜜は。

 ただでさえ少ないので、あんまり吸っちゃダメですよ?


 そして、頭のちょうちょをさらに一匹増やした穂咲が。

 ぼーっとした顔のままで言いました。


「……おかしな道久君なの。春だからぼーっとしてるの?」

「驚きました。セリフのふき出しを勝手に取らないでください」


 それは俺のふき出しですから。

 出版前に、編集さんも気付いて欲しいのです。


 でも、穂咲は首をふるふると振ると。

 ……ちょうちょを三匹、風に乗せて送り出しながら。


 二年生らしく、少しだけ大人びた笑顔で。

 俺が想像もしていなかったようなことを言うのです。




「家計が大変ってママが言ってたから。専門学校に入るお金は自分で稼ぐことにしたの」




 急に、穂咲との距離が。

 たった三歩の距離が、とっても遠くに感じて。




 ――だから俺は、素直に褒めることも出来ずに。


 自分にメッキを張り付けながら、ちょっと意地悪なことを言ってしまいました。




「……専門学校に入るためには、バイトなんかしている場合じゃないでしょう。俺みたいに、まずはちゃんと家で勉強なさいな」

「勉強もするの。四時間って決めてたドラマを、毎日三時間に減らしてるの」

「多いなドラマ! せめて二時間くらいは勉強しないと合格なんて無理です」


 意地悪な事を言った。

 そんな自覚が、俺をその場から逃がそうとします。


 穂咲の、少ししょんぼりとした顔をそれ以上見つめていることも出来ず。

 背中を向けて歩き出しました。


 そんな俺の後ろ。

 いつもより、ちょっと早足になった俺の後ろに。

 穂咲はとてとてついて来ます。


 そして振り向く先で。

 とっても向上心に満ちた声音と共に、握りこぶしを作るのです。


「勉強も頑張るの。でもあたしは、まずバイトの正社員を目指すの」

「…………君の目指す場所、アトランティスより遠いところにありますが」

「目指すの」


 やれやれ、やっぱり勉強が先だと感じるのですが。

 思わず苦笑い。

 いつもと同じペースに落としてあげると。

 穂咲はようやく、見慣れた横顔を俺に見せてくれました。


「まあ、頑張りなさい。……俺も見習おうかな。バイト、急に入りたいって言ってもやらせてくれそうだし」


 でも、素直な言葉をつぶやく俺に。

 穂咲は首をふるふると振りました。


「ダメなの。道久君には道久君の仕事があるの」

「ん? だから、仕事をしたいって言ったのですが?」

「違うの。あたしんちのお手伝いするの」


 ……君は何を言っているのでしょう?


「あたしはバイトなの」

「はあ」

「さっきママに、おうちのお手伝いするって連絡しといたの」

「えっと、それは家計のお手伝いをするって意味じゃ……」

「違うに決まってるの。道久君がおうちの手伝いをするの」


 ……いやはやまったく。

 君がバイトの正社員になる前に。

 俺は家事手伝いの正社員になれそうです。


 呆れ果てる俺を尻目に。

 再び握りこぶしを作った穂咲がワンコ・バーガーへ入っていきます。


 君の向上心。

 もうちょっとまっすぐ上に向いてくれればいいのに。

 なんてひねくれているのでしょう。



 でも、なにかを忘れているような。

 首をひねる俺の耳に、叫び声が聞こえてきました。


「てめえ、バカ穂咲! 毒のある花はやめろ!」



 …………。


 さあ、帰りましょう。

 なんたって、家事手伝いの正社員を目指さねばならないのですから。

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