キングサリのせい


 ~ 四月三十日(月祝)  十三年前  ~


   キングサリの花言葉 淋しい美しさ



 きょうはおとこのこのおまつりだから。

 ぼくのおまつりなんだよっていってたのに。

 ねえおかあちゃん。

 ほっちゃんがぼくのひなあられをとっちゃうの。


 こいのぼりはうれしくておよいでて。

 でもよろいかぶとはこわくてにらんでて。

 それに、ほっちゃんがおおきいひなあられだけぜんぶとっちゃうの。


 ぼくのおまつりたのしくないよ?


「……なんでひなあられなんだ?」

「いいじゃないのさ、女の子のお祭りは休日じゃないんだから。男の子ばっかり贔屓されてる腹いせさね!」

「どんな理屈だ。扱いで言ったら、女子は七五三で二回も祝ってもらえるんだ。それでトントンだろう」

「わはははは! あんたこそバカなことばっかり言って! 一生に二回と毎年とじゃ比べもんになんないじゃないさ!」


 ねえおかあちゃん。

 むつかしいおはなしをおとうちゃんとしてちゃいやだよ。

 ほっちゃんがぼくのひなあられをとっちゃうんだ。


 ぎゅうってにぎっていてもとられちゃうの。

 なさけようしゃないの。


「あんたたち、ほんと仲いいわねえ」

「いやいや、口喧嘩してんだけど?」

「まったくだ」

「うちは口喧嘩にならないから、羨ましいわよ」

「あはははは! そりゃ無いものねだりってもんよ! 優しくていい旦那じゃないのさ、あたしの方が羨ましいわ!」

「こら。俺を前にして何て言い草だ」


 おかあちゃんたちはたのしそうなのに。

 ぼくはたのしくないの。

 それにほっちゃんがぼくのよろいかぶとまでほしがるからかなしいの。


 とっちゃいやー。


 ぼくのよろいかぶとをとろうとするから。

 いやだからほっちゃんのずぼんをひっぱったけど。


 おはしのてもおちゃわんのてもつかまってるのに。

 ぼくはまけてずるずるひっぱられて。


 ……でも。

 これたのしい。


 おなかでずるずる。

 どこまででもひっぱられて。


 そしたらほっちゃんのずぼんがぬげて。

 おでこがゆかでごちんってなったの。


「ふええええええええ」

「あらやだ! 道久君、平気?」

「あんたほんと泣き虫ね。まあ、すげえ音聞こえたけどさ」


 おかあちゃんがきてくれたから。

 ちゅーりっぷのえぷろんにとびこんで。


 いたかったけど。

 ああよかった。


 おかあちゃんがいれば。

 ほっちゃんによろいかぶとまでとられないの。


「こら、ほっちゃん! 危ないから鎧を触っちゃダメ!」

「ふむ。これは秋山信友のぶともが実際にいくさ場で着用したといわれる鎧兜だからな。子供は遠ざけておこう」

「……だれ?」

「武田信玄の重鎮です。時は永禄十一年……」

「ああ、そういうのいらない。でも戦国時代からある品にしてはピカピカ過ぎない?」


 おとうちゃんがむすっとがおになってる。

 このときはぼくがなにをしてもおこるかおなの。


「どうせ偽物さね。ほれ、そんじゃ兜をかぶせてあげようか」

「こら! だからこれは秋山家に代々伝わる由緒正しい……」

「あはははは! やだ、ぶかぶかじゃない!」


 ああ。

 ぼくのなのに。


 ぼうしをもらってほっちゃんがたのしい。

 みんなもたのしい。


 でもぼくだけぼくのよろいかぶとをとられちゃった。

 だからかなしいの。

 みんなしてちもなみだもないの。


「そう言えばパパも、同じのをデパートで見かけたって言ってたわよ?」

「なんだと? ……よし、藍川にきっちりと説明してこよう」

「大人気ない。よしなさいよアンタは! ……って、行っちまいやがった」

「やだ、余計なこと言っちゃった。……ほっちゃん、あたし達もお家に帰るわよ」

「せっかく楽しんでたのに、あの石頭は。道久、ちょっとお隣さん行って来るから。大人しくしてな」


 ほっちゃんもみんなもどこかにいっちゃった。

 あわれぼくだけなかまはずれ。


 ……そうだ。


 いまのうちによろいかぶとをかくしちゃおう。

 そうすればほっちゃんにとられないの。


 でもこれおもたいね。

 ここのつのがもちやすいの。


 よいしょ。




 『ぺきん』




 ………………こわれちゃった。


 ぼくのなのに。

 ほっちゃんのせいでこわれちゃった。


 つのをもとにもどしてみたけど。

 さわるとおっこちちゃうようになっちゃった。


 ぎゅうっておせばくっつくのかな。

 でもなんどもぎゅうってしてもおっこちちゃうの。



 ぼくのなのに。

 ほっちゃんのせいでこわれちゃった。



 だからかなしくてないているのに。

 だあれもぼくをみつけてくれないの。




 だあれもぼくをみつけてくれないの。


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