-6-
廃教会の中に戻った二人をアネットとフギンは笑顔で出迎えた。
笑顔といっても異様にニコニコしていて嫌な予感がするものだった。
アネットはブロードの背中を押してシェリーとフギンから距離を置く。
「あなた、意外とやるじゃないですか」
「やるって何がだよ」
「またまたーとぼけないでくださいよ。“素敵な手だ”なんて決めちゃってー」
アネットは背中をバンバンと叩く。
別に口説いているつもりではなかったのだが……。
「ってか覗いてたのか、お前なぁー!」
「まぁまぁ」
恥ずかしさで頭が一杯になっていく。
ちくしょう覚えてろよ、心の中でそう毒づく。
シェリーも恐らく同じような状態なのだろう、シェリーの怒鳴り声が聞こえていた。
突如、入口の扉がドンドンと叩かれる。
四人は一気に緊張感を高め、会話を打ち切った。
「誰かいないか!?」
人の声だ。
ブロードは扉にさっと近づいて即席の閂を外した。
扉が開かれて四人の人間が入ってきた。
四人の特徴と人数は行方不明になっていた冒険者たちと一致していた。
修道服の上に簡素な鎧を着こんだ女を見るとシェリーが叫ぶ。
「エルマ!無事だったのね!」
「シェリー!フギン!あなたたちが来てくれたのね!」
二人は手を取り合って再開を喜んだ。
「大丈夫だったかい?」
ワーウルフから逃げるときにブロードを先導した男もいた。
「あなたは!先ほどはありがとうございました」
ブロードが例を言うと軽装の男は謝罪をしてきた。
「いやさっきは悪かったよ。先にみんなで隠れてる洞窟に戻ってたんだ」
洞窟ですか?っとアネットが呟く。
「俺たちはずっと洞窟に隠れていたんだ」
分厚い鎧を着こんだ男が続けた。
「たまにカークが偵察に出てどうにか生き延びてきたんだ。
俺はルードだ、よろしく」
「僕は今言われた通りカーク、よろしくな」
鎧の男、ルードと軽装の男、カークと握手をする。
ブロードは頭に浮かんだ疑問を口にする。
「なんでこの教会でなく洞窟に籠ったんですか?」
「私たちも最初はこの教会を拠点にしようとしました」
彼の疑問に答えるのはローブを羽織った女だ。
ローブは本来裾が長いが、森の探索のためかローブの意匠はあるものの、
裾は短くズボンが見えている機能的なものだった。
頭には魔術的な意匠の施されたアクセサリーをつけている。
「私はミレイナ、よろしく」
ブロードとアネットがよろしくと答えるとミレイナは言葉を続ける。
「この教会は夜更けになると恐ろしい魔物が現れるの」
「カークが感づいたお陰で何とか逃げれたが、ここはやばい」
「そう、逆に夜までは休めるとは思ったけれどね」
ルードとカークも会話に入ってくる。
夜更け以外は安全だから、ここに誘導して休ませたということらしい。
「なるほど」
ブロードは合理的な判断だと納得していた。
「そうなると、ここに来たのは」
元々の隠れ家が獣に嗅ぎつけられたという。
匂い消しをして逃げたがもう使えないだろうとのことだ。
「あの洞窟はもう限界だ。だから俺たちも急いで逃げてきたんだ」
ルードの言葉をカークも肯定する。
今から森を脱出するのは無茶だ。
既に日が落ちてしばらく立っている。
日中でも薄暗い森の中は暗闇同然だ。
一歩進むにも手間取り、夜行性の獣に襲われる危険性が高い。
「どこかで朝まで待てないのか?」
フギンが言う、ブロードも同感だった。
「こっちに来る途中にはアテはないな」
今から探しに行くわけにもいかないだろう。
「……ここでバリケードを組むしかあるまい。
出入り口を全て塞いで補強して朝まで持ちこたえる」
フギンはシェリー、ブロード、アネットと冒険者たちを見る。
返答はない、無言で肯定を示していた。
「よし、その辺のもので使えるものを集めよう」
ルードが音頭を取ってバリケードを作る作業に全員が入ろうとする。
「ところで」
アネットがそういうと全員が彼女を見る。
凛としていながら力強い言葉はその場に居る全員の意識が彼女に向ける。
「今までの話を誰かおかしいとは思わなかったのですか?」
アネットはフギンをシェリーを、そしてブロードの顔を順に見る。
彼女がこういうということは何かがおかしいのだろうとブロードは思う。
だが思い当たる節がないため、沈黙を返した。
彼に残念そうな顔をしたアネットは再び全員に視線を向けて話し出す。
「まず、食料の問題です。カークさんが工面していたようですが、
四人分の食事と水をこの森で調達するのはかなり厳しいでしょう」
カークたちの表情は硬い、アネットの意図を分かりかねているのだろうか。
「仮に何とかできたとしましょう。
それなら救助が来たなら真っ先に食料を分けてもらおうと思うはずです。
ですがあなた方は今もなお食料に困っている様子がない」
「確かに……」
フギンが呟いてシェリーを見る。
彼女は首を横に振る、彼女も食料を求められていないということだ。
実際にブロードたちは救助のために十分すぎる量の食料は持参している。
ブロードもまた言われてから不自然さに気づいていた。
「次にあなた方はこの廃教会から一度逃げたと言っていました。
その割には一番大きな出入り口の扉が健在なのは何故でしょうか。
恐ろしい魔物が扉を開けて襲ってきたのですか?」
ブロードは周囲を見渡す。
最も大きな入口は真正面の大扉、隙間風は入るが出入りできる程の穴や扉は他にない。
天井から魔物が入り込んだような跡も見られない。
そして何より、教会の中は埃が積り蜘蛛の巣があちこちに張っている。
それは教会の中が長く放置されていた事に他ならない。
魔物に襲われて逃げ出したり戦ったりした形跡は見受けられなかった。
「あなたたちは」
アネットとそしてブロード達三人の視線が冒険者たちに注がれる。
冒険者たちの表情は険しくなっている。
「私たちをここに閉じ込めたいのではありませんか?」
バリケードを作らせて外からの侵入を防ぐ。
それは言い方を変えれば中から外へ出られなくすることになる。
獲物を追い詰めるのに効果的な手段だ、だがブロードはある疑問を口にする。
「なんで閉じ込める?」
口に出してから嫌な予感がした。
フギンとシェリーも表情が強張る。
「それは逃げ惑うあなたたちを痛ぶって楽しむためよ」
ミレイナが笑みを浮かべて言う。
釣られたように冒険者たちは笑みを浮かべている。
ぞくっとした悪寒が走る。
状況が最悪の事態であることを四人は察した。
「あーあ、折角ここまで追い詰めたのに」
カークは頭で腕を組み、心底残念そうに言う。
「お前のミスだ。俺が折角誘導したのに台無しにして」
「おいおい、最後にここまで誘導したのは僕だぞ!」
「詰めが甘い、ご褒美は俺の総取りだ」
「バカ言うなよ!ご主人様を独り占めする気か―」
「はいはい、そこまで」
ミレイユが口論をする二人の間に顔を入れて静止する。
「大丈夫、二人とも可愛がってあげるから安心して」
二人の男ははぁいっと気の抜けた返事をする。
その顔はだらしなく緩んでいた。
「それじゃあ、まずはこっちのお楽しみね」
ミレイユの双眸が赤く輝く。
バキバキと体の内側から肉が砕ける音がする。
口から鋭い牙が伸び、指先からは爪が伸びる。
背中の肉を突き破り、蝙蝠のそれを彷彿する羽が現れた。
それは人の血を食らって生きる怪物。
吸血鬼、ヴァンパイアであった。
「あなたたちも見せてあげなさい」
吸血鬼となったミレイユが言うと二人の男が呻き声を上げて蹲る。
体躯が膨らみ、背中から服を割いて毛に覆われた背が現れる。
見る間に体は膨れ、鼻は尖り、目は血走り、牙が伸びる。
太い爪の生えた手足は人間のそれのように二足で立つ。
黒と灰、人間だったものが二匹のワーウルフへ変貌する。
「力も凄いけど、アッチも凄いのよぉ」
ミレイユは艶かしい声色で言う。
吸血鬼と二匹のワーウルフがこちらを睨む。
ただ一人、人の姿をしているエルマにシェリーが叫ぶ。
「エルマ!あなたは!?」
言葉が途切れる、無駄な問いかけだろうと頭に過るが彼女は叫ぶ。
「あなたは無事なの!?あなたは人間のままなの!?」
エルマは心痛の面持ちで答える。
「残念ですが、私はあなたたちに味方することはできません……」
それでもっとシェリーが叫んだ。
「あなたたちは我らがご主人様の生贄だからです。本当に、残念です」
エルマは笑みを浮かべる。
歓喜の笑みだ。
望みを絶たれたシェリーの顔を見て歓喜の笑みを浮かべた。
彼女もまた手遅れだ、フギンとブロードは悟る。
アネットはブロードの傍らに立つ。
「ブロード」
耳元で囁く。
「後は任せましたよ」
彼が答える間も無く、アネットは飛び出す。
弾丸のような速さで飛び出し、魔女に体当たりする。
そのまま入口の扉へ押し込み、そのまま外へと飛び出した。
「アネットさん!」
シェリーが叫び、フギンが悪態をつく。
だがブロードは彼女の意図を察する。
戦力を少しでも分担するために、あの中のボスを引き付けたのだ。
「あいつは大丈夫だ!それより―」
任せた、そうアネットは言った。
ならば必ず答える。
俺は彼女の相棒なのだから。
この状況を打破するために勝ち目の高い方法を考える。
一瞬の思考の後、彼は叫ぶ。
「フギン、シェリー!二人で一匹なんとかしてくれ!」
「お前、一人でいけるのか!?」
「なんとかするしかないだろ!」
ブロードは叫ぶと意識を両手両足へ向ける。
とても力を温存できる相手ではない。
手加減なしの全力でいくしかない。
四肢の鎧から金色の光が溢れ出す。
動力であるシュトラムドライブを最大出力にする。
オーバードライブと呼ばれる強化モードだ。
さらにブロードは背中の大剣の柄を握る。
ガチっと音がすると鞘が割れ、大剣が抜ける。
飛び出した刀身の先が地面を抉る。
オーバードライブで強化した両腕で剣を構えた。
「来やがれ駄犬!」
ブロードが叫ぶと一匹のワーウルフがにやりと笑って駆け出してくる。
……かつてルードと呼ばれていた者。
そして森の中で死闘を繰り広げたあのワーウルフだ。
ワーウルフが振るう腕を大剣で弾き返す。
ブロードはワーウルフの真横へ一瞬で飛び、横腹に剣を振るう。
体を捻り、爪が剣を弾く。
逆方向にブロードは飛び、再び剣を振るう。
高速で位置を変え、軌道を変えてブロードは剣閃を放つ。
ワーウルフは反撃できず、後ろに飛びずさる。
すかさず間合いを詰め、剣の重量を乗せた斬撃を放つ。
大剣の重みの乗った一撃はワーウルフを後退させる。
だが、致命傷には至らない。
鋭い爪を剣で弾き、返しの斬撃を後退で避ける。
幾度か打ち込み、爪が欠け、腕は毛皮が避け血に濡れる。
だがブロードにも変化が現れた。
体から汗が噴出し、肩で息をしている。
オーバードライブにより急激に身体能力を高めたことで、
体への負担も倍増しているのだ。
さらにエネルギーも無尽蔵ではない。
ブロードとしては速攻で決めたいところだが、
ワーウルフは元は人間の冒険者だったためか、
その考えを見通して後手に回っている。
ブロードは大剣を片手で持つ。
右手で持った剣でワーウルフが突き出した腕を弾く。
だがその衝撃で大剣が宙を舞った。
ワーウルフが好機に顔を歪ませる。
武器を失ったブロードに向けてワーウルフが迫る。
ワーウルフの膂力は凄まじく、右手が痺れている。
だが左手は動く、そのために片手持ちにしたのだ。
迫るワーウルフ、ブロードは左手をジャケットの奥へ入れる。
その手には金色の銃が輝く。
シュトラム合金製の銃は銃身のエネルギーで弾丸を飛ばすものだ。
銃身が一瞬輝き、銃口へ光が伝う。
その瞬間、銃口からは一発の弾丸が飛び出し、ワーウルフの顔に向かう。
弾丸が弾けた。
轟音、ワーウルフは爆発的に広がる炎に飲まれる。
彼の隠し玉、魔装銃だ。
火炎魔法の込められた弾丸はワーウルフの顔を跡形もなく吹き飛ばした。
首から上を無くした体はブスブスと音を立て、倒れ伏せた。
それと同時にもう一体のワーウルフが倒れる。
フギンとシェリーがもう一体を倒していた。
「やるじゃないか」
フギンはブロードに歩み寄ると手を伸ばす。
座り込んで肩で息をしていたブロードは手を伸ばし、立ち上がる。
「生きて帰ったら教会騎士になれ、みっちり鍛えてやる!」
「謹んで辞退させてもらいます」
三人は残ったエルマに向き合う。
「後はエルマ、君だけだ。
本来吸血鬼やワーウルフはその場で滅ぼすのが鉄則だが降伏するなら聞かないでもない。
「やめておいた方がいいと思うぞ」
ブロードは降伏を進めるフギンを諌める。
でもっと言うシェリーにブロードは反論する。
「もう彼女に聖職者としての矜持どころか、人間としての矜持すらない。
俺達ができるのはせめて苦しまないように死なせてやるくらいだ」
ブロードの脳裏に歓喜の顔をしたエルマが浮かぶ。
「……思い知ってたはずだろ」
二人は沈黙で返した。
エルマは神妙な顔をすると、口を開く。
歌声だ。
二人が止めないということは聖歌か何かだとブロードは思った。
「……!歌を止めろ!」
だがブロードは叫ぶ。
ワーウルフが死体がビクビクと痙攣しだしていた。
頭の無くなった首から肉が生え、肉塊となり、顔が再生する。
体中の傷が無くなり、ワーウルフが立ち上がる。
あまりに早い再生であった。
気づいた時には遅い。
横ではもう一体のワーウルフも傷を再生して立ち上がっていた。
茫然とする三人、だがフギンが叫ぶ。
「もう一回だ!一回倒せたならもう一回―」
ワーウルフが振るった腕が声を遮りフギンを弾き飛ばす。
「フギン!」
ブロードは彼の無事を確認するために振り向く。
その一瞬が致命的だった。
気づいた時にはもう一体のワーウルフが腕を振り上げていた。
「しまっ―」
拳が体をめり込み、地面に叩きつけられた。
骨が砕け、内臓が潰れる。
目の前は電気が走ったようにバチバチとし、
口から血を吐きだす。
凄まじい激痛が走る。
死という概念が脳裏を過るが、何かを考える前に意識が急速に遠ざかった。
シェリーは震える。
心の底から恐怖し、悲鳴すら出ない。
目を剥き痙攣するブロード。
さっきまで一緒に空を見て語り合った人が死の淵にいる。
色んな事が頭に浮かぶが瞬時に消える。
その中で頭を唯一埋めたのは、“助けなくては”という思考だ。
シェリーは駆け寄る、ブロードを癒すために。
無駄かどうかではなく助けなくてはという思いを満たすために。
だがその体をワーウルフが掴む。
悲鳴を上げるシェリーを片手で包むように掴んだワーウルフは彼女を持ち上げる。
にたりと笑うと手を軽く握りこむ。
絶叫、少女の骨が砕ける音と共に生命を削る叫びが響く。
「ああ、素敵な歌声……」
エルマは恍惚とした笑みを浮かべる。
「やめろおおおお!!!」
フギンが咆哮と共に突撃する。
別のワーウルフが迎え撃つ。
幾度も打ち合うが、彼も消耗は激しかった。
ワーウルフの剛腕で壁に打ち付けられるが、ふらつきながらも再び突進する。
「貴様らぁ!」
再び壁に打ち付けられたフギンをワーウルフは執拗に殴りつける。
シェリーの絶叫は尚も止まない、気絶しそうな所で手を緩めてひたすら痛ぶっていた。
地獄の惨劇だった。
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