-3-

石畳の広間は所々が陥没していた。

足の形をしたものもあり、教会騎士達の鍛練の激しさが見てとれる。

ブロードは刃を潰した長剣を手にしていた。

訓練用の剣でもっとも軽いものだ。

「そんなひょろい剣でいいのか、背中の大剣は飾りか?」

「おうよ、相手がビビれば儲けものだ」

フギンは鼻を鳴らして侮蔑する。

その手には訓練用の棍棒と盾が握られていた。

剣も棍棒も訓練用とはいえ、本気で振るえばただでは済まない。

そして何より痛い。

ブロードはフギンに連れられ、模擬戦をやることになった。

ルールは単純、互いの得物で打ち合い致命打の判定を受ければ負けというものだ。

審判としてアレスとシェリーが見守る。

「俺から一本でもとってみろ、できなきゃこの仕事は降りてもらう」

「勘弁してよ」

ブロードは言いながらも体は解す。

勝っても何も得られない戦いは好きではないが、手を抜く気も無かった。

一本取ればいい、ならば何本取られてもいいということだ。

随分ゆるい条件を提示したものだと気楽に考える。

だが、すぐに後悔した。

一本目、二本目、ブロードは成すすべなく棍棒を叩きつけられて悶絶する。

フギンは体躯に合わず素早い。

さらに棍棒の一撃は訓練用にも関わらず重く、受けた剣が悲鳴を上げた。

それを頭と腹に受けて、ブロードは自分の意思と体が分離していた。

このまま負け続けていれば体が動かなくなる。

動きを見切る、疲れさせて隙を見て一本取るなんて悠長なことは言っていられなくなった。

ならば方法は一つ。

ブロードは体を無理に起こす。

三本目を必ず取る。

「次だ」

「おう!」

シェリーにより開始の合図が下される。

二人は同時に距離を詰めた。

頭を狙って横なぎに棍棒が振られる。

それを剣の腹で受けて同時に腰を落として受け流す。

棍棒が受け流され、振り切った姿勢のフギンにその場で体を捻って剣を振り上げる。

だが腰の回転だけでフギンは手にした盾を突出し、ブロードを押し返した。

「まだ甘い」

「まだまだ!」

剣と棍棒がぶつかり合い、鈍い音がする。

ブロードの腕が悲鳴を上げ始めた。

後ろに下がり、棍棒を空振りさせるが即座に距離を詰められる。

振り下げられた棍棒を受け流すとブロードは蹴りを繰り出す。

完全なる不意打ち、だがフギンは後退して回避する。

蹴りは盾の内側を叩き、盾を取りこぼす。

フギンは舌打ちをする。

戦闘中でなければ卑劣なっ!と口にするところだ。

ブロードは剣を横薙ぎに振るう。

だがフギンも棍棒を横薙ぎに振るっていた。

剣が棍棒に弾かれる。

ブロードの目の前で棍棒が震える。

「おい」

ブロードの声、フギンは反射的に声に反応する。

一瞬、動きが止まる。

ブロードは左手でフギンの棍棒を握る。

フギンはそれを振り払おうと腕に力を込めた。

―ビクともしない!

何故だ、その思考が頭を過った瞬間。

訓練用の剣が側頭部を打ち、思考ごとフギンを薙ぎ払った。

……棍棒を左手で止めて側頭部を打った一撃はフギンをしばらく昏倒させるに至った。

左手の義手がパワーアームであり、

常人の数倍の握力を発揮できたためにできた不意打ちであった。

シェリーは渋々ながら致命打の判定を出し、ブロードは三本目を制した。

しかしフギンは“1本取ったら終わりとは言っていない”っというと、棍棒を振り上げた。

……それからしばらく後、アネットは修練所に戻ってくる。

「あらあら」

顔中痣だらけで気絶しているブロードを見たアネットは表情を変えずに言う。

そのまま20戦ほど模擬戦は続いていた。

様々な不意打ち、揺さぶりを駆使したがブロードは結局三本目以外は惨敗を喫していた。

「どうでしたか?」

アネットは肩で息をするフギンに問いかける。

「私たちは教会騎士様方に同行するに値するでしょうか」

微笑を浮かべるアネットにシェリーは不信を隠さない。

だがフギンは少しだけ間を置いて答えた。

「明日までに必要なものを用意して体を直してこい」

「必要なものは全て揃えました。明日はよろしくお願いします」

アネットは手にした荷物とブロードを背に抱えると教会を去って行った。

フギンとシェリーも修練場を後にする。

「よかったの」

「何がだ」

「本当にあの二人を連れて行くの?」

「あれだけの荷物と武装した男一人を顔色変えずに持てるんだ。問題ないだろう」

「アネットさんのことじゃなくて」

シェリーはブロードの実力を疑問視していた。

「俺から一本は取った、これ以上は野暮だ」

「左手が義手なんて一言も言わなかったじゃない」

「言う必要もないからな、盾を弾いたのも含めて作戦勝ちだ」

フギンの言葉にシェリーは顔を歪める。

「はっきり言って言動は軽薄、気は弱い、戦闘は卑劣手段を厭わない。

 能力は及第点だとしても、信用に足る人物かは疑問が残るわ」

手厳しいなっとフギンは言う。

「……だが俺との模擬戦で根を上げなかった」

フギンがぼそりと呟いた。

そこで会話は途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る