後輩を育てる時にやってはいけないこと

 先ほど自分のケツの下に隠していたブラを手に、設楽は俺を洗濯機へと案内する。


「それは洗濯してなかったやつか……」

「ええ。昨日脱ぎっぱなしにしてたやつで……」

「ちょっとは恥ずかしそうにしろよ羞恥心はないのかお前は」

「だからケツの下に隠してたじゃないですか。もう見られたから恥ずかしいも何もないですよ」


 そんな会話を繰り広げながら、俺は死んだ眼差しで……設楽はいつもの仏頂面で、2人で洗濯機のある脱衣所へと向かう。


 洗濯機のある脱衣所は、居間と廊下に比べると、意外ときれいなものだった。入り口が開きっぱなしだったのでちょいと風呂場も覗いてみたが、ほこりもなく水汚れもなく、キレイなものだ。


「お前、風呂はキレイに掃除してるんだな」

「掃除をはじめると、なぜかお風呂掃除に専念して一日終わっちゃうんですよね」


 なんでだよ……その情熱を居間や廊下の掃除にも割り振ってやれよ……


 設楽は脱衣所のすみっこにある洗濯機の蓋を開き、手に持っているブラを投げ入れた。


「ていっ」

「……」


 お前は小学生男子か……。


「……下着はちゃんと洗濯ネットに入れろ。じゃないとすぐ痛む」

「なんで先輩は女の子の下着の扱いまでご存知なんですか?」

「常識だろうが……」

「通りで……」

「何がだ」

「……秘密です」


 俺の指摘を受けた設楽は、口をとんがらせて何かをぶつくさ言いながら、洗濯機の前でごそごそ何かをやりはじめた。俺の注意を受けて、先程投げ入れた下着を洗濯ネットの中にしまったようだ。


「さっきも言いましたが、これはブラです」

「うるせーよ」

「先輩、ではご指導よろしくお願い致します」

「……おう」


 こうして、俺と設楽の家事教室の授業が始まった。花嫁修業と言えなくもないが……


「……先輩?」

「……」

「何か?」

「……いや、何でもない」


 こいつ、結婚して主婦なんて出来るのかね……ジェンダーフリーな世の中とは言え、専業主婦になれば家事はすべて任されるし、例え共働きであっても、妻の方が家事の配分が夫より多い昨今……こいつは幸せな結婚生活を送ることが出来るのだろうか……? ……いや、大富豪の男を捕まえれば、あるいは……。


 雑念を捨て、まずは洗濯の手順を説明する。


「いいか設楽。洗濯はいかに素早く、そして手を抜いて楽をするかにかかっている。基本は大雑把。これで行け」

「はい」

「ただしこれだけは注意しろ。柄物や色物と白地の服を一緒に洗濯するな」

「了解です」

「今日は大丈夫か」

「大丈夫です。ワイシャツはクリーニングにいつも出してるし、色物しかありません」

「よし。他にも気をつけるべきことはあるが、まずはそれだけ覚えろ」

「承知しました」


 そんなこんなで洗濯機のスイッチを入れる。途端に『だばだばだば』と音を立て、洗濯機の中に大量の水が流し込まれていくのだが……


「よし洗剤投入だ」

「了解しました。分量は?」

「箱に書いてあるが、分からなければとりあえずスプーン一杯と覚えろ」

「了解しました」


 俺の至極適当なレクチャーを受け、設楽は俺が持ってきた粉末洗剤のパッケージを開け、そして中のスプーンで洗剤をすくい取るのだが……


「先輩」

「なんだ。早く入れないと洗濯が始まるぞ」

「スプーン一杯とのことですが……どの程度入った『一杯』なんでしょうか」

「細かいことは気にするな。スプーン半分以上入っていれば、それで充分だ」

「とは言っても先輩。スプーンには『60リットル』『80リットル』とかの目安の線がありますが……」

「気にするな。今のお前にはスプーンのその機能を使うには、知識と経験が足りない」

「いやでも使わないと……あ、でもうちの洗濯機って何リットルなんでしょうか先輩……」


 余計なことを気にし始めたな……こういう細かいことを気にしていると、家事はまったく進まなくなる。『まぁいいやこれで』の諦観が、家事を効率良く進めるには必要だというのに。


 だいたいこいつは、なんで仕事の時みたいにうまく立ち回れない。仕事の時のこいつなら……


――細かい数字は気にしなくていいです。

  とりあえずスタートして、あとで調整しましょう


 そうやって新しい仕事に取り掛かるはずだ。事実、そんな設楽を俺は何回も見てきた。


 それなのに、だ。今は細かいどうでもいい部分を気にして、まったく先に進まない。


「先輩……80リットルだと多い気もしますし……てか、そもそもうちの洗濯機に60リットルもの大量な水が入るのでしょうか。うちの洗濯機ってそう大きくないし、10リットル程度な気もしますけど……」

「……」

「どうしましょうか。そろそろ洗濯も始まります。今までも割とやきもきしながら洗剤の量を決めていたのですが、今回はちょっとその辺のこともキチンと知りたくて……」


 なんか段々腹が立ってきた。俺は設楽の質問の一切を無視し、洗濯機のスイッチを一度切った。


「……おい設楽」

「なんですか?」

「下着はキチンと洗濯ネットに入れたな?」

「はぁ」

「入れてるんだな」

「まぁ……」

「そうか」


 きっと、普段の姿からは想像も出来ない情けない今のこいつに、俺は怒りを感じ始めていたのだろう。俺の中のスイッチが今、ポチッと入った。


「貸せ」

「あっ……」


 俺は設楽の手から、洗剤のパッケージを奪い去り、そして再び洗濯機のスイッチを入れる。再び『だばだばだば』と音を立て、洗濯機に水が流し込まれていく。


 その間に俺は、スプーンで60リットル程度の分量の洗剤をすくい、そして水が停まったその瞬間に、洗剤を入れた。


「60リットルだったんですね。うちの洗濯機って、そんなにたくさんの水が入ったんですね……」


 ポソリと設楽は呟いたが、俺はそれをあえて無視した。


「設楽」

「はい」

「お前には任せてられん。掃除も俺がやる」

「ちょっと待って下さい。私は先輩に教えてほしいのに……」

「俺がやったほうが早い」


 設楽は抗議をしてきたが、そんなこと、俺の知ったことではない。ちんたらやっていては日が暮れる。洗剤の分量すら決断できんこいつが悪いのだ。


 俺は呆気にとられる設楽を残し、脱衣所を出て居間に戻った。


「あれ先輩。ここで待たなくていいのですか」

「待つ必要はない。終わればこいつは勝手に止まる。そしたら干せばいい」

「洗濯機の中、見ていたいのに……」


 俺の背後で設楽が何かを言っていたが、おれはそれを無視する。そして居間の全景を眺めつつ、部屋と廊下の掃除機がけとモップがけの段取りを整えた。



 こうして俺は、ポツンと居間で佇む設楽を置いてけぼりで、なぜか設楽の家の掃除をするという、自分でもよく分からない行為に勤しんだ。


 まずは居間のゴミを片付け、適当に整頓し、片付ける。


「設楽。まとめたゴミは廊下に置いておくぞ。次のゴミの日に出せ」

「ここのアパートはゴミの日はありません。好きな時に出して大丈夫です」

「……捨ててくる」

「ゴミ捨て場は裏手にあります」


 たくさんのゴミ袋を抱え、エレベーターを待つ間、『貴重な休みに一体俺は何をやっているのか』という虚しい疑問が頭をかすめたが、首を振って、その悲しい疑問の答えを考えないように気を配る。でなければ、考えただけで涙が出てきそうだ。


 ゴミ出しと居間の整理整頓が終わったら、次は居間と廊下の掃除機がけだ。


「おい設楽ー」

「はい」

「掃除機はどこだー」

「こちらに」


 設楽から掃除機を託された俺は、そのまま今から廊下へと丹念に掃除機をかけていく。くそっ……掃除ができないくせに、いっちょまえに吸引力の変わらないただ一つの掃除機なんぞ使いやがって……掃除機を作動させほこりを吸い取る度に、俺の胸にストレスが溜まっていく……。


 掃除機がけが終わったら、次はモップだ。こいつの部屋は、居間から廊下まで、すべての床がフローリングになっている。ならばモップがけをしたいのだが……


「モップはあるか」

「そんな気が効いたものが我が家にあると思いますか」

「雑巾でかまわん」

「こちらに」


 なにやら不機嫌そうに見える設楽から、濡れた雑巾を託され、俺は四つん這いで廊下の雑巾がけに勤しむ。フローリングのベタつきがなくなったことを確認した後、俺はそのまま居間の雑巾がけを行うのだが……


「設楽、ちょっと廊下に出てろ」

「えー……」

「洗濯機の中を見てるのが好きなんだろ? 存分に覗いてこい」

「……」


 俺によって居間から追い出された設楽は、渋々脱衣所へと消えていった。その後ろ姿から漂う困惑と哀愁は、俺が幼い頃に見た、掃除中の母ちゃんに居間から追い出されていく父ちゃんの背中から発せられていたそれに、非常にそっくりだった。そんな設楽の悲しい背中を見送りながら、俺は引き続き、四つん這いになって居間の雑巾がけを続ける。


 居間の雑巾がけが中盤に差し掛かった頃、脱衣所からとてもリズミカルなメロディが流れた。千葉県にある夢の国の電気的パレードの時に流れてきそうな、そんな夢と希望あふれるメロディが、俺の胸に悲哀を届けてくれる。


「先輩」


 脱衣所から、設楽がひょこっと仏頂面を出した。


「なんだ」

「洗濯が終わりました」

「俺は今雑巾がけで手が離せん。干すのはお前がやれ」

「はい」

「下着は寝室にでも干せ。男の俺が居間にいたら、そっちのベランダに持っていくのは気がひけるだろう」


 俺としては一応気を使ったつもりなのだが……設楽は何かぶつくさと文句を口走った後、洗濯物満載の洗濯カゴを抱え、脱衣所から出てきた。


「いだッ!?」

「あ、すみません」


 ベランダへ出るために居間を通り抜ける時、四つん這いの俺のかかとを踏みつけていく設楽。設楽のやつ……しかも口では謝罪していたが、その口ぶりからは、とても謝罪をする気があるとは思えない。


 設楽が洗濯物を干している間も、俺の雑巾がけは続く。居間のフローリングすべてを丹念に拭き、雑巾がけがそろそろ終了したかなと腰を俺が上げた時。


「先輩、干し終わりました」


 胸元に『ふつう』の毛筆体が入った設楽のクソTが、ベランダから戻った。


「こっちも終わったぞ。これで掃除は終了だ」

「ホントですね……とてもキレイになりました」


 いつもの仏頂面でそう答える設楽からは、とてもじゃないが感動は感じられない。部屋がキレイになった喜びはないのだろうか……。


「下着はちゃんと寝室に干したか」

「まだです」

「早く干せ。生乾きになって、明日は生臭い下着をつけて会社に来なきゃいけなくなるぞ」

「……」


 俺に煽られ、設楽は洗濯カゴを抱えたまま寝室へと消えていく。設楽の姿が寝室へと消えたのを確認し、俺は設楽が干した洗濯物の様子を見るため、ベランダへと出た。


「……まぁ、ちゃんと干せているな……」


 ベランダに所狭しと並べられた洗濯物の数々が、涼しく心地よい風を受け、そよそよとなびいていた。一応、洗濯物を干すことは人並みに出来るようだ。こんなものにやり方もクソもないが。


 時計を見る。すでに時刻は午後一時前だ。


「干し終わりましたよ先輩」


 寝室の扉が開き、再び設楽のクソTが視界に入った。


「おうお疲れ。これで掃除と洗濯は終わったな」

「色々教えてもらいたかったのに……」

「俺がやったほうが早いと言っただろ。お前に教えながらやってたら、今頃はまだやっと掃除機をかけはじめていた頃だぞ」

「……」


 珍しく俺から目をそらす設楽。どうやら少々ご機嫌斜めのようだが……


「んじゃそろそろ飯にするか」


 俺のこの一言で、設楽の顔に輝きが戻った。……いや、設楽の仏頂面に勢いが戻り、いつもの、相手を視線だけで殺しそうな凄みが戻った。心持ち、設楽の身長が『ぴこん』と音を立てて、2センチほど伸びたように見えた。


「ということは先輩、今日もお弁当を作ってくれたんですか?」

「作るわけがないだろう。俺はお前の電話を受けてすぐこっちに来たんだから」


 途端に設楽の目から、ハイライトが消える。俺の弁当の一体何が、そこまでお前を掻き立てるんだよ……


「ちなみにキッチンはこっちか」


 俺は居間を仕切るガラス戸を指差した。さすがに家主の許しなしでガラス戸を開けるのはマナー違反なので、今まで開けずにいたのだが……


「そうです」

「何か食材はあるか」

「ありません」

「食パンもないか」

「ありません」


 やはりそうか……電話を受けて最初の予想通り、こいつの家のキッチンには、食材は何もないらしい。せいぜいあれだろ。缶ビールと、近所の米屋から数年前におまけでもらった、カピカピの田舎味噌ぐらいしかないのだろう。


 ……俺の胸に、またもや負の感情がこみ上げてきた。


「……おい設楽」

「はい」

「俺はこれからスーパーに行く」

「はい? スーパーですか?」

「そこで適当に何か昼飯を買ってくるから、お前はテレビでも見ながらだらけて日々の疲れを癒やしているといい」


 『ちょっとまって……』と俺の背中に声をかける設楽を無視し、俺は怒りに任せてスーパーへ買い物に出かけた。目的は食材と昼飯の調達。正直あの仏頂面女はどうでもいいが、俺自身はこのまま掃除を続けていたら餓死してしまう。そうなる前に、色々と食材その他を調達せねば……



「……先輩、一体どれだけ買ってきたんですか……」


 買い物を済ませて戻ってきた俺を見た、設楽の第一声がこれだった。


 スーパーへと買い物へ行った俺は、生鮮食品を中心にかなりの量の食材を買い込んできた。その総額、およそ3万円。さすがにこれだけの量を持ち帰るのは、骨が折れた……


「どれだけって……食材を買えるだけ買ってきたに決まってるだろ……ッ」

「なんでまたそんなにたくさん……」


 言えぬ……買うものを吟味しているうちに、どんどん気持ちが高ぶってきて『あれも……よしこれも……』と次々と買い物かごの中に突っ込んでいたとは……


「お前が食材などないとほざいていたから、しばらくもつように色々と買ってきたんだろうが!!」

「……」


 息切れしながらそれでも怒りをぶちまける俺の姿を見て、設楽の鼻がなぜかぷくっと膨らんでいた。一体何がそんなにうれしいのやら……。


「でも先輩」

「あン!?」

「お気持ちはうれしいのですが、私はお料理など出来ませんが」

「あ……」


 忘れていた……ノリノリでたんまり買い物をしてきたのはいいが、肝心の設楽自身が料理が全くできないことを忘れていた……


「……」

「……」

「……先輩、とりあえずお金はお返しします」

「……いや、可愛い後輩への餞別だ」


 俺の粋なはからいに対し、設楽は返事の代わりに、鼻をぷくっと膨らませていた。



 『お腹が空いたので早くなにか食べさせて下さい』と設楽に催促された俺は、とりあえず買ってきた卵と食パン、そしてマヨネーズを使い、卵焼きサンドイッチを作って設楽に食わせた。


「ふぇんふぁい……もぐもぐ……」

「なんだ」

「めちゃくちゃ……おいふぃいれふ……もぐもぐ……」


 クソTと短パンで座椅子にあぐらをかいて座り、口いっぱいにサンドイッチを頬張る姿は、どう見ても小学生男子のそれだった。唇のはじにマヨネーズついてるし……。


「もぐもぐ……」

「……」

「?」


 どうしよう……仏頂面のせいで、ただでさえこいつから色気を感じることなどなかったのだが……今ではもはや近所の食べ盛りの少々背が高い、無愛想な少年にしか見えなくなってきた……最近は髪の長い少年なんか珍しくないしさ……。


 『残していてもしょうがないですし、何か料理を作って下さい』『ついでに今晩の晩御飯も何か作って下さい』と言われ、俺はそのままキッチンに立ち、買ってきた食材を片っ端から調理していく……。


「うわー先輩、3ついっぺんに料理を作ってるじゃないですかーすごーい」

「うるさい気が散る」

「先輩ひどいですね。かわいい後輩が称賛を送っているのに」


 興味なさげな感嘆の声をあげる設楽の横で、俺はキッチン内をせわしなく動き回る。設楽の家のキッチンは意外と片付いていて、ガスコンロも完備。調理器具も一通り揃っていて、これだけの環境なのになぜ料理をやらないのか疑問に思うほどの、充実したキッチンだ。


 俺は今、晩飯用のカレーと作りおき用のハンバーグの種、そして常備菜の牛肉の佃煮を作っている最中だ。ハンバーグの種を混ぜつつ佃煮とカレーの火加減を見て……カレーのアクを取りつつ佃煮をかき混ぜ……中々に忙しい。佃煮が出来たら今度は安かった牛すじを煮込む。これは三回吹きこぼす必要があるな……


「おい設楽」

「はい」


 俺は居間からこっちをじーっと睨みつけてる設楽に、牛すじの鍋を見ていてもらおうと声をかけたのだが……


「こっち来てちょっと手伝え。牛すじの鍋を見ろ」

「分かりましたが……ちゃんと教えてくれますか?」

「……自分でやる」


 とてもじゃないが、今は物を教えている余裕は俺にはない。それにしても鍋を見ることすら指導が必要ってのは、いったいどういうことだ……?


 そうしていくつもの冷凍おかずと常備菜を作り上げ……気がつくと、夕方六時前。


「先輩、お腹がすきました。そろそろ晩御飯を」

「出来とるわ! お前は俺の息子かッ! 俺はお前の母ちゃんじゃないぞ!!」

「だって今の先輩、どう見ても私の親そっくりです」

「うるさいわ!」


 居間でひたすらこっちの様子をじーっと見ていた設楽に催促される形で、2人で晩飯を食べることにする。今日の晩飯のメニューはカレーだ。さほど使ったことがないと思われるカレー皿に設楽の分のカレーとご飯を盛り、おれは設楽の待つ居間へと向かった。


「いい匂いですねー……」


 すでに居間のテーブル前で、例の座椅子に座って待っている設楽の鼻が、ぷくっと動いた。


「なんだカレーが好きなのか」

「そういうわけではないですが」

「そうか。でもカレーはいいぞ。この作り方が分かれば、ルウを変えればシチューになるし、ルウの代わりに出汁と醤油その他で作れば、具だくさん汁に早変わりだ」

「なるほど」

「作り方も簡単だ。適当に具を切って鍋で煮れば出来る。本当は色々と手順はあるが、最悪それでカレーは出来るからな」

「ではそれを手取り足取り優しく私に教えてください」

「今教えただろっ」

「えー……」


 いつもどおりの軽口を叩き合いながら、俺はテーブルの上に、設楽の分と自分の分のカレーを置いた。テーブルの上も、今日一日でキレイに片付けた。朝来た時はゴミやものでてんこ盛りだったテーブルも、今ではスッキリと片付いている。


「では先輩、いただきます」

「おう」


 手を合わせた後、設楽が俺作のカレーを口に運んだ。


「……」

「どうだ?」


 俺作のカレーを頬張る設楽は、いつもの仏頂面で俺を見つめていたが……


「……おいひいれふ」


 そう答える設楽の鼻は、やっぱりぷくっと膨らんでいた。


「ならよかった」

「おいひいれふ。へんはいのふふっへふれふぁはへー、おいひいれふ」

「残りは明日にでもまた食べろ。冷凍うどんも買っておいたから、それ使ってカレーうどんにでもすればいい」


 唇の端っこにカレーをつけて鼻を膨らませたまま食べる設楽を見ながら、俺は思う。


 憤ったり情けない気持ちになったりと、今日は一日中感情がせわしなかったが、本人が喜んでいるのなら、まぁいいとしよう。


 ……しかし、こいつのダンナになるやつは大変だな……仕事で恒常的にかなりの成果を挙げなければなければ釣り合わないし、家事も出来なきゃこいつと生活出来ない……こいつとの結婚を希望する男は、かなり高いハードルを越えなきゃならんわけだ。


「ごぎゅっ……どうかしました?」

「口の端にカレーついてるぞ」


 仏頂面のまま、設楽はぺろりと唇を舐める。


 こいつは一体、どんなヤツを選ぶんだろうな……設楽のクソTの『ふつう』の文言が、妙に俺の心に突き刺さってきた。 


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