レンゲソウのせい


 ~ 四月十三日(金) 朝の昇降口 七百足 ~


   レンゲソウの花言葉 あなたは私の苦痛を和らげる



 神話では。

 ニンフが姿を変えていた花を摘んでしまったドリュオペが、代わりにこの姿にさせられたとか。


 それが信じられるほど、美しくてどこか妖艶。

 レンゲソウは、白からピンクへのツートーンの花びらが。

 まるで花火のように広がる美しいお花。


 だからお花はみんな。

 女神が姿を変えたものと言われるのです。


 ……まあ、そんな女神様の若芽を。

 俺たち日本人はおひたしにして食べちゃうのですけど。


「まったく。君がレンゲソウなど摘み始めるのがいけないのです」

「だって綺麗なの。女神様なの。美味しそうなの」

「それじゃ女神様が美味しそうに聞こえます」


 君は悪魔か何かでしょうか。


 この考え無しにしゃべる頓狂な女の子は、藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は女神様風に編み込みにして。

 出がけには一輪だったレンゲソウが、今や十数本頭に生えているのですが。


 そんなに女神様を拘束して。

 ほんとに悪魔王にでもなった気でいるのでしょうか。



 今日は穂咲のせいで。

 予鈴直前、かなりギリギリの登校となったというのに。

 昇降口へ辿り着くなり、こいつは古典的なやつをやらかすのです。


「ほら時間ないんだから。お約束はやめて、二年の下駄箱に来なさいよ」


 呆れながら、一年生の下駄箱へ向かった穂咲へ声をかけたのですが。

 一向に戻ってきません。


 そればかりか。

 かぱこかぱこと蓋を開け閉めする音がずっと続いているのですけど。


 いくらなんでもおかしいと、一年生の下駄箱列へ顔を出してみると。


「せ、先輩。大丈夫ですから……」

「心配ないの。それに、先輩なんて呼ばれちゃったら余計張り切っちゃうの」


 穂咲が上機嫌にかぱこかぱこと下駄箱を開け閉めしている向こう、申し訳なさそうに、サイドテールの大人しそうな一年生がいるのです。


 そんな彼女はローファーのままで。

 多分、自分の下駄箱が分からなくなってしまったのでしょう。


「ねえ穂咲。そうやって全部開け閉めする気?」

「もちろんそうなの」


 かぱこかぱこ。

 さすがは穂咲レーダー。

 よく困ってる人に気が付くね、君は。


 でも、なんて効率の悪い。


「何年何組か教えて欲しいんだけど。あと、出席番号のあたりを付けたいから苗字も教えてくれない?」

「ええと、すいません。下駄箱の場所を忘れたわけじゃなくて……」


 そう言いながら、彼女の開いた下駄箱には。

 ローファーが既に入っているのです。


「ああ、なるほど」


 誰かが間違えちゃったのか。

 俺は、隅から順に下駄箱をあさる穂咲を放っておいて。

 彼女が開いたところのすぐ上を開いてみたら。


「……これっぽいね」


 女性用の上履きがちょこんと納まって。

 一発で探し当てちゃったのですけども。


「あの、それにも気付いていまして。でもそれが本当に私の上履きと間違えたのかどうかわからないので……」


 なるほど、優しい子なのです。


 だったらスリッパという手もあるのですが。

 入学してすぐ、いきなりスリッパで現れた同級生。

 奇異の目で見られてしまうかもしれないのです。


 さて、いい方法はないものか。

 悩む俺を、今度は穂咲が無視して。


 あっという間にその上履きを掴んで出席番号を確認すると、彼女のクラスへ向けて駆け出しました。


「うおおい! 下履きのまま!」


 ああもう、しょうのない。

 俺は一年生の手を引いて。

 二人して靴を脱いで廊下を走ると。


「たのもーなの!」


 一年生がびっくりすること間違いなしの掛け声が聞こえてきました。


 ……こうして君は伝説になっていくんだね。

 もう手遅れなので、走る速度を落とした俺の後ろ。

 びくびくして、不安そうに見上げる後輩の姿があるのです。


 こんな事件で悪目立ちしたくないよね。

 これをきっかけにイジメられたりとか、つい考えちゃうよね。


 でも。


「……大丈夫だよ」


 あいつは基本、バカだけど。

 親切と目玉焼きに関しては天才なんだ。


 出席番号から割り出した慌てんぼさん。

 その子と上履きを取り換えた穂咲が。

 教室から、廊下へ顔を出します。


 おお。

 なんという企み顔。


 何かうまい手を思い付いているのですね?

 では、黙ってお手並みを拝見しましょうか。


 などと、すべてお任せした俺は。

 いきなり後悔することになりました。


「ふっふっふ。これが欲しければ、あたしの言う事を聞くの! あと、靴を間違えて履いてっちゃった子も道連れなの!」

「ええ!? あ、あたしは言われた通りにしますから、間違えてしまった人には悪い事をしないでください!」


 うわあ。

 こりゃまた酷い手を考えたもんだ。


 ごめんなさい皆さん。

 俺が手を抜いたばっかりに。



 頭を抱えながら。

 廊下から教室に入った俺は。


 悪魔王にチョップをくれると、上履きを奪い取って。

 悲壮な表情を浮かべた後輩の手にしたローファーと交換してあげました。


「これは下駄箱に入れておいてあげるから。……ほら、悪党。俺たちも行くよ?」


 俺は穂咲を連行しながら、教室をあとにしましたが。

 なにも、騒ぎを大きくして元々の事件をうやむやにしなくても。


 ……自分が悪者にならんでも。


「バカだねえ君は」

「でも、あの子なら間違えちゃった子を庇うと思ったの」


 いやはや、君の対人レーダーは優秀だね。


 そして君が悪党になったおかげで。

 これならあの子は感謝されこそすれ。

 逆恨みとかされることは無いだろうけど。


「……バカだねえ君は」


 俺が再び同じセリフを口にすると。

 本鈴が鳴ってしまいました。



 やれやれ、今日は一時間目から廊下ですか。

 そんな俺の頬は。

 なぜか、緩んでいるのでした。


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