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ミルスフィが住む屋敷の前、二人は荷物の確認を終えて出発しようとしていた。

まだ日が昇る前だが早めに出発しようということで、身支度を済ませていたのだ。

「気を付けてな、余り無理をするでないぞ」

ミルスフィは律儀に眼前で二人を見送っていた。

「水晶の使い方はわかるな?何かあれば相談ぐらいは乗ってやるぞ」

「ああ、助かるよ」

二人はそれぞれに彼女から水晶玉を貰っていた。

彼女と離れていても会話できる便利な道具だという。

ミルスフィに礼と別れを告げて、歩き出す。

すると目の前に人影が現れた。

暗がりでよく見えないが、立ち止まっている。

「シェリー……」

ブロードは目を凝らし、彼女を認識すると驚いて呟いた。

いつからいたのか、わからないがシェリーは二人の行く先の前に立ちはだかっていた。

「お別れぐらいは言おうと思いまして」

笑みを浮かべて彼女は言う。

「色々とお世話になりました。教会から公式に感謝は述べられませんが、

 あなたがたのおかげで教会と聖女様の名誉は守られました。感謝いたします」

そういって頭を下げた。

「アネットさん」

シェリーの言葉にアネットは微笑を返す。

「一つお願いを聞いて頂けませんか?」

「何でしょう」

シェリーは一拍、すぅっと息を吸って言う。

「ブロードと別れて頂けませんか?」

ブロードの顔が強張る。

対してアネットの表情は崩れない。

二人は真っ直ぐ視線を交わす。

「それはできません」

シェリーはきっとアネットを睨む。

「彼は私の大事な相棒であり、弟分ですから」

深い笑みを持ってアネットは答えた。

「わかりました」

シェリーはアネットの目を鋭く見据えて宣言する。

「私はあなたの存在を決して認めません。

 必ずあなたからブロードを解放してみせます!」

ブロードはアネットの行動を警戒して緊張するが、

アネットは大して反応をしない。

逆にこちらも言うことがあるのですよ、そうアネットは言う。

「私の目の前でブロードとあなたが交わした約束、忘れていませんよね」

シェリーの顔がわずかに強張る。

「その約束が破られたら、私は容赦しませんよ」

アネットは笑みを浮かべた。

柔らかな微笑とは異なる笑み、悪意を込めた邪悪な笑み。

悪魔の笑みがそこにはあった。

ブロードに促され、アネットは歩き出す。

シェリーはその場で立ち尽くしていた。

握りしめた拳からは血が滲んで地面に落ちていた。

街を出て進むと何もない野原になる。

自然と踏み固められた道を二人は歩き続ける。

横から光が差してきた。

夜明けだ、顔を向けると地平線の果ての山から太陽が頭を出していた。

ブロードが見上げると山の上から太陽が光を放っていた。

神々しく神秘的な光景に複雑な感情が溢れて、涙が一筋零れた。

朝日を見ているとアネットが振り向く。

「どうかしましたか?」

朝日に照らされた赤い髪は淡く輝き、翡翠の瞳を際立たせた。

ブロードは翡翠の瞳に釘付けとなる。

「なぁ、アネット」

「なんですか」

「……なんでもない」

そう言って歩き出す。

「どうしたのですか、もしかして私に見惚れていたのですか?」

「そんなんじゃねぇよ」

からかい続けるアネットに適当な相槌を返しながら歩く。

ブロードはイヴとの戦いの中で見た光景を思い出す。

雨の中で立つ人影、翡翠に瞳をした人影。

それは紛れもなくアネット・エルドレッドのものだった。

なぁ、アネット。

お前は何を知っているんだ?

その言葉をいつ言うべきか、ブロードは答えを出すことができなかった。

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BlooDread -血濡れの絆- @AL-Ford

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