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薄暗い森の中で走る中、一筋の光明が見える。

近づいてくる光を抜けると先ほどの広場よりも広く開けた場所に出た。

まだ獣の足音は途絶えない。

目の前に大きな教会のような建物があった。

家屋のようなものが横目に移るが、構わず前方へ走る。

大きな扉を乱暴に開けて中へ飛び込む。

四人が中にいることを確認すると、ブロードとフギンが扉を閉めて押さえた。

しばらく扉に突進してきていた獣たちはやがて諦めて去って行った。

肩で息をして脱力する。

「助かった……かなぁ」

ブロードの呟きに誰も答えない。

教会の中は暗く、天井からいくつか光が差し込んでいる。

使われていない廃教会ということだろう。

周りの家屋からして元々は村があったのかもしれない。

「そういえばブロード、先導してた男は?」

「わからない。ここに出たときに見失ったんだ……」

気にはなっていたが、獣が去ったということは近くにいないか逃げ切ったと考えていた。

「冒険者だったか?」

「ぱっと見の装備は充実して見えた。冒険者かもしれない」

フギンはそうかっと呟いて考え込む。

「とりあえず休もう。疲れた……」

ブロードの言葉に三人は文句を言う元気も無かった。

実際に疲労はピークだったのだ。

軽く食事をし、見張りを交代しながら一眠りしていった。

星が空で輝く頃、シェリーは教会の外で星を眺める。

街の聖職者としての務めを果たす中、夜は星を眺めて過ごしていた。

遠い地は同じ時期でも全く違う夜空になると聞いて、旅に憧れを抱いたのを思い出す。

死と隣り合わせの危険な森の中ではあるが、

膝を抱えて星を眺めると危険と縁遠い街の中のような穏やかな気持ちになれた。

「寒くないか?」

ブロードが隣に歩いてくる。

「平気」

「そうか」

そっけない対応をしてシェリーは後悔する。

言わなければならないとずっと思っていたことが浮かんできていた。

ブロードは隣で立ったまま星を眺めていた。

「……座れば」

「……ああ」

隣に腰掛ける。

「……ありがとう」

「何がだ?」

ブロードは何のことかわからないという顔をする。

「あなたにこの仕事頼んでよかった。

 あなたじゃなかったら私たちは無事に済まなかった」

「別にいいさ。俺達より上手くやれる奴はいくらでもいる」

「そんなことない。あなたでなかったらみんな無事でいられなかった」

「それを言うならフギンはすげぇよ、

 ワーウルフの口に自分から突っ込むなんて俺には真似できない」

他愛のない話をして、少しの静寂が過ぎる。

「ところで」

シェリーの言葉が静寂を破る。

「あなたは何で傭兵をしているの?

風で葉がさざめく、その音を聞きながらブロードは語る。

「……俺は記憶がないんだ。いつからかな、2年くらい前か。

 気づいた時にはアネットに助けられてた。行き倒れていて一人だったらしい」

背中の剣に手を触れる。

「背中の大剣は記憶を失う前から持ってたんだ。

 こいつを振り回せたような気がするんだ」

「それで戦うために傭兵になったということ?」

「まぁそんなところだ」

経緯は色々とあったが概ねその通りだ。

記憶の手がかりになると思っていた。

「でもあなたは頭がいい。私は他の傭兵や冒険者を見てきたけれど、

 あなたは知識と頭の回転は段違いよ」

「傭兵としての実力だけじゃ戦えなかったからな」

「それでも命がけで戦う必要なんてない。

 あなたなら他の方法でいくらでも生きていける」

「……戦ってるときの自分が一番自分らしい気がするんだ」

ブロードは言ってから思う。

苦しい言い訳だ。

「でもあなたは戦うのが好きなわけではないでしょう?

 自分らしいって何?本当の自分を探している内に命を落としたらどうするの?」

シェリーの言葉は止まらない。

「戦うこと以外で自分は見つけられない?

 平和で平凡な幸せを生きる自分を見つけることはできないの?」

ブロードは答えない。

答えが見つからなかった。

「ごめん、勝手なことばかり……」

「いいさ、ありがとう」

「……何がよ」

二人は笑みを浮かべた。

再び星を眺めているとシェリーが口を開く。

顔は空を見上げたままだ。

「私は元々はただの修道女よ。街で見た通りのね」

 でも礼拝に来る人たちの中には傭兵や冒険者を家族に持つ人たちもいたの。

 傷だらけになって二度と立てなくなった夫の姿に涙を流す人。

 無残な姿で帰ってきた父親の姿に心を病んでしまった子供。

 冒険に出た両親の帰りを毎日祈りに来る子供」

ブロードはじっと言葉を聞く。

「……戦う人が必要な事はわかってる。

 それでも一人でも悲しい思いをする人が少なくなってほしい」

そのために教会騎士になった、シェリーはそう言った。

ブロードはアネットに手を見せてほしいと頼む。

「余り見ないで欲しい。女らしくないから……」

おずおずと差し出された手の平を見る。

暗くてよくわからないが、手のひらを軽く撫でるだけでわかる。

あちこちが固く分厚い皮でゴツゴツとしている。

武器を握ってひたすら鍛錬しなければこうはならない。

「……血が滲むまで訓練してたから」

「恥ずかしがることはない、素敵な手だ」

ブロードは本気でそう思っていた。

自分の信念を貫く過程で得たその手は紛れもなく信念が本物である証だ。

彼はその手は尊いと思った、信念を飾りでない本物にする力がある。

だが彼はシェリーの顔が赤くなっていることには全く気づかなかった。

「……羨ましいな」

「えっ」

ブロードが手を放して言った言葉にシェリーから声が漏れる。

「戦う理由がある。そうだな、俺には大した理由がないんだ」

「……大丈夫よ、あなたならきっと見つけられる」

それでも、シェリーはブロードの両手を取って続ける。

「いつでもやめていい。やめたくなったら私に言って、力になるから」

首を縦に振って答えた。

二人は並んで歩いて廃教会へ戻る。

ブロードは彼女の言葉を反芻していた。

いつでもやめていい。

よい言葉だ、嬉しく思うと同時にどこか他人事のように感心した。

彼女はそうして修道女として迷った人々を導いてたのだろうと思った。

だが確信があった、自分の中にいる“何か”がその確信をもらたしていた。

この“何か”が、この衝動が身を焦がし続ける限り。

俺は戦うことはやめられない。

そっとシェリーに目を向ける。

もしかしたら彼女となら……。

ブロードは思考を乱暴に振り払った。

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