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屋敷の外でブロードとフギン、そして生き残った教会騎士が休んでいる。

血の槍が力を失ったことで屋敷は死体で酷い有様になっていた。

それらを何とかするには人手も時間も気力も足らなかった。

「……ブロード」

フギンは隣に座るブロードに語り掛ける。

傷は酷いが、応急手当と回復薬ある程度回復はしていた。

「奴の言葉、覚えているか」

「お前たちに味方はいないってか……そうだな、そんなの言われるまでもねぇ」

ブロードはぼやくように答えた。

彼もまた手当と薬で回復していた。

「その前だ」

ブロードはオウム返しに聞き返す。

「あの女が言っていた人間か、奴はそう言っていた。誰だと思う?」

「知らんな」

「とぼけるな、アネットの他にお前を知る女がどこにいる。

 吸血鬼の血液を使った弾丸もどうやって調達した!?」

ブロードは沈黙で答える。

「今回の一件、冒険者の件と教団の襲撃、全てが何かの作為を感じる。

 あの吸血鬼ルドヴンを動かし、災厄の瞳を手に入れようとする何者か」

「そこになんでアネットが出てくる」

「他にいないだろう、吸血鬼が」

「だからなんでアネットが!」

ブロードは思わず声を荒げる。

気まずい沈黙をフギンは破る。

「……確かに確証は何もない。だがこれだけは確実に言える。

 ブロード、彼女は危険だ。彼女は確実に人間に仇を成す存在だ」

「何を―」

根拠にっと言葉にできない。

「奴の言葉もあながち間違いではない。

 お前が彼女を味方する限り、お前には誰も味方をしない」

フギンは立ち上がるとメイスを手にかける。

「それでもお前が彼女の味方でいるというのなら、俺はこの場でお前を処断する」

メイスの先をブロードに向ける。

「冗談だろ?」

「冗談で言えることじゃない」

フギンの目は本気だった。

ブロードは手を剣にかけつつも座ったまま語り掛ける。

「俺を殺そうってことは殺されても文句は言えない

 何の意味がある。お前に何の得もないだろう」

「……間違った道を行こうとする友人を止めることは無意味じゃない」

友人のため、つまりは自分のために命をかけて戦おうというのだ。

「馬鹿げてる。俺はお前と……」

友達になったつもりはない。

たったそれだけの言葉を口にできない。

溜息をついてブロードが言う。

「わかったわかった、受けるよ」

軽い口調で答えるが、ブロードの目もまた本気であった。

フギンはそれを見逃さない、油断を誘う手は前にも見ていた。

二人は対峙し、ブロードは剣をフギンはメイスを構える。

屋敷の前の小さな庭園、主のいない屋敷の前で二人の決闘は静かに始まった。

二人は距離を保ちつつ、互いの武器を振るいそれを避ける。

ブロードが一歩踏み込み、剣と鈍器が鈍い音を響かせた。

フギンは顔を顰める。

塞がったばかりの傷から血がにじんでいた。

「なんだよ、お前の方が傷が深いんじゃないか?

 無理せず降参してもいいんだぞ」

「ほざいてろ!」

乱暴に剣を払ってメイスを振るう。

それを受けるブロードもまた体が痛むのを感じた。

フギンのメイスとブロードの剣が交錯する。

鋭い鋼の軌跡を受け止め、重い金属音が響く。

重い鋼の殴打を剣の腹で受け流される。

何度目かの金属音で、音の変化を二人は聞き逃さない。

フギンは顔を顰め、ブロードは笑みを浮かべ、再び両者が武器を振るう。

重かった金属音は悲鳴を上げるように甲高くなり、メイスにはヒビが走る。

「観念しろ!フギン!」

「まだだ!」

一際甲高い音が響いた。

もはやメイスは限界だった。

全体のヒビが何もせずとも広がり、そして砕けた。

だが砕けたメイスの姿にブロードはおろかフギンにも驚愕の顔が浮かぶ。

まるでその場で磨き上げたかのように白く輝く刀身がメイスの中から現れた。

淡い輝きを放つ白銀の剣、二人の脳裏には否応なく白銀の騎士の名が浮かぶ。

フギンは白銀の剣を握りしめる。

「俺はお前をここで倒す。その覚悟が固まった」

剣を使っていた時期もあるのだろう、剣の構えに淀みはない。

「ブロード。理は俺にある。ここで現れた白銀の剣は偶然ではない!」

そんな理屈が通るかっと叫びたかった。

だが白銀の輝きは有無を言わせぬ迫力を放つ。

フギンが振りかざした白銀の剣は眩しいまでの光を放つ。

その剣を眼前に振り下ろすと光が刃となり、地を割って走った。

ブロードは地を蹴り、フギンの周囲を走る。

二の太刀、三の太刀が地を割って走るが、急加速、減速を駆使して凌ぐ。

四の太刀のタイミングでブロードは一気にフギンへ接近し、刃を合わせる。

行き場のない白銀の光が飛散し、周囲の地面に穴をあける。

フギンが吠える、ブロードもまた咆哮を上げ、剣撃を重ねる。

鍔迫り合いを解き、フギンは剣を横薙ぎに振るう。

白銀の光が弧の形に広がり、水平に飛ぶ。

ブロードは身を投げ出してかわすが、距離を取られる。

再び、地を割る斬光がブロードへ迫る。

ブロードは銃を抜く。

狙いはフギンの足元だ。

斬光を避けると同時にブロードは弾丸を放つ。

弾丸は空中で炎を纏い、地面を爆炎で包み込む。

そして粉塵が視界を奪った。

ブロードは粉塵の中へ突っ込む。

そこに白銀の光が弧を描いて飛び出す。

足音で位置を捉えられていたのだ。

ブロードは身を捩ってぎりぎりでかわすが、足から鮮血を吹く。

構わず突っ込む、剣を水平に構えたままだ。

ブロードを視認したフギンもまた迎え撃つ。

粉塵が晴れる。

一本の剣が地面に落ちた。

その剣が纏っていた白銀の輝きは見る間に消えていく。

「なぜだ……」

掠れる声でフギンが呟く。

ブロードが剣を引き抜くと血が溢れる。

フギンの左胸、鎖骨の下辺りを鎧ごと剣が貫いていた。

痛みに手を抑えるが、ブロードはその手を除けて薬をかける。

「エリクサーほどじゃないが強い薬だ、傷を塞ぐだけだから余り動くなよ」

胸と背中の両側から傷口に薬を流し込み、残りを飲み込むよう手渡す。

「……なぜ、急所を外した」

「決まってんだろ。お前が迷ってたからだ、俺を殺すことをな」

半ば特攻のような一撃、ほんの一瞬だけフギンは剣を振るうことを躊躇った。

「俺に迷いは無かった。お前を殺さず戦闘不能にする。その一点に集中してた」

だから勝てたんだ、そういってブロードもまた薬を飲む。

「……大したお人好しだ」

「白銀の騎士だのなんだの言ったって、お前が簡単に割り切れると思ってなかった」

「根拠はなんだ。俺は傭兵ではないが騎士であり戦士だ。敵に容赦などしない」

ブロードは笑って答える。

「……お前がお人好しだからさ」

フギンも笑った。

お人好しで愚直、立場は違えど似通ったものを感じていたのかもしれない。

ブロードが起き上がる、薬で傷は塞がっていた。

「先に教会に戻る。アネットが心配だからな」

「……彼女は、アネットは危険だ。お前も無事に済むかわからない」

「構わない。俺は信じる」

振り向いてフギンの顔を見てブロードは言う。

「あいつは俺の相棒だからな」

「そうか、わかった……」

フギンもまたブロードの目を見据えていう。

「今は負けた身だから見逃す。だが次は無い」

一瞬だけ言葉を詰まらせる。

「この白銀の剣に誓って、次はお前たち二人の息の根を止める」

「迷いが晴れて俺が暇だったら相手になってやるよ」

ブロードは走り出す。

―お前が彼女を味方する限り、お前には誰も味方をしない―

フギンはそう言った。

それでも俺は……。

心に刺さる小さな棘を振り払うようにブロードは加速した。

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