ムレスズメのせい


 ~ 四月二十四日(火)  十二センチ  ~


   ムレスズメの花言葉 自由な生き方



 久しぶりなもんで、それがどうしてなのかさっぱり分からないのですが。

 既定の位置よりほんの少し近くに腰かけるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭の上にこんもりと巻いて。

 その頂上に咲くミニ盆栽風のムレスズメが、大変良い枝ぶりで。



 久しぶりなもんで、それがどうしてなのかさっぱり分からないのですが。

 ものすごくバカに見えるのです。



 このムレスズメ。

 その名の通り、黄色いお花が群れたスズメのように枝を埋める木なのですが。


 ミニ盆栽として楽しむ方も多いのですけど。

 でも、枝に生えた棘が実に怖いのです。



 しかし小鳥というものは。

 こんな棘のある木の枝を、平気で飛び歩くことが出来るようで。

 ちくりときたりはしないのでしょうか。


 あっちへちゅんちゅん、こっちへちゅんちゅん。


 ちゅんちゅん。

 ちゅんちゅん。


「ああもう、うるさいの」


 …………でしょうね。


 君の頭の上に。

 スズメが三羽。


 授業中だというのに。

 至る所から押し殺した笑い声が聞こえてくるのです。



 家を出てすぐに一羽乗って。

 駅のホームで一羽増えて。


 ……電車の中では誰もがぎょっとして。


 そして学校の前で一羽増えて。

 教室まで連れてきちゃったのですが。


 枝から枝へ。


 ちゅんちゅん。

 ちゅんちゅん。


 楽しいことは楽しいのですが。

 やっぱりバカにしか見えません。



「もう、頭の上は邪魔だから机に降りるの」


 穂咲が頭上に文句を言うと。

 それに合わせて、三羽とも肩を伝って机に降りていきますけど。


「よく言うこときくね。君は動物使いなの?」


 半ば呆れながらお隣に声をかけると。

 動物使いさんは、ふむと腕を組んで三羽を見つめながら。


「昨日の映画のようなの。この子たちに芸を仕込んで、大サーカスを開くの」

「随分小さな大サーカスですね」


 スズメの芸なんて、目の前じゃなきゃ見えやしない。

 観客、三人が限界ですから毎回大赤字ですね。

 火の輪くぐりどころではなく、火の車ということになりそうです。


 でも、まさに昨日の映画通り。

 赤字経営何のその。

 素晴らしいエンタテインメントを届けるために。


 穂咲は、鞄をごそごそとやって布と針金を取り出すと。

 スズメがちょうど通れそうな輪っかなど作ります。


「さあ、みんな特訓なの。これをくぐるの」


 ……団長は張り切っているようですが。

 キャストの皆さんに、その情熱は届きません。


 ちゅんちゅん。

 ちゅんちゅん。


 机の上を所狭しと飛び跳ねて。

 首をしきりにあちこちに向けるばかり。



 …………団長さん、途端にしょんぼりしていますけど。

 当たり前ですよ。



 しかし、よくもまあ。

 これだけ鳥が鳴いているのに無視して授業が続きますね。


 変なクラスなのです。


 でも、耳触りの良いスズメたちの鳴き声は。

 まるで環境音楽のようで。

 むしろ集中できるような気もします。


 二年生になって、途端に難しくなった英語の授業。

 でも今日は、スズメの声のおかげで頭が冴えているようで。

 それから三十分。

 効率よく勉強できた気がします。



 ――その間、ずっと。

 穂咲はスズメたちと楽しく遊んでいたようなのですが。


 さすがに飽きたのでしょうか。

 せっかく集中していた俺の肩を。

 ツンツンとつついてきました。


「新記録です。まさか学校で、こんなに長時間君に邪魔されず勉強できるなんて」

「勉強なんか後にしとくの。いよいよ本番なの」


 そう言いながら、穂咲がスズメたちに振り向くと。

 きょろきょろちゅんちゅん、机ではしゃいでいた三匹は。


 偶然とはいえ、綺麗に整列したのです。

 

「くすっ。君の合図に従ったのかと思ったよ」

「従ったの。特訓の成果なの」


 言うが早いか、団長は恭しく俺にお辞儀をすると。

 まるで指揮者のように腕を振って、


「スリー・ツー・ワン! はいっ!」


 最後に指パッチン。


 すると驚いたことに、団長の合図に合わせて。

 三匹のスズメは針金の輪っかを…………。



 完全に無視して。

 俺の顔に飛びかかってきました。



「いたたたたたた! いたいいたいいたい!」


 爪で、くちばしで。

 顔中かきむしられたショックで椅子から転げ落ちた俺に。


「うるさいぞ! 前に出て来い!」


 まさに泣きっ面にハチ。

 先生に叱られてしまいました。


「まったく、何を騒いでいるのだ貴様……、は……?」

「人と話すときは目を見るものです。頭の上を見て話すもんじゃありません」


 先生のそばで直立不動の姿勢を取った俺の頭の上に。

 サーカス団員が整列しているのですけれど。


「…………馬鹿もん。教室にそんなものを連れてくるやつがあるか」

「俺に文句を言わないでください。この、まともに輪っかもくぐれない無能な団員を取り仕切っているのはあいつです」


 口を尖らせながら、俺が指差した先で。


「スリー・ツー・ワン! はいっ!」


 団長が、再び指パッチン。


 すると、その合図で団員たちが。

 先生の頭に飛び移り。



 ……広いつるつるおでこに滑り落ち。

 薄い髪に掴まれず数本の毛をむしり落ち。


 散々頭部にダメージを与えた挙句。

 諦めて俺のふさふさな頭に帰ってきました。



「…………廊下に行け、秋山」

「俺かあ」

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