-10-
それから数日の後、ブロードとアネットは白銀教会へ連行されていた。
突然、教会騎士が宿まで押しかけて有無も言わさずに連れてこられたのだ。
一般人の立ち入りは禁止されているが、中は喧噪が飛び交っている。
教会の中も荒れており、所々に血の跡が見られた。
訓練室では負傷した教会騎士たちが何人も横に並んでいるのが目に映る。
「夜の教団が襲撃してきたんだ」
フギンは上半身に包帯を巻いた姿で二人を出迎えた。
夜の教団は紅の災厄を崇拝しているため、災厄の秘石を狙うのは予想の範疇だ。
だが、なぜ夜の教団が災厄の秘石が教会に持ち込まれたことを知っているのか。
フギンは黙る。
「おいおい、まさか」
「……ああ、俺は違うと断言したんだが」
ブロードとアネットが疑われているというのだ。
既に査問会は終了しているため、二人を罪には問わないという。
「しばらくは教会で身柄を預かる。武器を預けて地下へ来てくれ」
ぼかして言うが、要は牢獄行きということだ。
「そういうお前はどこに行く?」
ブロードが問いかける。
教会の中は教会騎士たちが負傷者の手当だけでなく、
武器や道具の準備で慌ただしい様子であった。
「俺たちはこれから夜の教団の残党を叩く。
撤退する奴らから潜伏場所がわかったからな」
「それなら俺も同行するぞ、手は多い方がいいだろ?」
「願ってもないことだ、頼む」
だがっとフギンはアネットを見る。
「彼女はダメだ。ここにいてもらう」
アネットはやや不満そうだが、仕方がありませんねっと答えた。
教会騎士がアネットに武器を渡すように促す。
「やめておいた方がいいんじゃないか?」
ブロードはわざとらしく大仰に言う。
「お前らはこいつが吸血鬼なんじゃないかって思ってるんだろ?
もし本物ならどうするんだ?牢屋なんかぶち破って、
あっと言う間に全員ズタズタに引き裂かれるだろ?」
彼女の横にいた教会騎士が青ざめ、一歩後ろに引く。
「丁重にもてなしてくれ、夜の教団の討伐が終わるまででいい」
フギンがそういうとアネットが笑みを浮かべる。
「すぐ片付けてくる」
「ええ、紅茶でも飲んで待っています」
ブロードはフギンに顔を向ける。
彼は呆れた顔を一瞬すると、教会騎士に紅茶の用意を指示した。
フギン率いる教会騎士、そしてブロードは廃墟の並ぶゴーストタウンを歩く。
夜の教団の拠点はこの先の屋敷だということだ。
「なぁフギン」
ブロードはフギンの隣へ歩み寄って話しかける。
「余り考えたくないことではあるが」
「……何だ」
恐らく似たようなことを考えているのだろうと思ったがブロードは口に出す。
「誘い込まれてる可能性はないのか」
「かなり高いな。あちらも負傷はしていたが、こっちの被害も大きい」
「教会に籠城されるよりは自分たちの本拠地に差し込んで叩こうって腹か」
「恐らくな。だが奴らの拠点が分かった以上、こちらの好機でもある」
それを逃す手はないっとフギンは言って歩みを速めた。
こちらの戦力は10人強、敵の戦力は不明だが襲撃してきたのは約3倍だという。
戦闘員の数としてはほぼ全数だとフギンたちは見ていた。
確かに現実的に教団員として抱えられそうな数ではあるが、
敢えてこちらを迎え撃つならば傭兵を追加で雇っていることも考えられた。
相手が白銀教会だろうと報酬を上乗せすれば平気で戦う傭兵も少なくない。
どちらかと言えばブロードもそちら側だった。
「俺なら籠城するな、外は雇った傭兵で固めて消耗させる」
「だろうな、こっちも雇った傭兵を使う」
は?っと間の抜けた声が出た。
フギンの顔はブロードの顔を見ている。
「面白くない冗談だな」
「別に全員倒せと言ってるわけじゃない。惹きつけろ」
フギンはにぃっと笑う。
「雇われ傭兵には雇われ傭兵、合理的だろ?」
「俺はタダ働きだぞ!」
「タダでも雇われ傭兵には違いない」
ブロードは反論を失う。
通常の依頼ならば断って回れ右をするところだが、
相棒の身柄がかかっているため、そうもいかなかった。
「覚えてろ!」
ブロードは歩みを速める。
その様子をフギンはどこか楽し気に見つめていた。
しばらく歩くと廃墟の中では比較的綺麗な屋敷が現れる。
低い塀は所々朽ちており、正面から入らずとも屋敷には入れそうだ。
そして屋敷の入口周りは10人弱の武装した傭兵が固めている。
「俺たちは屋敷裏手に回って中に入る。お前はその間惹きつけてくれ」
「……割に合わない仕事だなぁ」
武装した傭兵の中に放り込まれるなんて、金貨一杯積まれても断るような仕事だ。
だが四の五の文句を言っても始まらない。
ブロードは覚悟を決めて、金切り声を上げる格子の門を開けて中へ入る。
すぐに談笑していた傭兵たちが立ち上がってブロードを囲む。
あからさまにガラの悪い連中だ、
「どうもどうも、僕もここの用心棒で雇われたんだけどお腹壊して遅れちゃって」
「は?遅刻して堂々と出てくるとはいい度胸してんじゃないの?僕ちゃんー?」
下卑た笑いを浮かべて数人の傭兵がブロードを見る。
周りの傭兵たちは退屈を紛らわす見世物のように、その様子を見ていた。
適当な返事を返しながら会話を引き延ばしていると、傭兵の一人が声を上げる。
「てめぇ!この間邪魔しやがった奴だな!」
ズカズカと歩み寄る男の顔には見覚えがある。
街でシェリーに絡んでいた男だった。
思い切り顔面を殴ったような男だったかは覚えていなかった。
「まさか俺様の前に現れるとはいい度胸だ!」
「どちら様でしたっけ……」
男が怒鳴った。
ブロードは慌てて言い訳をする。
「い、一応仕事仲間ですし、殴り合うのはまずいんではないでしょうか?」
別の男の顔が歪む。
「いいや、遅刻したお前は仕事仲間じゃあないな」
「ああ、仕事仲間が世話になったなら、たっぷりお礼をしないといけないなぁ」
男たちの顔にへらへらと笑いが浮かぶ。
全員を相手にするよりはここでリンチされていた方が、
時間を稼げて死ぬ危険も少ないのではないかとブロードは思う。
だからといって、リンチされたいわけでもない。
そのとき、屋敷の中から物音がする。
全員の意識が扉へ向いた。
ブロードはその瞬間で決断をする。
全速力で包囲を飛び出すと扉へ一直線に向かう。
さらに背中の大剣を引き抜くと扉の眼前に突き立てた。
扉が開くのを邪魔する形で剣を立てて、背を振り向く。
既に武器を構えた傭兵たちが彼を取り囲んでいた。
最善の仕事をしようと反射的な行動だった。
だが今や傭兵たちは全員がブロードを敵として認識している。
血の気が引く想いで剣を構えた。
それから少し後のこと。
ブロードは荒い息をしていた。
傭兵たちをまともに相手して勝てる道理はない。
彼は扉に突き立てた剣を引き抜くのを邪魔しながら、ひたすら逃げ回っていた。
塀の上を走り、大剣に近づく傭兵に砂をかけ、武器を奪って投げつける。
それでも長くはもたない、相手は素人ではなく一端の傭兵なのだ。
ブロードを取り囲む陣形を組まれ、残りの傭兵が大剣を乱暴に引き抜いた。
屋敷の扉が開け放たれる。
中に入るかと思ったが、扉の前で傭兵たちは足を止める。
遅れて他の傭兵たちも屋敷の方を向き、顔をしかめた。
血の匂いだ、それも異様に濃い。
屋敷の中で戦闘があっただけならばここまで血の匂いはしないはずだ。
扉の前にいた傭兵の一人が後ずさる。
かと思えば、一目散に逃げ出す。
周りの傭兵も続いて逃げ出した。
ブロードと取り囲む傭兵もそれを追うように逃げ出していく。
蜘蛛の子を散らすように逃げる傭兵たちをブロードは見送った。
命の危機に敏感でなければ、傭兵という仕事をして生き残るのは難しい。
同じ傭兵としてそれがよくわかっているだけに彼らの行動は正しいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます