ハハコグサのせい


 ~ 四月二十五日(水)  九センチ  ~


   ハハコグサの花言葉 無償の愛

 


 ちょっぴり席が近づいている理由は相変わらずよく分からないのですが。

 朝から随分とご機嫌そうにしているのは、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 今日は驚くなかれ、こいのぼりの形に結って。

 その周りに沢山のハハコグサ、つまりゴギョウを生やしているのですが。


 ……せっかくの力作が、お花に埋もれて見えやしません。



 お花の名前も、花言葉も。

 母親を連想させるハハコグサ。


 胃腸に良く、大昔には草餅にして食べていたらしいのですけど。

 母子を一緒に臼でつくのは縁起が良くないということで。

 ヨモギにとって代わられたのだとか。


 まあ、そんなことを言いながらも。

 七草がゆにして食べてしまうのですけどね。



 さて、そんな話をしておいてなんですが。

 今日のお昼は七草がゆではなく。

 教授が机に置いたのは、ラップに包まれた五目飯。

 いえ、これはひょっとして。


「ちまき?」

「そうなのだよロード君! ゴギョウを一緒に炊き込んでみたのだよ!」


 教授はいくつものラップ巻きちまきを机に並べると。

 その一つを両手で摘まみ上げて。


 ふんがーとばかりにラップを引っ張って切ろうとしているのですが。

 コンビニおにぎりじゃないんだから。

 適当に引っ張っても切れないです。


「やめなさい。ラップは、君より強いバスケットボールですら歯が立たない相手なのです」

「うう、あの茶色い悪魔より上とは納得なの。さすがにサイを貫く素材なの」

「は? なんの話だ?」

「さっき習ったの。ビニール、サイを穿つって言葉があるの」

「…………そんな固いものをぴーって切れるあのカッターは何者なんだろうね」


 まさか、世界最強の鉾がビニールだとは知りませんでした。


 がっくりと落とした俺の肩。

 それをバシンと叩かれて。

 思わず叫び声を上げて振り向いてみれば。


「なにしょぼくれてるっしょ!? ほれ、ハッピーに行くっしょ!」

「おお、日向ひゅうがさんか。相変わらず元気だね」

「秋山は相変わらず背中が丸いっしょ! 叩きがいがあるっての!」


 そんなことを言いながら背中をバシバシと叩くのは。

 今時美人、日向千歳ちとせさん。


 クラスの誰とも仲良しな、明るい彼女は。

 穂咲とは正反対な性格なのに、なぜかウマが合うようで。

 こうして時たま遊びに来るのです。


「穂咲穂咲! さっき言ってたとこ、いつ行く?」

「さっき? …………まさか、アレの話なの?」

「そうそう、アレよアレ!」


 ああ、アレね。

 君ら揃って体育の授業さぼって、購買でパン食べてたとこ見つかって。

 職員室に呼び出されていましたよね。


 ご愁傷様なのです。


 それにしても日向さんのテンションったら。

 まるでどこかに遊びに行こうかと言わんばかりなのですけど。

 手にはバラ園のチラシなんか握って。

 そんなの持って職員室に行ったら、反省の色が無いと叱られてしまいますよ?


「うう、でも、二人じゃ不安だから道久君にもついて来てほしいの」

「ああ、それはいい考えっしょ! 人数は多い方がいいっしょ!」

「御冗談を。絶対に嫌です」


 何を言い出すやら。

 俺はちまきにかじりつきながら、無茶な要求を却下します。


「だってきっと、あたし一人じゃ誰も救えないの」

「ん? …………誰も救う必要ないと思いますが」

「秋山、四の五の言うんじゃないっしょ! あたしも健治けんじ君に声かけとくから、ダブルデートっしょ!」

「こっちもこっちでなに言い出しました!?」


 穂咲も日向さんも。

 職員室に行くことに動揺してる?


 まあ、確かに女の子ですし。

 不安でしょうし、緊張しているのでしょう。


「……分かりましたよ。俺も付き合ってあげますから、まずはちょっと落ち着いてちまきでも食べなさい」


 そう言いながら、ラップを剥いたちまきを二人に渡すと。


 一口かじり。

 お茶をすすり。

 ほうと一息落ち着いたところで。



 ……やっぱり変なことを言い出すのです。



「よっしゃ! 秋山も快諾してくれたし、楽しいお出かけになりそうっしょ!」

「まだ楽観はできないの。楽しい結末になるかどうかは、事前調査次第なの」


 ああ、何となく分かりました。

 俺が勘違いしていただけなのですね。


 どうやら二人して、呼び出しの話をしているわけじゃなかったようなのです。


「今更だけど、どこに行く話をしてるの?」

「え? 秋山はそんなのも知らないで一緒に行くって言ってくれたの? まるで彼氏に趣味を合わせる乙女っしょ!」

「ほんとなの。無償の愛なの」

「いいから、どこに行く話なのか言いなさい」

「バラ園っしょ!」

「弁護士席なの」

「二人の答えも合ってないんかい! と言いますか、弁護士席ってなんだよ!?」


 信じがたい事を言い出しましたねあなたは。

 裁判長に木槌で叩かれてしまうがいい。


「まったく、呼び出しの話をしているかと思ったらなんてお気楽な。職員室でこってり絞られてくるがいいのです」


 いい加減な二人は俺の言葉に顔を見合わせて。

 そして今更、手などポンと叩いていますけど。


「……え? じゃあ職員室に秋山が付き合ってくれるの? そりゃあ世界最強の盾を手に入れたっしょ!」

「まさにイージスなの。後は任せたの」

「ふざけるな」


 俺は乱暴にちまきをかじると。

 世界最強の鉾と目される素材が口の中に飛び込んで。


 でも、俺が穿たれていないということは。

 矛盾の勝負は、盾の方が強いことが証明されました。


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