「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 10冊目🌸

如月 仁成

ペーパーカスケードのせい


 ~ 四月九日(月) 体育館 始業式 ~


   ペーパーカスケードの花言葉 思いやり



 春。

 始まりの季節。


 今日から二年生としての一年が始まるわけで。

 身も引き締まる思いなのです。


 始業式のお話も、そんな日に相応しく。

 実に清々しいものでした。


 笑う顔に矢立たず。

 素敵な言葉なのです。



 そんなお話のおかげで、皆も自然な笑顔を浮かべて。

 俺たちのクラスだけ教室へ向かわずに、体育館へ移動します。


 クラス替えが無かったおかげで。

 慣れ親しんだメンバーと共に、明日の入学式の準備。


 と言っても、椅子を並べて演壇を舞台にあげるくらいのお仕事ですのですぐに終わりましたが。

 相変わらず、この先生は自分の受け持ちの生徒をこまのように使うのです。



「ようし! では全員、椅子へ座ってみろ! 狭いところがあったら声をかけ合って動かせ!」


 演壇に立った先生が指示を出すと。

 俺たちは、手近な椅子に腰かけて。

 ぎこぎこ椅子をずらします。


「前もって連絡していた通り、明日は昼前に入学式が行われる。その準備や案内の為、お前らには明日も登校してもらうが、模範となるよう心して行動するように」


 おっしゃることは良く分かります。

 分かりますが。


「俺を見ながら言わないで下さい。同級生の面倒をよく見る、いいお手本じゃないですか」


 新年度から納得いかないのです。

 クラス替えはともかく。

 先生替えはあっても良かったのに。


 俺が口を尖らせると。

 壇上からマイクも使わずに良く通る声が。

 こんなことを言い出しました。


「そうだな。では、明日の入学式。お前は手本としてここへ上がってもらおう」


 おおと歓声が上がり。

 まばらに拍手が起きますが。


 だまされてはいけません。


「…………手本」

「そうだ」

「……どっちの?」


 途端に目をそらしていますけど。

 悪い方の手本として立たせる気ですか?


「質問ですが。壇上には俺の椅子、ありますよね?」

「ゴホン。では、生徒代表としては生徒会長の……」

「おいこら」

「生徒会長の雛罌粟ひなげしに上がってもらうとして、もう一人、代表に相応しい者に立ってもらいたいのだが……」


 その言葉を受けた、俺たちの反応。

 男子一同は渡さんを見つめ。

 女子一同が六本木君を見つめました。



 ……ねえ。

 二択なんだってば。



 そんな視線の蚊帳の外。

 俺の隣で、手をピシッと上げる凛々しい姿。

 彼女の名前は、藍川あいかわ穂咲ほさき


 好きなのか、はたまた嫌いなのか。

 俺が考えるのを諦めた幼馴染の女の子は。


 今日も可愛らしい制服姿で。

 今日もバカ丸出しの頭をしています。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 ブサイクに、よれよれに束ねて。


 そこにペーパーカスケードの、少し尖った花びらが幾重にも重なる白いお花をちりばめていますけど。



 ……そう。

 君は底抜けに優しくて、人気者。


 でも、それを打ち消して余りある。

 圧倒的なおバカさん。


 そんな君を舞台にあげたら。

 入学式がコントになること間違いなしです。


「なんのつもりで手を上げますか」

「新入生に、規律正しい真面目な姿を見せるの」


 そんな凛々しい発言をした、お姉さん穂咲に。

 先生が、なかなかの毒舌を浴びせるのです。


「ふむ。では、毎日遊ばず真面目に授業を受ける、お前のような生徒が代表に相応しいという訳だな?」


 代表に相応しい穂咲さん。

 手、下ろしちゃいましたけど。


「始業式に遅刻して来るような真似はしない、立派な生徒だというわけだな?」


 立派な生徒の穂咲さん。

 椅子から立って、ぴしっと気を付けしていますけど。



 でも、そんな穂咲を叱るわけにも。

 バカにするわけにもいきません。


 今日はおばさんが、過労でちょっと熱を出したせいで。

 朝から一生懸命看病していたから。

 遅刻しちゃったようなのです。


 お隣に住んでいる俺に、先に登校するよう声をかけた君は。

 二年生らしい、少し大人びた笑顔を見せてくれましたけど。


 それを言い訳にしないなんて。

 実にこいつらしいのです。



 やれやれ、仕方がありません。



「すいません。こいつが遅刻したのは俺のせいなので。俺が立ってます」



 きょとんとする穂咲を椅子に座らせて。

 その代わりに、パイプ椅子から立ち上がりました。


 ……そんな俺も、今日から二年生。

 少し大人に近付いたのでしょうか。

 自然と、口の端が柔らかく持ち上がるのです。


 気持ちよく、笑顔で君のために立ちましょう。

 そうすれば、矢も自ずから逃げて行くのです。


 ……でも、先生はことわざを無視して。

 さっき却下したことを再び言い出しました。


「そうか。では、明日もお前に立ってもらおう」

「……まさか、白羽の矢が立ちました?」


 こうして俺は、入学式の間、壇上に立たされることになりました。

 生徒のお手本として。



 ……おそらく。


 悪い方のお手本として。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る