-11-
問題は屋敷の中で何を見たかだった。
ブロードは息を整えながら、大剣を背の鞘にしまう。
屋敷の中に入ると異様な光景が広がる。
明かりが無く薄暗い屋敷は一階が吹き抜けのホールになっており、
中央の階段から二階の客間へ上がるようになっていた。
外で感じていた以上に血の匂いが充満している。
床は黒い血が水溜まりのように広がり、歩くたびに粘りつく。
だが違和感の正体はそれではない。
人がいないのだ。
人の形をしたものすらも見当たらない。
これだけの血が流れたならば人だったもので溢れかえっているはずだった。
辺りを見回すが、人だったものの断片すら見受けられない。
「おや、傭兵たちはみな逃げ出したと思ったのですが」
上からの声にブロードは顔を上げる。
そして驚愕する。
薄暗い天井に磔にされているのは人間だ。
それも何人、何十人もの人間が天井にびっしりと磔にされていた。
その全てが体中が槍のようなもので串刺しにされている。
そして天井の中央には優雅に座る男がいた。
天井にテーブルと椅子の足がつき、逆さまに生える椅子に何の苦もなく優雅に座っている。
「ようこそ、我が屋敷へ」
男は天井に立ち上がって磔の人間の中を苦も無く歩く。
「……夜の教団の教団員たちか?」
「それと白銀騎士団の騎士たちだね。一応打尽、一石二鳥さ」
男は天井から壁の目前に迫ると、壁に足をつける。
そのまま壁が地面であったかのように、優雅に歩き続けた。
ブロードは震える手を剣を握って抑えた。
人を磔にした異常な光景、天井と壁を歩く男、正体はおおよそ検討はついていた。
「……吸血鬼か」
「その通りだ、私はルドヴン。ルドヴン卿と呼んでくれ」
壁から床へと足をかけ、歩きながら男、ルドヴンは言った。
「君はどうした?雇われの傭兵は別に見逃す気だったのだが?」
「俺は教会側に雇われたんだ」
無償であるがっと内心で付け加える。
「そうか、入口の傭兵が入ってこなかったのは君のせいだったか」
ブロードは剣を構える。
「私と戦うのか、理由があるのか?」
あるっとブロードは答える。
「教会騎士も夜の教団も、お互い殺しあう気だった。
私が殺すのと互いが殺しあうのと何が違う?」
「違う」
ブロードは腰を落とし、いつでも飛び掛かれる体勢を取る。
「人間が人間を殺すのは、そうしてでも守りたい者があるからだ。
それは教会も夜の教団も変わらない。どちらが正しいかも関係ない。
守る者のために命を賭けて戦い、勝った方が守れるだけの話だ」
ほうっとルドヴンが漏らす。
「だがお前に守る人間はいない。お前がやったのはただ奪うだけの行為だ。
俺はそれを許さない。お前ら化け物が人の命を踏みにじることを俺は許さない」
くっくっくとルドヴンは笑いを堪える。
「面白い考えだ、殺した者が違えば意味が違うというのか。
だが結果は変わらないぞ、夜の教団の脅威は消え彼奴らが成す害は消えた。
教会に駆逐される運命にあった悪漢や組織も僅かながらの安堵を得た。
それはここでお互いに殺し合い全滅すれば変わらない結果だ」
「……それは違う」
「何がだ」
「お前が生きてる限り、死ぬ人間が増える。
無残に命を踏みにじられる人間が増える。
結果が変わらなくとも、お前の存在は肯定されない!」
「ならば私を否定してみろ、人間!」
二人は同時に飛び出す。
ブロードは剣を振るう手を寸前で止め、身を翻す。
直前まで彼がいた空間を赤黒く先端の尖った槍が伸びていた。
「いい勘だ」
ルドヴンが腕を振るうと地面を濡らす血が盛り上がり、槍となって飛び出す。
ブロードはルドヴンの周囲を円のように走る。
血の槍もそれを追うように何本も突き立つ。
彼の行く先から血の槍が伸び、避けきれず腿を裂いて、床を転がる。
「どうした。もう逃げないのか?」
身を起こしたブロードの周囲は血の槍が囲っている。
「可哀そうだから、一本ずつ刺してやろう。最初はどれかな?」
血の槍の先端がぴくっと動く。
ブロードはそれに反応し身構えるが、飛び出さない。
別の槍が動けばそれに反応するが、それも飛び出さない。
ルドヴンはほくそ笑んでいた。
「大した趣味だな」
声はルドヴンの背後からした。
そこに居たのはフギンだ。
天井からの血の槍を辛くも逃れて反撃の機会を伺っていたのだ。
フギンは声をかけるのと同時に側頭部へメイスが振っていた。
「まだ生き残りがいたとは驚きだ」
背後からのメイスを見ることもせず片手で受け止めてルドヴンが言う。
フギンは飛びのこうとするが、受け止められたメイスが動かない。
舌打ちをしながら体を捩り、血の槍が体を貫通するのはどうにか避ける。
二の槍を放とうとするルドヴンは眼前の気配に気づき、メイスを手放す。
ブロードの剣が空を斬る、だがそこからさらに攻めの姿勢を崩さない。
床から迫る血の槍をかい潜り、斬撃を繰り出す。
そこからフギンも加勢したことで、接近が容易になった。
片方が血の槍を避け、もう片方がルドヴンへ肉薄する波状攻撃が自然と出来上がる。
その様に苦い顔をするルドヴンは何かも思いついたようににまりと笑みを浮かべる。
「なら、これはどうだ?」
ルドヴンの赤い瞳が輝いた。
まずいっとブロードが叫ぶが遅かった。
「跪け!」
ブロードとフギンは血の床に跪き、額を叩きつけた。
吸血鬼の魔眼による魅了もしくは支配の術だ。
無様に跪く二人に思わずルドヴンは天を仰いで高笑いを漏らした。
「所詮は人間……では次は、お互いを―」
ルドヴンの目が見開かれる。
全速力で飛び出したブロードが眼前に迫り、剣を振るっていたのだ。
刃はルドヴンの首元を目掛けて弧を描く。
肉を裂く感触がした。
だが骨には届かない。
「下等生物がぁ!」
半ばまで裂かれた喉で叫ぶ。
片手で喉を抑えて、もう片方の腕を振るい、血の槍をブロードに放つ。
その隙にフギンが飛び掛かっていた。
振るった腕を戻してメイスを受け止める。
二の腕から先がぐしゃりと潰れ、苦痛に呻いた。
フギンはブロードの横まで戻る。
「どうやったんだ?」
「何てことはない、事前に“おまじない”をしておいたんだ」
彼は事前に“魔眼が効かない魔眼”をかけられていた
受けた魔眼を上回る力の魔眼によってルドヴンの魔眼を跳ねのけていた。
ブロードは効いた振りをして、不意打ちを仕掛けたのだ。
そして激痛にルドヴンの集中が切れたことでフギンの魔眼も解けたのだ。
「やるもんだ」
「それより」
「ああ、攻略法はわかってる」
いくぞっと掛け声と共に二人が飛び出す。
左右からの挟撃だ。
首からの出血が抑えられないルドヴンは片手で迎え撃つ。
血の槍は一方向にしか出せず、腕も一本塞がっている。
そのため、二人で逆方向から挟み込めば対処はできない。
さらに二人の眼を同時に見られず魔眼も封じられていた。
二人が勢いづいて、武器を振るい、ルドヴンを追い詰める。
「カス共がああああ!!」
ルドヴンが叫ぶと首から噴き出す血も構わず両腕を思い切り振り下ろす。
天井が蠢く。
人間たちを串刺しにしていた血の杭が一斉に伸びる。
まずいっ!
一瞬の間を置いて数多の血の杭が床に降り注ぐ。
豪雨が屋根を叩くのに似た音が一瞬、鳴り響いた。
ルドヴンは自分の頭上に迫った亡骸から血を啜る。
夜の教団の戦士の娘だった。
邪教とは言え神官の娘、処女の血はルドヴンを恍惚とさせる。
首の傷が塞がると血の杭を再び天井に戻す。
目についたのは赤く汚れた鎧の男だった。
「ふん、あっけな―」
鎧の男、フギンは起き上がり、メイスを振るう。
余裕を持ってルドヴンはかわした。
「おっと、不意打ちが二度も通じるとは思わないでくれ」
ルドヴンは周囲に目配せをする。
「もう一人はどうした?天井かな?」
上を向こうとした瞬間にフギンのメイスが振るわれるが、空を切る。
「どうした、息が荒いじゃないか」
フギンは満身創痍だった。
体を丸め、両腕の盾を重ねて血の槍を防いだが、
それでもいくつかは体を貫いている。
動けるのが不思議な状態だが、出血もひどく長くは持たない。
「さて、もういいだろう」
ルドヴンは長い爪を揃えた腕を掲げる。
フギンに避ける余力はない。
死ねっという言葉と共にルドヴンの腕が突き立つ。
ドンッ!
その直前、銃声が響いた。
弾丸はルドヴンの背中を射抜く。
背後には床から上半身だけを出したブロードが銃を構えていた。
彼は床を左腕の義手でぶち破り、地下へ逃れていたのだ。
「そんなものが効くとおも……」
言葉は途切れる。
ルドヴンは血を吐き出し悶え苦しみだした。
床を転がり這いずる。
「フギン、無事か?」
「気分最悪だ……何をしたんだ?」
フギンは応急処置に回復薬を飲み干す。
傷が治るわけではないが、それだけで幾分体は楽になった。
「吸血鬼は吸血鬼の血を吸えない。お互いの血が支配しようと拒否反応を起こすんだそうだ」
ブロードが撃ち込んだのは、別の吸血鬼の血が込められた特性の弾丸。
すなわちアネット・エルドレッドの血液だった。
「ブロード、お前はどこをやる」
「じゃあ俺は心臓」
「なら俺は頭だ」
ブロードとフギンは悶えるルドヴンの横で武器を逆手に構える。
「ブロード……そうか、貴様があの女の言っていた人間か!」
もがきながらルドヴンが狂ったように叫んだ。
「ぐはは!私を殺してどうなる!吸血鬼に肩入れするお前が今更人間ぶっても遅い!」
「耳を貸すな、ブロード」
「お前たちは人間からも魔族からも敵視される!お前たちに味方はこの世界のどこにも―」
ルドヴンの頭をメイスが砕き、心臓に剣が突き立てられた。
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