ナシのせい


 ~ 四月二十日(金)  三回戦目 ~


   ナシの実言葉 愛情

   ナシの木言葉 慰め

   ナシの花言葉 愉快



「やっぱり思い出せないの」

「そうなんですね」


 こどもの日に、なにかあったはず。

 ポテチをかじりつつ、必死に思い出そうと首をひねっているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、寝間着姿なのでまっすぐに下ろして。

 今日一日、頭に挿していた、ナシの実がついた枝を。

 仏壇に置いた花瓶へ移していますけど。


 なんというアンバランス。

 よく倒れないね。


 そして、よく倒れないと言えば。

 テーブルの上に積み上げられた不安定なタワー。

 こちらも限界ギリギリで耐えているのです。


「絶対、なにかあったの」

「さいですか」

「やさしいお話だった気がするの。そこには愛情があったの」

「さいですか」

「ナシの、言葉みたいなの」

「そんなのあるんだ。花言葉は『愉快』なんだけどね」

「愉快って感じじゃなくてね、慰めてくれた感じなの。木言葉みたいなの」

「そんなのもあるんだ」

「お前ら! ちょっと黙ってろ!」


 甚平を羽織って、険のある言葉を口にするのは六本木君。

 慎重に、抜けそうなブロックを探しているのですが。


「そろそろ無理なんじゃない?」

「だから黙ってろっての!」

「ねえ、隼人はやと。始めた頃は、こんな下らない遊びに夢中になりやがってとかバカにしてなかった?」

「うるせえ! 香澄かすみもちょっと黙って……、ん? これが抜けそうだな」


 慎重に、慎重に。

 六本木君がブロックを抜くと。


 タワーが少しだけ身じろぎしたように見えましたが。

 無事に揺れを止めたのでした。


「やったぜ! 俺、すげえ! な? 見てたろ香澄! すげえよな!」

「はいはい。すごいすごい」

「ほら、道久の番だ! もう無理だろ!」

「……隼人。そのブロックに書いてある文字をよく見なさい」

「文字? ……なに!? 『もう一回』だと!? くそっ! 誰だこんなの書いたの!」


 楽しそうに笑う渡さんの隣で。

 六本木君が頭を抱えていますけど。


 その豪快な文字。

 どう見ても君の字なのです。



 自業自得。



 ――今日は穂咲の家と俺の家で。

 お泊り会など開催中です。


 そんなわけで、夜も遅いというのに。

 藍川家の居間で大騒ぎしているのですが。


「ごめんねおばさん。普段なら、そろそろ寝る時間でしょうに」

「いいのいいの。東京に行ってたせいで夜型になってるから」


 笑顔で返してくれたおばさんに、折り目正しくお辞儀をする渡さん。

 高級そうな生地の寝間着にガウンなど羽織って。

 ちょっと大人びた感じなのです。


「ほっちゃんたちを見てると、高校生もまだまだ子供って思ってたけど。やっぱり高校生は大人よね。二人を見ていたら目が覚めたわ」

「ありがとうございます。でも、隼人が大人って言うのはちょっと……」


 大人っぽい苦笑いを浮かべる渡さんの横では、大人な六本木君が。

 口を半開きにした呆けた顔で、タワーに挑んでいます。


「ほっちゃんも、ちょっとは見習いなさいな」

「うう。香澄ちゃんは例外なの」

「道久君も」

「六本木君は、見た目が大人なだけです。中身はこれですし」


 俺が指差す先では、涙目になり始めた子供が抜けそうなブロックをツンツンと突いて探していますけど。


 まあ、みんなの前では確かにしっかりとした人なので。

 見習うべきところは沢山あるのですけどね。


 そんな六本木君。

 なんとかもう一本の積み木を抜くと。

 心底嬉しそうに大声をあげるのです。



 前言撤回。

 やっぱり子供みたいです。



「ようし! これで罰ゲーム回避! これ以上ポテチなんか食べたら太っちまう!」

「そうね、深夜ポテチなんて間違いなく太るからね。隼人には体育祭でいい成績出してもらわないと困るし」

「いやいや、六本木君がキャーキャー言われるのを、俺が阻止してみせましょう」


 俺の言葉に、六本木君はひきつった顔を浮かべましたけど。

 三試合連続で、君に余分なカロリーを提供しましょう。

 現にこういうゲームでは、昔から六本木君に負けたことが無いのです。


 そんな俺も、穂咲の野生のカンには勝てないし。

 渡さんは信じがたい事に、理論で確実に抜いてくるし。



 君だけ、圧倒的に不利なのですよ。



 ちょっとやる気を出して、真剣に挑む俺に。

 すっかり子供な六本木君がちょっかいをかけてきますが。

 大人な俺には効きませんよ、そんな攻撃。


 ……などと思っていたら。

 予想外の所から脱力するような攻撃を受けました。


「困るの。あたしが罰ゲームになったらどうしよう」

「君は負けてもいないのに罰ゲームしっ放しじゃないですか」


 いやいや、口元からポテチの食べかすをぽろぽろさせながらきょとんとしないでくださいな。


「そうだ道久! お前が失敗しないと藍川が罰ゲームになるぞ?」

「罰ゲームの意味無いじゃない。さっきから美味しそうに罰ゲームを食べちゃってますけど」

「いや、そういう問題じゃないんだ! なあ藍川、罰ゲームは嫌だよな!」

「うう、嫌なの」

「ほら見ろ! だからここで失敗しろ!」


 必死だな、六本木君。

 思わず渡さんと顔を見合わせて苦笑いです。


 でもね。


「俺がパーティーゲームで六本木君に負けるわけはないのです。ほい」


 塔をピクリとも揺らさず。

 おそらくこれしかありえないと言える一本を引き抜いた俺に。

 渡さんからの小さな拍手。


 ふふん、どうだ。


 悔しがる六本木君へどや顔を向けつつ。

 抜いたブロックをタワーの上に積み上げた俺。


 でも、そんな俺の肩をちょんちょんと叩きつつ。

 穂咲が妙な事を言い出しました。


「愛情深いの?」

「は? ナシの実言葉だっけ。なんのこと?」


 眉根を寄せつつ穂咲を見ると。

 こいつは、俺が抜いたブロックを指差していますが。


 そこに書かれていたのは。

 渡さんの、几帳面な文字。


 『もう一本どうぞ』


「……きみら、そこまで息ぴったりじゃなくても」

「でかした香澄! さあ、次こそ藍川を道久が守り抜くんだよな?」

「そうなの? ならあたしが失意の道久君を慰めてあげるの」

「木言葉なんて不要です。きっちり抜いて、君に最大の難問を渡しましょう」


 とは言ったものの、もう取れるブロック無さそうだよ?


 俺は机に体重をかけないよう注意しながら、ありとあらゆる角度からタワーを観察します。

 そして、邪魔する六本木君と渡さんの間から手を伸ばし。


「ようし! 見たか六本木君! 見事に抜いたぞ!」


 もうさすがにこれ以上は無理。

 会心の一本を六本木君の顔の前に突き付けると。

 こいつは急に、お腹を抱えて笑い始めたのです。


「…………なんだよ」

「わははははは! 道久! そのブロック!」


 このブロック?

 ……まさか、また落書きしたブロックか!?


 慌ててブロックを確認してみると。

 目に飛び込んできた文字に。

 俺までお腹を抱えて笑うことになりました。


「あはははははは! 意味ねー!」


 とうとううずくまって笑う二人を呆れ顔で見つめる女子三人。

 でも、その内一人はそんな顔してるんじゃありません。


 まったく、どうして君は罰ゲームの意味を理解してないの?


 呼吸もまともにできないほど笑い転げる俺の手から。

 まるっこい、見慣れた文字が書かれたブロックが転がり落ちました。




 『ポテチを食べるの』

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