カリフォルニアポピーのせい
~ 四月十七日(火) 三十センチ ~
カリフォルニアポピーの花言葉 私の願いを聞いて
昨日、午後八時。
バイトから帰るなり、まずはメシとか言いながら鞄を押し付けてきたので。
その鞄で頭を叩いたら泣き出した、
でも、今日は同じようなことをされたとしても。
頭をたたくことを躊躇します。
と、いうのも。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭の上で丸いお盆の形にして。
お盆の中央に、カリフォルニアポピーの花を一つ置いているのですけれど。
四つの大きな花びらが重なり合って。
まるでスイーツ容器のような、オレンジ色のカリフォルニアポピー。
手の平には、ちょっと大きなお花の器。
何がよそってあるのかな?
きっとかわいいフルーツゼリー。
桃とチェリーとホイップクリーム。
ぷるぷる揺れる甘い洋菓子が輝くのは。
その身にフルーツとキラキラな夢を閉じ込めているからなんだ。
「柏餅なのだよロード君!」
「……納得いきません、教授」
なんという妄想ブレイカー。
心の中で、何かがパリーンと砕け散りましたよ。
すっかり洋菓子気分だった俺の前にお菓子の日本代表とも言える選手を置かれ。
下唇をとがらせていたら。
教授の後ろの席で、神尾さんがいつものように苦笑いを浮かべる姿が目に入りました。
「……さすがは妄想女王、今のが分かるとは。俺のクレーム、正しいですよね?」
「あはは……。秋山君、カリフォルニアポピーを見ながら幸せそうな顔してたから、なんとなく察してあげることはできるけど……」
口を「ワ」の字にしながら固まる神尾さんですが。
クラス替えばかりでなく、席替えすらしないせいで。
今年も教授の頭が邪魔で、黒板が見えづらそうなのです。
まったく、連日でかい花を活ける教授と。
面倒くさがりの担任には困ったものです。
「なにか含むところがあるようだねロード君! いいとも、忌憚なく意見してくれたまえ!」
「いいえ、自分の中で整理をつける問題ですので。でも柏餅は早すぎませんか?」
端午の節句に食べるものでしょうに。
「うむ、そう思って、少々工夫してみたのだよロード君!」
工夫、という言葉に不安を抱いた直後。
柏餅の上に目玉焼きを乗せられました。
……さすがにその工夫は別々にいただきます。
今日は最長記録に挑もうというのでしょうか。
固まったままの神尾さん。
教授が彼女の席にも柏餅をふるまっている間。
俺は余計なトッピングだけ、先に胃袋へ押し込みました。
久しぶりに単体で味わう目玉焼きは相変わらずのおいしさで。
でも、俺が舌鼓と共にデザートへ手を伸ばしたその時。
神尾さんから変な音が鳴り始めました。
「ふにゃ!? ……あ、あれれれ? これ、あの、あれ???」
パニックに陥りながら。
一口かじった柏餅と教授を何度も見比べていますけど。
なるほど、先ほど教授が話していた「工夫」とやらは。
柏餅に仕込まれていましたか。
「……教授。何入れやがりました?」
「なにもおかしいことなどない! さあ、君もかじってみたまえ!」
どうせ逃げ道などどこにもない。
俺は覚悟を決めつつ柏餅をかじり。
そして月並みとは思いながらも。
おそらく誰もが柏餅を食べたときにつぶやくであろう感想を口にしました。
「教授。……これ、桜餅」
鼻を抜ける、塩漬けにした桜の香りがとっても幸せなのですが。
それ以上に、柏餅だと思ってかじった脳がパニックを起こしてしまいます。
「わざわざ桜の葉っぱを柏の形に加工してみたのだよ!」
「ややこしい。神尾さんに謝りなさい」
「……でも、季節感は大事なの」
「柏餅に挑んだ時点でフライングです。どうして先行販売に踏み切ったの?」
いまだに目を白黒させている神尾さんに。
ポットからお茶を淹れて渡してあげると。
教授が、ぱあっと笑顔を浮かべながら理由を語ってくれました。
「こどもの日、楽しみなの」
「へえ。どこかに行くの?」
「ううん? なにか思い出があるの。でも思い出せないの」
「…………へえ」
いつもの穂咲のセリフですが。
付き合う気はさんさらありません。
二年生になって、勉強も難しくなっているので。
君の思い出探しを手伝う暇がないのです。
「だから、こどもの日にちなんだ食べ物尽くしにすればきっと思い出すの」
「こどもの日の食べ物? 柏餅以外にあるの?」
「あるの。だから、こないだはブリをおつくりにしたの」
「聞いたこと無いです。なにそれ」
「それはね、秋山君。端午の節句には出世魚を食べると縁起がいいのよ」
ようやく落ち着いた神尾さんが。
柏餅風の桜餅をちまちまとかじりつつ教えてくれたのですが。
「神尾さん、たまにおばあちゃんみたいなこと言うよね」
「ひうっ!? ……お、おばあちゃ……」
ああ、いけない。
これは酷いことを言ってしまいました。
そんな、落ち込んでしまった神尾さんを。
教授がフォローしてくれます。
「こんなの常識なの。道久君がもの知らずなの」
「すいませんでした。他にもあったら教えて欲しいのです」
神尾さんの機嫌をうかがいながらお願いすると。
まだ少し落ち込みながらも、指折り教えてくれるには。
「あとはチマキ、鯉こく、カブト煮とかかな」
「へえ! そんなにあるんだ!」
これは驚いた。
俺がもの知らずと言った教授の言葉、どうやら正しいようです。
でも、そんなどや顔、君がしないでいいでしょうに。
「なんですその顔。教授の手柄じゃないです」
「これくらい常識なの」
「だったら君も一品くらい言いなさいな」
「
「おお、それはなるほど確かに。…………ねえ教授」
「なあに?」
「それ、飲み物じゃないよ?」
「うそなの」
大真面目に俺のことを否定していますけど。
冗談だよね?
あと、神尾さん。
固まってないで、助けて欲しいのですけど。
何とかしないと。
どえらい未来予想図なのです。
お昼ご飯のテーブルに。
お湯にぷかりと浮かぶ菖蒲の葉と目玉焼き。
そんなものを呆然と妄想していたら。
神尾さんがやさしく肩をたたいてくれました。
「さすがは妄想女王、今のが分かるとは。神尾さんからも何か言ってください」
「菖蒲湯は古来から伝わる薬湯だから、大丈夫」
「…………やっぱり、おばあちゃんです」
「ひうっ!?」
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