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夜の教団と教会の大規模闘争から数日が経った。

吸血鬼を味方に引き入れていたことにより教会側の被害は甚大であった。

しかし夜の教団を吸血鬼と共に完全に殲滅できたと発表された。

犠牲となった騎士団員の葬儀は教会の復興作業と並行で粛々と行われていた。

教会は襲撃の際に内装が破壊されたため今なお封鎖されている。

また、聖女イヴは避難と同時に遠征に出たと発表された。

行先は伏せられている。

「……そうか」

アネットから大体の事情を聞いたブロードは寝ぼけた頭でそう返した。

彼は数日間眠り続けて視界がまだぼやけていた。

「その分だと、まだ動け無さそうですね」

「当たり前じゃ、後一日は街は出られないぞ」

二人が目を覚ましたのはミルスフィの部屋だった。

“匿名の教会騎士”が二人をここまで運んだらしい。

その後、怪我の治療をして数日間寝込んでいたという。

アネットは先に目を覚ましていたが、

話を聞くとブロードの方が一日長く寝込んでいたらしい。

彼からすれば、アネットがそこまで寝込む怪我をするのが珍しかった。

「明後日には街を出られるかな?」

「そうですね。今日は休んで明日用意をしましょう」

ミルスフィは渋い顔をした。

体を診る立場からすれば承服しかねるだろうが、

彼らも街には留まれない理由があるのも理解していた。

そう、今は匿名の教会騎士により事実は伏せられている。

しかしいつ露見してもおかしくないのだ。

二人が教会の聖女を殺めた犯人だということは。

出来るだけ早く街を出たいのが本音だが、そうもいかない。

ミルスフィに渡されたスープを飲み干して、カップを返す。

「今日のは美味いな」

「……そうか、いつも苦いと言ってる奴じゃぞ」

ええっと微妙な顔を返した。

「脳がやられたか、腹が減っていたのじゃろう」

「まぁ、寝るよ……」

ああっとミルスフィは言ってブロードに紙を手渡す。

「お主宛じゃ、寝る前に目を通しておけ」

「何ですか?」

ブロードは無言で受け取り、紙を読み通す。

「教会騎士団員募集のお知らせだとさ」

ブロードはベッドに横になる。

「あら、元気になったらどうかってお誘いじゃないですか」

「冗談じゃねぇや」

笑うアネットを無視してブロードは眠り始めた。

……その夜。

教会の前の広場で一人の女性がベンチに座っていた。

「……お元気ですか」

ベンチの隣に座った男の顔を見ずに言う。

「ああ……目も見えるようになったし、痛くても歩けるようになった」

男の痛々しい言葉に言葉を詰まらせる。

「教会はどうだ?」

「……聖女様が居なくなったこと、

 教会騎士の大半が殉死したことで内部は混乱しています。

 聖女様の後継者争いだの何だのと、しばらくは続くでしょう」

男はそうかっと答える。

静寂の中で風が靡く。

深い夜の風は体の底から冷えそうだった。

「……シェリー」

ベールを被った頭が上がる。

「……あのとき、私を庇ってくれたこと、嬉しかった。

 まだお礼言っていなかったよね」

男からの返事はない。

「本当にありがとうございました」

「いいさ、それより」

ブロードは彼女の前に立っていた。

「アネットのことなら、私は教会には何も言わない。

 それでいいのよね?」

ああっとだけブロードは答えた。

「何で俺を呼び出したんだ?」

彼女の顔は何かを思い詰めているのが鈍感な方のブロードでもわかった。

「お願いがあるの」

覚悟を決めたのか、シェリーも立ち上がる。

口調もいつもの勝気なものに戻っていた。

「私と一緒に逃げて欲しいの」

ブロードは言葉を失う、全く予想だにしない言葉だった。

「……あなたがアネットさんを大事に想っているのはわかる。

 あなたたち二人が強い絆で結ばれているのもよくわかる。

 だけど、彼女は危険よ。吸血鬼だからとかじゃない」

一瞬、躊躇って俯く。

「……彼女は、アネットさんは本当に恐ろしい人よ。

 それがよくわかった。彼女は人間とは違う」

シェリーが胸にもたれかかってくる。

「私は……あなたを助けたい。

 あなたが彼女を失うのが辛いのもわかる。

 でもそれなら私も全てを捨てる」

一緒に逃げるということはシェリーも教会を捨てるということだ。

立場や居場所など彼女の持つものであろう全てを捨てるのと同意だろう。

彼女の後ろに両手を伸ばす。

このまま抱き留めれば、それが答えになるだろう。

彼女が何を思ってここまでしているのか。

少し考えればわかることだった。

ブロードは彼女の両肩に手をかけると、そっと押し返した。

「……すまない」

やっと出た言葉だった。

シェリーは一歩下がって言う。

「そう……」

半ば予想していた答えだった。

「アネットさんは、あなたの戦う理由になるの?」

「どうだろうな」

ブロードはあいまいに答えた。

「あなたがアネットさんのために戦っても、敵が増え続けるだけよ。

 ……あの人は人間ではないから」

躊躇いがちに言われた言葉。

ブロードは軽い口調で返事を返す。

「何、俺とあいつは似た者同士だ。

 俺の力を見れば大抵の人間からは化け物にしか見えないさ。

自嘲気味に笑おうとしたが、彼は上手く笑えなかった。

「違う!

シェリーは叫んだ。

「ブロード、あなたは人間よ。誰がどう言おうと!

心のまま叫んだ。

「あなたは私を守ろうとした。アネットさんも守ろうとした。

 その優しさがあるあなたは紛れもなく血の通った人間よ!」

シェリーはその場に蹲った。

声を必死に殺している。

地面に涙が幾粒も零れた。

「……それでも俺は、あいつを一人にはできない」

そう言ってブロードは歩き出す。

すまない。

何度も呟いた。

誰に対してなのか、彼にもわからなくなっていた。

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