-2-
「はぁ、酷い目にあった」
ブロードはそういうとコーヒーを口に含む。
三人は教会の客間で一息ついていた。
まだ痛む頬をブロードは軽く押さえている。
「すみません、そしてありがとうございました」
「ああいえ、気にしないでください。
あなたを助けようと思ったのは僕たちの意思ですから」
シスターの言葉にブロードは慌てて訂正する。
「私に任せれば、三人くらいなんてことはありませんでしたよ」
アネットの言葉にブロードは苦笑いする。
彼女が本気を出せば本当になんてことはないのが複雑だった。
「まぁともかく……よかったら、何があったのか聞いてもよろしいですか?」
アネットの不満そうな顔を余所にブロードはシスターに問いかける。
シスターはシェリアスと名乗った。
「シェリーと呼んでください」
彼女が言うには、教会騎士団の雇った冒険者が行方不明なので捜索を依頼したいらしい。
そのために酒場に行く途中で先ほどの男たちに囲まれたということだ。
「彼らは私が依頼をしにいくことを知っているようでした」
「相手に何か心当たりはありますか?」
シェリーは少し考えてから答える。
「……夜の教団はご存知ですか?」
夜の教団、教会とは敵対関係にある組織という程度はよく知られている。
実態は邪神崇拝を掲げて、教会から邪教の認定を受けており、対立していた。
だが、しばらく前に教会騎士による掃討が行われたと発表されたはずだった。
「残党が潜伏していたってことですかね」
ブロードの呟きをシェリーは沈黙で肯定する。
「ちなみにどんな依頼なのかは聞いてはいけないのですよね?」
「はい、ただ私も詳しく内容は伺っていないのです」
念のための確認だったが、情報は与えられていないようだ。
「そこから先は私がお話しましょう」
背後から声がする。
シェリアスが驚きの声を上げると同時に立ち上がった。
ブロードが振り向くと凛とした声から想像していたよりも小さな体躯がそこにあった。
その人物は街にいる人間なら知らぬ者はいない。
透き通る程に白い肌、腰まで伸びた白い髪、
白を基調とした特別製の修道服、そして血の如く赤い瞳。
本来は10と幾年程度の年の少女のはずだが、
整った顔立ちが浮かべるたおやかな笑みはそう思わせない。
教会、特別首席枢機卿。
イヴァルティア・アーカナム。
またの名を白の聖女、この街の象徴とも言える存在だ。
「た、立ちなさい!あなたたち!」
目の前のシェリアスは慌てて促す。
「いいえ、構いませんよ」
そういうと聖女イヴァルティアはシェリーが用意した椅子に座る。
「これはたまげた。イヴァルティア様か……」
「イヴで結構ですよ」
聖女イヴは微笑む。
雑誌や広告でしか見たことの無い人物に恐縮する。
雲の上の人間に親しげに語りかけられたら仕方の無い話だ。
「聖女様、まさかこの者たちにお話するおつもりですか?」
「シェリーがお呼びしたのでしょう。彼らは知らねばならないと思います」
「いえ、私は彼らに任せるつもりは……」
シェリアスは言葉を詰まらせる。
イヴは彼女の顔をじっと笑みのまま見つめていたのだ。
「大丈夫。彼らならできると思いますよ」
その言葉にシェリアスは肯定の返事をした。
そう、聖女が白と言えば如何に黒くとも白である。
教会はそういう組織であり、それが聖女であった。
「こちらをご覧ください」
イヴは机の上に小さな箱を置く。
金の装飾のされた箱は宝石箱のようだった。
シェリアスの顔が強張る。
何かを口にしかけたが、言葉は出ない。
「これにはあるアーティファクトが入っています。
呼び名はいくつかありますが、私たちは災厄の瞳と呼んでいます」
「災厄の瞳?」
ブロードが聞き返すとシェリアスが代わりに説明する。
「かつて世界を滅ぼそうとした“紅の災厄”の力が封印され ていると言われているアーティファクトよ」
紅の災厄、それはかつて世界を滅ぼそうとして倒された存在として知られていた。
災厄の嵐、混沌の皇帝など伝説によって様々な名称があるが、概ね世界全体を滅ぼしかけ文明の維持を不可能としたことは共通していた。
「ここにあるのは半分だけです。
どうやら二つに分けられているようなのです」
半分だけ、ブロードは箱をまじまじと眺める。
「瞳を半分に分けるってどういう風なんでしょう」
ブロードは二人に顔を向ける。
「ダメよ」
「申し訳ありません」
好奇に満ちた訴えは一蹴された。
かなり気になってはいたが、大人しく引き下がる。
「でも大体話しはわかってきましたね」
ここまで黙っていたアネットが口を開く。
「ああ、悪意の森にもう半分があって、
それを冒険者に探させてたけど、
行方がわからなくなったってことだよな」
「そのとおりです」
イヴは厳しい顔をして続ける。
「災厄の瞳は悪意の森の最深部にあります。
ですが教会騎士団を動かすことができないのです」
「そこであなた方には行方不明の冒険者の捜索及び
災厄の瞳の捜索をお願いします」
ブロードはイヴ、シェリアスを見る。
「えっと、まだ引き受けると決めたわけじゃ―」
「ここまで聞いて引き受けないつもり!?」
シェリアスは身を乗り出す。
「そ、そうは言ってないだろ……」
ブロードは仰け反り、小声で言う。
「じゃあ何なのよ」
「そりゃあ勿論、なぁ」
「ええ」
ブロードはアネットに目線を送り、彼女も微笑む。
親指と人差し指の先で輪を作り、シェリーに見せる。
「あなた、聖女様の御前ですよ!不謹慎な!」
「就労も善行だって神様は言ってたぞ」
「わかりました」
イヴの言葉に聖女様!と声がかかるが構わず続ける。
「あなた方が納得頂ける十分な報酬をお約束致します」
思わずガッツポーズをするブロード。
「さっすが!聖女様万歳!」
その肩に手が置かれる。
「黙って聞いてれば、聖女様に何て口聞いてんだ」
恐る恐る振り向くとそこには顔を顰めた教会騎士がいた。
「いやまぁ……そのぉ……」
「フギンさん、丁度よかった」
イヴが名を呼ぶと教会騎士は背筋を伸ばした。
「彼らに同行して頂けないでしょうか。
シェリーもお願いします」
はい?っとフギンから声が漏れる。
「例の冒険者の捜索よ、明日の朝に出発するから準備してね」
困惑する二人にイヴが声をかける。
「お願いできますか?」
即座にフギンが返事をする。
「はい!必ずやご期待にお答えいたします!」
イヴは笑みを深め、ブロードは感心していた。
教会騎士は聖女を神の如く崇めているというのは、
強ち冗談でもないように思えた。
「それでは私は失礼します。皆さん、どうか無理はなさらないようお願いします」
「はい、吉報をご期待ください」
シェリーが言うとイヴは立ち上がる。
その場の全員が立ち上がり、礼をするとイヴは立ち去った。
「じゃあ俺たちも失礼しまー」
今度は両肩に手が置かれた。
「まぁ待て。ちょっとお話をしようじゃないか」
フギンは口元だけに笑みを浮かべていた。
鍛え上げられた体躯はブロードより一回り二回り大きく、
顔は厳つく傷だらけだ。
歴戦の教会騎士といった印象を受ける。
「いやぁ、明日の準備とかもありますし……」
ブロードは隣の相棒に目をやる。
アネットは微笑を返した。
毎度の事で、自分で何とかしろということだ。
「お前が例の冒険者の代わりなのはわかった。だが奴らはこの街でも腕利きだ。
その代わりが務まるんだろうな?」
ブロードは極力平静に反論する。
「今回は教会騎士の方々が二人も同行されます。それだけでかの冒険者とは比べものにならないのでは?」
「だが戦力は多いにこしたことはない」
「ではフギンさんとしては教会騎士が二人居ても不安なのでしょうか」
「そうじゃない!だが―」
フギンは言葉を失う。
これを否定することは教会騎士として血の滲む修練を積んできたプライドが許さなかった。
フギンは無理やり話題を変える。
「ルートはどうなんだ。悪意の森は刻一刻と景色が変わって入れば出られないというだろう」
「ある程度の深度までは目印と地図によってルートが確立されています。最深部までは手探りですね」
「闇雲に進む気か!」
「一定間隔で目印を立てて進みます。数日は目印が残るので今回の行きと帰りのルートは確立できます」
フギンが言葉を再度詰まらせたところにブロードは追い打ちをかける。
「奥へ進むのは任せてください。敵は教会騎士の皆様がいれば大丈夫でしょう?」
反論がないため、ブロードは失礼しますとその場を去ろうとする。
その肩を力強くフギンは掴み掛る。
「よしわかった。はっきり言うぞ。俺はお前みたいな軽い奴は信用できない」
「それってつまり聖女様をうたが―うわっ離せ!」
反論するブロードを引っ張り、無理やり歩かせる。
「黙ってこい!屁理屈はうんざりだ!!」
黙ってみていたアネットにアレスは声をかける。
「すみません、あれだとしばらく戻らないですね」
「とって喰うわけじゃないのでしょう?」
ならお任せしますっと言い残し、アネットは立ち去る。
「明日はよろしくお願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます