ピメレアのせい


 ~ 四月二十六日(木)  五センチ  ~


   ピメレアの花言葉 愛の芽生え



 昨日の放課後、職員室での事。

 二人の盾として無理やり連れてこられましたと先生に言ったところ。

 だったらお前だけ叱ってやると理不尽に返されました。


 そんな最強の盾に護られながら、日向さんと一緒にバラ園へのお出かけ計画など立てていたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。

 そこに、わさっとピメレアを活けているのですが。


 下向きに、ピンクと黄緑に塗り分けられたベルのような花を付けるピメレア。

 いろんな種類があって、見た目も全然違うのですが。

 お店でピメレアといったらこれの事。


 本日も、実家の宣伝効果はばっちりです。



 さて、そんな歩く広告塔が。

 木曜日の一時間目にやることと言えば。


「『ひけし』の部屋を忠実に再現したの」


 机の上に作られたのは。

 彩色された厚紙によるミニチュアセット。


 厚紙と言っても、書き割りに絵を描いたわけではなく。

 カッターで切り抜いて立体になっているのですが。


 よくもまあこの短時間に。

 才能の無駄遣い、ここに極まれりなのです。


「よくできているとは思いますが、随分ごちゃごちゃな部屋ですね」

「『ひけし』は乱暴な性格なの。『おかっぴき』は冷静沈着なの」


 なるほど、二人の主人公の対比ですか。

 こちらは『ひけし』の部屋というわけですね?

 実に面白いのです。


 ストーリーは気になるのですが、俺は水曜の夜になるとなぜかドラマがあることを忘れる呪いにかかっているので。

 今クールは、この再放送がちょっと楽しみになっています。


「静かにやりなさいよ?」


 珍しく、穂咲に上演の許可を与えると。

 ぱあっと笑顔を浮かべて、ぶんぶんと首肯するのですが。


 うるさい。

 動きがうるさい。

 先生に気付かれちゃいますよ。


 しかし、どうしても気になるところがあるので。

 そこは聞いておかないと。


「……監督。その部屋、忠実に再現したって言ってたよね」

「そうなの。十回は見たから完璧に覚えたの」


 見過ぎです。

 ではなく。


「なんで部屋の四分の一は綺麗なのさ」


 部屋中、物であふれかえっているというのに。

 ベッドの上にも通販のものと思しき段ボールが積み上げられているのに。

 扉側の右隅には、何も置かれていないのですが。


「……ここだけ、カメラが撮ってないの」

「なるほど、触れたらいけないゾーンでしたか」


 観客には観客のマナー。

 大事ですよね。


 でも、せっかく空いているのですから。


「段ボールの山をそっちに移せば、ベッドがつかえるようになります」


 そんなアイデアに、穂咲はなるほどと納得したご様子で。

 早速、部屋のおかたづけ。


 でも、段ボールの中身を確認しながらこれは手前にとか呟いているようですが。

 まさか中身まで作り込んでいるとは思いもしませんでした。


「よし、準備万端なの。昨日は『ひけし』の部屋でね?」

「お待ちなさい。セットはリアルなのに、それは何?」


 リアルなセットの中心に。

 新品の消しゴムを無造作に置きましたけど。


「これは『ひけし』なの」

「それは『字消し』です」


 納得がいかない俺を放って。

 監督が新たに登場させたのは、おそらく『おかっぴき』と思われるキャスト。


「…………君の好みなのね、『おかっぴき』」

「なんで分かるの? 凛々しくてクールなのに、野良ネコを拾ってあげてたの。ギャップできゅんきゅんなの」

「さいですか」


 ……なんて分かりやすい。

 短足寸胴な『ひけし』と違って。

 『おかっぴき』のスレンダーでスタイリッシュな事。


 身長差も、ハンパないのですけれど。


「……パリッとしたスーツが似合いそうだね、コンパス」

「これは『おかっぴき』なの」

「それは『丸い線ひき』です」


 扱いに差があり過ぎて。

 不憫なことこの上ない。

 思わず『ひけし』に感情移入です。


「一話目の火事の時、なんで中にいる人を救わなかったのかって追及するの」


 いよいよ始まった再放送にも。

 監督によるえこひいきが反映されています。

 『ひけし』が『おかっぴき』にパンチを繰り出しますが。



 ぷにぷに。



 ……効いてないですよね、それ。


「そんな暴力を軽くいなした『おかっぴき』が、二階から飛び降りるのは明白だから下にマットを準備していたと。お前の行動は無駄だったんだと一蹴するの」


 そう言いながら。

 今度は『おかっぴき』が『ひけし』を踏みつけましたけど。



 貫通。



 君さあ。

 俺が気に入った役者さんに何てことするんだよ。


「……でも、面白いね。とにかく仲が悪いのね」

「そうなの。こういう二人だからこそ、何かが芽生えるの」

「なるほど。友情とか?」

「愛!」


 いやいやいや!!

 そんなの芽生えてどうするんだよ!


 それに、夢中になり過ぎです。

 授業中だって事、忘れてましたよね、君。


「……藍川、騒がしい。立ってろ」


 あわれ、再放送は強制中断。

 コンパスと消しゴムを放って、しょぼくれた監督が廊下へ向かいます。


 …………しかし、ねえ、監督。

 これはわざとなの?

 それともお話の続きなの?


 『ひけし』と『おかっぴき』。

 二人が仲良く寝ころんでるの。




 …………ベッドの上なんですけど。




「芽生える!」

「お前もか秋山! ……何が芽生えるというんだ?」

「…………地上波放送しちゃいけないなにか」

「立ってろ」


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