BlooDread -血濡れの絆-

@AL-Ford

-1-

夢を見ていた。

土砂降りの中で叫んでいる。

何を叫んでいるのか、何故叫んでいるのか。

何度も思い起こそうとしては、曖昧なイメージが霧散していく。

喧しい程の雨の音が遠のいていく。

いつものように夢から覚めていく。

この夢は恐らく一番古い記憶。

目を開けると暗く狭く揺れる小屋の中だった。

まどろむ頭で直前の記憶を探り、馬車に乗っていたことを思い出す。

「珍しいですね。馬車では眠れないのではありませんでした?」

目の前で座っていた赤髪の女性が語りかけてくる。

脚を揃えて背を伸ばして座る様はお嬢様のようだ。

元は貴族の出だと聞いた気がする。

今は彼の相棒であった、名はアネット。

「慣れてきたみたいだ。揺れを気にならなくなってきた」

返事をすると別の声がする。

「ほぅ、少しは傭兵らしくなったようじゃの」

また別の声が返ってくる。

古めかしい言い回しだが、声は幼い少女のものだ。

視線をやると声と同じく幼い少女が毛布に包まっていた。

しかし彼女が幼いのは見た目と声だけである。

彼女はミルスフィ、彼らの既知の友人であった。

そして優れた魔女でもある。

二人は彼女を護衛して街まで送り届けるのが仕事であった。

「なんだよ、まだ半人前扱いなのか?」

「当然、まだまだ半人前の若造じゃよ~だ」

少女の声で若造呼ばわりされ、男は顔を歪ませる。

しかしツケを溜めていることを思い出して睨むに留めた。

「ふふ、早く一人前だと認められるように頑張りましょうね。ブロード」

うるせぇっと吐き捨てた男、ブロードは再び目を閉じた。

馬車の揺れが収まるまで再び眠りにつくことは無かった。

街へつくと三人はミルスフィが街の拠点としている一軒家へ直行する。

「相変わらず狭いな」

ミルスフィの部屋に入るなりブロードは言葉を漏らす。

「ふん、まだ足りんくらいじゃ」

当の本人はダボダボのローブと所狭しと置かれた本をひょいひょいと乗り越え、定位置である机に座る。

他の部屋はもはや彼女以外が入れないほどに物が密集しているらしい。

ブロードとアネットはベッドに腰掛けた。

「ほれ、できておる分じゃ」

ミルスフィは棚から液体の入った瓶を取り出し、ブロードに渡した。

「流石はミルスフィ!感謝するぜー!」

掌大の長さの瓶には一口分の液体が詰まっている。

これが生きるか死ぬかを分ける霊薬『エリクサー』と呼ばれる薬だ。

「お前さん、まさか今までの分を使い切ってはおらんじゃろうな?」

「……いや、まだ残ってる。大丈夫さ、ミルの言いつけ通り可能な限り控えてる」

少しの沈黙の後、本当じゃろうな?と言われ、ブロードは首を縦にぶんぶんと振る。

「全く、そいつを渡すのはツケを払わず死なれたら困るからじゃぞ。

 そんなものが必要ない仕事でコツコツ働いてツケを返すのが一番じゃ」

ブロードは隣で座る相棒に目線を送るが、彼女は軽く微笑むだけだ。

ミルスフィを含め、魔女は病気の治療や健康促進なども行う存在である。

彼女はブロードのかかりつけの魔女であった。

故に彼の体調について事細かな説教は日常茶飯事であった。

当のブロードは善処します、努力します、ありきたりな言い訳を重ねるのが常だ。

「ともかく、余り無茶はするでないぞ。

 さて、そろそろ稼ぎに行くがよいだろう」

ため息をついてミルスフィが背もたれに寄りかかった。

「おう、一山でかいの当ててやるさ」

「無茶はするなよ」

ブロードの軽口に対してミルスフィは口を尖らせる。

アネットはその様子を微笑ましく見守っていた。

「一山でかいの当てるのですよね?」

隣を歩く相棒からの言葉にブロードは唸り声を返す。

「そうですね。いつもと場所を変えますか?」

いつもの場所とは酒場兼仲介屋であった。

傭兵、冒険者、流れ者などが仕事を求めてやってくる場所である。

魔物の討伐から人探し、配達、作物の収穫、仕事の種類は様々だ。

しかし美味しい仕事はすぐに無くなるのが常であり、

残り物にあるのは福でなく、割に合わない仕事ばかりであった。

「場所を変える?」

歩きながらブロードが聞き返す。

「はい、一山当てるにはリスクがつきものです。要人暗殺、金庫強盗、密輸―」

「そういうヤバいのはやらない!」

冗談ですよっとアネットは笑うが、冗談のつもりはないだろうと彼は思っていた。

暗黙の事実として、酒場の地下ではその手のヤバい仕事を扱っている。

当然、動く金も格段に上がるがリスクも跳ね上がる。

ヤバいことにはできる限り首を突っ込みたくなかった。

「離してください!」

その声は喧噪の中で微かに聞こえたものだ。

ここは街の中でも治安は悪い方だ。

傭兵や流れ者など身一つで生計を立てる者が多く集う区画のため、

どうしても血の気の多い者たちが集うのだ。

周りの店は酒場や娼館などが軒を連ねており、女性の悲鳴は日に何度も聞く。

だが、聞こえたからには放っておくわけにもいくまい。

「あっちですね。行きますか?」

アネットも聞こえただろう、余り興味無さ気に質問をしてくる。

「行こう、放っておいたら寝つきが悪くなる」

「ええ、いきましょう」

喧噪の中、二人は声のした方向へ走る。

声の主はすぐに見つかった。

路地裏では三人の屈強な男が修道服を着たシスターを取り囲んでいた。

「別に乱暴しようってわけじゃないんだ。これも仕事だしな」

「あなたたちに話すことなんてありません!」

二人が駆け付けると男たちが声を上げる。

この区画で悲鳴がしたからと路地裏を覗き込む物好きはさして多くない。

「見世物じゃねぇぞ!」

「みたいだな、別に面白くもない」

「なんだとっ!」

ガラの悪い男たちの標本みたいな連中だった。

男の一人が殴り掛かってくる。

ブロードは顔面目掛けて飛んできた拳を首を捻って避けると、

お返しに一発殴り飛ばす。

呻いて倒れる男に続いて二人の男が取り囲む。

狭い路地で距離を取れず、男に片腕を掴まれ、別の男に腹を蹴られる。

さらに両腕を掴まれ、立て続けに蹴りを食らい、顔に拳が飛んでくる。

「お、おい!」

ブロードは堪らず叫ぶ。

静観してる相棒に向けてた。

「あら、一人でなんとかなりませんか?」

「なってないだろ!どうみても」

最初に顔面を殴った男も起き上がっている。

「女に助けを求めるのか、みっともねぇな!」

うるせぇっと返すがその顔面を動けない状態で数度殴られる。

「あ、アネットさん!手伝って!!」

「仕方ありませんね」

悲痛な叫びに対して、アネットは路地の壁に両手をつける。

腕を軸に体を空中で回転させると、踵が男の一人の脳天を捉える。

昏倒する男を見て、残りの二人の顔が青ざめた。

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