第37話 あんな歌詞を書いちゃうような人と友達とかちょっと





 超絶神器ナルイハーVの巨体が崩れ去るも、コックピット部分を覆う隔壁はほぼ無傷であった。

 俺の手加減によるものか、それとも、そこだけは壊れない鉄壁の防御力を誇っていたのかは分からないが、どうやら操縦者は無事なようだ。


「……あ」


 一陣の風が吹き抜けると、無傷かと思われたコックピットを守る隔壁が砂のように崩れ去り、中にいる四人の姿が晒されていった。

 いけ好かないあの四人の貴族は健在ではあった。

 Rセブンティーン以外は、意味不明な名前だった事しか覚えていないし、無理に思い出す必要性はなさそうだったので、あえて思い出さないことにする。

 完敗したというのに、四人の表情は晴れ晴れとしていた。

 Rセブンティーンが俺が見ている事にようやく気づき、白い歯をキラリと輝かせて爽快な笑みを向けてきた。


「やはり敗れたか! 召喚獣ランク十五位の奴はこのナルイハーVで倒せたんだけど、一位には歯が起たなくて勝てる気がゼロだよ」


 なんで、ランク十五位の奴と戦う事になったのかは、面倒そうだから質問しないでおこう。

 俺としては、こいつらとはあまり関わり合いになりたくはない。

 前回、こいつらの住む異世界サードアースに転送されて、散々な目に遭ったからでもある。


「召喚獣ランクナンバー1の君! 僕と……いいや、僕たちと友達になろう! 正義を遂行する者として分かり合えると思うんだ!」


 そう言われた俺の返答はすぐに決まった。

 俺はRセブンティーンに笑い返しながら、


「あんな歌詞を書いちゃうような人と友達とかちょっと……」


 ちょうど三分が経ったからなのか、光の粒子が俺にまとわりつき始める。

 Rセブンティーンが言葉にならない何かを叫んだように思えたが、どうでもいい。

 Rセブンティーン、君とは価値観が天と地ほどの差があるのだから友達にもきっとなれないだろう。

 また会うことはたぶんないだろうから、これでいいんだ。



 荒野のような異世界が視界が大量の光と共に消えたと思ったら、俺は転送される前にいたリビングに当然のように帰還していた。

 だが……。


「……動かないでください」


 転送される前と後では違う事と言えば、ジオールが俺にハンドガンの銃口を向けているくらいだ。

 他にも何人かの気配がリビング以外からでもしていて、一色触発の争いが俺が要因となって起こったかのようだ。

 俺が異世界に転送されている間に何かが起こったのか。

 それとも、俺が戻ってきてから急展開したのか。


「……えっと、銃口は人に向けるもんじゃない……だろ?」


 冗談でやっている雰囲気がジオールにはなかった。

 真剣な眼差しというべきか、確実に仕留める気で俺に狙いを定めている。


「目的は何ですか?」


「は?」


「あなたの目的は何ですか?」


 おかしい。

 敵意は俺に向けられているものじゃない。

 それになんだ?

 この禍々しいオーラは?

 異世界に転送されている俺ならどうということはないが、現代日本にいる転送前の俺にはキツい、この禍々しさは何だ?

 俺の背後からしているようだが……。


「ふふっ、ナルイハーVの惨敗ぶりを見ていて気づいたら、ここに来てしまったの」


 俺たちをすりつぶすような圧力をかけながら、言葉を紡ぐ少女の声が背後からした。

 その言い草だと、俺とナルイハーVが転送されるのに巻き込まれて、あっちの異世界に転送されたような感じだが……。


「あなたが召喚したのですか? あのロボを」


「ええ。召喚獣でもない人を召喚できるって言われたから試してみたの。そうしたら、成功しちゃって」


 少女はくくっと低く笑った。

 召喚?

 この少女は召喚士なのか?

 一体何者なんだ?


「武器を捨てて、その男から離れなさい。さもなくば、あなたの頭がザクロのようにはじけるだけですよ」


 ああ、そういう事か。

 俺に凶器がつき付けられているから、この緊張状態なのか。

 こっちに戻ってくると、よわっちくなるからもどかしいな、こういった状況になると。

 異世界の俺だったら、即座に一発逆転劇をやってのけるのに。


「召喚獣さん、あの四人に伝えておいて。サリサ・フォンデューニュがこの世界を壊すために地獄から蘇ったって。新しい力も得て、私はパ・オを超えた事もついで言っておいて」


「あの四人? パ・オ?」


 少女はまたくくっと低く笑った。


「……跳躍」


「ちぃっ!」


 ジオールが舌打ちと同時に動いた。

 銃口を動かし、俺の背後に立っているであろう少女へと照準を定めるなり、躊躇いもなく引き金を何度も引く。

 俺はそんなジオールの動きに合わせるように前へと飛んだが、背後にあったはずの気配がそのときにはもうすでになく、チラリと横目で見るも、やはりそこに少女の姿はなかった。

 跳躍という言葉と共にワープしたかのように消えてしまっていたようだ。


「仕留め損ないました」


 手にしていたハンドガンを消滅させるように身体へと収納して、ジオールが悔しそうに呟いた。


「どんな奴だったんだ?」


 背後に目がないのだから、面を拝むことができなかった。


「闇落ちした小娘ですよ。ああいうのは、さっさと始末するに限ります」


「怖いことを言うな」


「無駄に慈悲をかけると、いい結果にはなりません。誰かが必ずあの小娘の心の闇に引きずり込まれる事になるでしょうから、本城庄一郎さん、あなたもあの小娘を見かけたら、必ず仕留めてください。それがあの小娘のためにもなるんですよ」


「……お、おう」


 ジオールがここまで断言するって事は、本当に闇落ちした少女なんだろうな。

 しかしだ。

 あの四人っていうのは、リリ達の事か?

 それ以外に思い当たる節がないんだよ、四人っていうのに。

 それに、サリサって言う名前に聞き覚えがあるんだが、どこでだったか。

 しばらく頭をひねって考え込むと、異世界ミスカルダルの少女の顔が浮かんできて、記憶の糸が見事につながった。

 異世界ミスカルダルで、ええと名前はなんだっけか……倒れていた少女に『サリサ!』ってサヌが叫んで抱き起こしたんだった。そして、パ・オに殺されたという事も説明してくれたはずだ。そのサリサが蘇ったというのか?


「……あ」


 というか、俺、異世界ミスカルダルで出会った少女の名前をまだ知らないじゃないか。

 いきなり土下座してきて、ドンコからくれてやるだなんだと言われて、そのままお互い自己紹介しないまま、時間が過ぎてしまっていた。

 時間が過ぎたと言っても、二回ほど異世界に転送されていたりしただけなんだが。

 時間に余裕ができたら、じっくりと話し合う必要がありそうだな、異世界ミスカルダルの名前も知らない少女とは。


「……それにしても……」


 一騒動起こっていたというのに、誰もリビングルームに駆けつけてこなかったのはどうしてなんだろうか?


「その答えは、猫ランジェリーです」


 俺の心を見透かしたようにジオールが言う。


「は?」


「東海林志織さんが着ていた猫ランジェリーを見て、可愛いと言って、皆で買いに出かけています。罪な人ですね、本当に」


「……」


「ああいう下着を女の子に強制させるだなんて、本当にハーレム系ですね」


 否定したい。

 ここは絶対に否定したい。

 だが、あの事実を喋ってしまっては、東海林志織の沽券に関わる。

 俺のためにあの猫ランジェリーを身につけてきただなんていうことが知られてしまってはいけないのだから……。




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