-18-
ミルスフィが住む屋敷の前、二人は荷物の確認を終えて出発しようとしていた。
まだ日が昇る前だが早めに出発しようということで、身支度を済ませていたのだ。
「気を付けてな、余り無理をするでないぞ」
ミルスフィは律儀に眼前で二人を見送っていた。
「水晶の使い方はわかるな?何かあれば相談ぐらいは乗ってやるぞ」
「ああ、助かるよ」
二人はそれぞれに彼女から水晶玉を貰っていた。
彼女と離れていても会話できる便利な道具だという。
ミルスフィに礼と別れを告げて、歩き出す。
すると目の前に人影が現れた。
暗がりでよく見えないが、立ち止まっている。
「シェリー……」
ブロードは目を凝らし、彼女を認識すると驚いて呟いた。
いつからいたのか、わからないがシェリーは二人の行く先の前に立ちはだかっていた。
「お別れぐらいは言おうと思いまして」
笑みを浮かべて彼女は言う。
「色々とお世話になりました。教会から公式に感謝は述べられませんが、
あなたがたのおかげで教会と聖女様の名誉は守られました。感謝いたします」
そういって頭を下げた。
「アネットさん」
シェリーの言葉にアネットは微笑を返す。
「一つお願いを聞いて頂けませんか?」
「何でしょう」
シェリーは一拍、すぅっと息を吸って言う。
「ブロードと別れて頂けませんか?」
ブロードの顔が強張る。
対してアネットの表情は崩れない。
二人は真っ直ぐ視線を交わす。
「それはできません」
シェリーはきっとアネットを睨む。
「彼は私の大事な相棒であり、弟分ですから」
深い笑みを持ってアネットは答えた。
「わかりました」
シェリーはアネットの目を鋭く見据えて宣言する。
「私はあなたの存在を決して認めません。
必ずあなたからブロードを解放してみせます!」
ブロードはアネットの行動を警戒して緊張するが、
アネットは大して反応をしない。
逆にこちらも言うことがあるのですよ、そうアネットは言う。
「私の目の前でブロードとあなたが交わした約束、忘れていませんよね」
シェリーの顔がわずかに強張る。
「その約束が破られたら、私は容赦しませんよ」
アネットは笑みを浮かべた。
柔らかな微笑とは異なる笑み、悪意を込めた邪悪な笑み。
悪魔の笑みがそこにはあった。
ブロードに促され、アネットは歩き出す。
シェリーはその場で立ち尽くしていた。
握りしめた拳からは血が滲んで地面に落ちていた。
街を出て進むと何もない野原になる。
自然と踏み固められた道を二人は歩き続ける。
横から光が差してきた。
夜明けだ、顔を向けると地平線の果ての山から太陽が頭を出していた。
ブロードが見上げると山の上から太陽が光を放っていた。
神々しく神秘的な光景に複雑な感情が溢れて、涙が一筋零れた。
朝日を見ているとアネットが振り向く。
「どうかしましたか?」
朝日に照らされた赤い髪は淡く輝き、翡翠の瞳を際立たせた。
ブロードは翡翠の瞳に釘付けとなる。
「なぁ、アネット」
「なんですか」
「……なんでもない」
そう言って歩き出す。
「どうしたのですか、もしかして私に見惚れていたのですか?」
「そんなんじゃねぇよ」
からかい続けるアネットに適当な相槌を返しながら歩く。
ブロードはイヴとの戦いの中で見た光景を思い出す。
雨の中で立つ人影、翡翠に瞳をした人影。
それは紛れもなくアネット・エルドレッドのものだった。
なぁ、アネット。
お前は何を知っているんだ?
その言葉をいつ言うべきか、ブロードは答えを出すことができなかった。
BlooDread -血濡れの絆- @AL-Ford
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