第24話 俺が助けに時から俺を信じろ。俺は必ずお前を救う
『異世界のプライベートビーチ 生贄編』
日焼け止めオイル塗りの後にあったプログラム『本城庄一郎と一緒にストレッチ体操』は、普通にストレッチするだけだったので意外と簡単に終わった。
腰を立てて座る前屈で、目のやり場に困ったくらいではあったけど。
で、次のプログラム『スイカがないので舞姫の頭割り』も無事ではなかったが、なんとか終わった。
サヌ達四人は普通に失敗したのだが、俺は舞姫の頭には当たらないであろう位置まで来たと思い、『チェスト!』と叫び棒を振り下ろすと何故か命中してしまったのだ。
もちろん、舞姫の頭に、である。
流血沙汰にはなったが、舞姫はこれくらい放っておけばそのうちに治るとの事だったので、やっちゃった感はほとんどなかった。それに、例の件をこれでチャラにできたのだと思え、くさびのように心に打ち込まれていたものが外れたようで、何故か安堵してしまった。
『お昼ご飯を採ってきました』
俺たちが舞姫割りをやっている間、ジオールは海に潜って昼食の材料を採っていたようだ。
ジオールの倍くらいの大きさはありそうな、地球のマグロに近い姿形の魚を捕獲してきたのだ。
「調理用の火炎放射器でこんがり焼き上げます」
魚を杭のようなもので貫き、砂浜に突き刺すと、手を火炎放射器に変化させて、じっくりと焼いた。
焼きが終わると、火炎放射器を特大の包丁へと変えて、魚を綺麗に切断し、皆に振る舞った。
「何でもできるんだな、ジオールは」
「何でもはできません。私はどちらかと言えばサポート役ですので」
「そんな事はないんじゃないか?」
「『当たらなければどうということはない』という台詞が有名ですが、私の9999の攻撃を全て回避した人が過去にいました。その事があってから、私はサポート役に徹しています」
ジオールが遙か遠くを見るかのような目をして、海岸線を見つめた。
「昔の恋人とか?」
確信があったワケではなかったが、そう訊ねた。
「いえ、私たちの元リーダーです。憧憬はありましたが、恋でも愛ではありません。それに、私のような改造人間を愛するような人はいませんよ」
「そんなに綺麗なのに?」
「あなたは真性のハーレム系ですか?」
真顔でそんな事言われても……。
* * *
昼食が終わると、俺とワサは海岸の端にある椰子の木から、椰子の実を採ってくるというパシリを仰せつかった。
皆から離れてワサと二人で歩いていると、無人島に二人で来ているかのような気分だ。
「こんな綺麗な場所ってあるんだね。僕、知らなかったよ」
「あの世界は……」
ワサ達がいた異世界ダブルアークについては、俺はあまり知らないし、覚えていない。
舞姫の導きで転送されたはいいが、召喚士パ・オを倒す事ばかりに気を取られて、肝心の世界を見ていなかった。知る事さえしようとはしていなかった。覚えているのは、舞姫達と行った混浴の温泉くらいなもので、他はおぼろげにしか記憶にない。
「ワサ達がいた、ダブルアークはどんな世界だったんだ?」
「僕たちも本当のところはよく分かっていないんだ。パ・オが推進していた孤児を召喚士に育成するっていうプロジェクトで集められてただけだったから、世界の事とかよく知らないんだ」
「リリも、エーコも、ワサも、サヌも、孤児なのか?」
「うん。訊かれなかったから、みんな言っていなかったはずだよ」
衝撃の事実だな。
パ・オは何をやりたかったのか、今の話を聞いた限りじゃ皆目見当が付かないが、奴は倒したんだし、そんなに深く考えなくていいか。
それよりも……。
「それでか。こっちの世界に来ても、向こうに帰りたいとか言わなかったのは」
「名もない孤児だった僕たちを拾ってくれた恩はあったけど。僕たちにとっては、そんなに優しい世界でもなかったからね」
「……そっか」
名前で思い出したが、
「名がなかったって事は、誰がワサ達の名前を付けたんだ?」
「たぶん適当に付けられたんだと思う」
「そっか」
ジオールに戸籍やらなんやらを頼んでいたはずだけど、まだ音沙汰なかったはずだ。
名前とか決まっていないようだったら、俺が名付け親になるのもいいかもしれないな。
「キミ達がジオールの言っていた最強の助っ人と生け贄かにゃ?」
ワサと話し込んでいるうちに、くだんの椰子の木の前まで来たのだが……
「誰だ?」
生け贄という不穏が単語が聞こえたが、空耳か?
「余はこの世界を統べる皇帝クラディア十五世にゃ」
椰子の木の陰から、一人というべきか一匹というべきか、猫耳の女性がスッと出てきた。腕を組み、鋭い視線を俺に送ってきている。ジオールの言っていた通り衣服は着てはいないが、体毛が服代わりをしているのがはっきりと分かる濃さだった。
「皇帝? その皇帝様が何用で?」
言葉と態度に威厳があるが、語尾の『にゃ』で台無しだ。
俺的には、一気に緩い空気になってしまう。
「ジオールから聞いていないのかにゃ? また自分から恨まれに行って、バカだにゃ」
「何かしろっていうのか、俺らに?」
「その通りだにゃ。この島には鬼がいるにゃ。とびきり強い鬼が。ジオールに救援をお願いしたんだにゃ、今年の生け贄を用意するようにと」
「は?」
「その鬼は毎年一人、生娘の生け贄を欲しているんだにゃ。けど、今年は余の種族は食い飽きたから他の種族を寄こせと暴れ回ったんだにゃ。仕方にゃく、友人のジオールに相談したところ、今日、用意するって返事をしてくれたんだにゃ」
「今日、用意する? ジオールが?」
クラディア十五世の最初の言葉だと、最強の助っ人は俺の事だとして、生け贄は……ワサって事なのか?
ワサを見たが、キョトンとしていて、自分が生け贄に選ばれた事が分かっていないようだ。
「その娘を用意してくれたのではないのかにゃ? 匂いは生娘だし、そうとしか思えないにゃ」
「え? 僕は生け贄なの?」
ようやく理解できたようだったが、驚いているそぶりはなかった。むしろ達観というか、諦めに似た空気をまとったように思えた。
「……なんだ。僕も捨て駒だったんだ。なんか嫌になっちゃうな」
自嘲気味な笑顔を浮かべ、悲しそうな目をして、俺たちから顔を逸らした。
「ワサ、俺はまだ了承したワケじゃない。だから、そんな顔をするな」
俺は皇帝を睥睨し、プレッシャーをかけるように軽く凄んだ。
「この子を生け贄にはできないが、その代わり、その鬼を俺が倒せば問題ないんじゃないか?」
「無理にゃ。余の精鋭部隊1000人があの鬼の前に全滅したにゃ。お前のような奴に倒せるはずがないにゃ」
プレッシャーなど感じていないかのようにクラディア十五世は言う。
「倒すさ。俺に倒せない奴はいない」
精鋭部隊1000人で倒せなかったのを知った程度で、やる前から負けを認め、ワサを生け贄として差し出す事を俺は潔しとはしない。
「勝手にすればいいにゃ。幸いな事に、生娘は他にも来ているみたいだにゃ。もし、君が負けても他の生娘を食べて満足しそうだし、君たちが死ねば全て丸く収まるかにゃ」
「ああ、勝手にさせてもらうが情報が欲しい」
「鬼は生け贄の半径一キロ圏内にオスがいると出てこないにゃ。オスがいないのを確認したら、生け贄のいる場所まで早足で行って、生け贄を殺してから巣に持ち帰って食べるみたいだにゃ。巣の場所は転々としているみたいで、特定することはできないにゃ」
「……成る程な。生け贄のところに来た時にその鬼を叩きつぶさないと、生け贄が殺されるのか。なかなかシビアなミッションだな、今回は」
「生け贄を置いておく場所は、ここから数キロ先の広場にゃ。余に被害が出ないのであれば、好き勝手すればいいにゃ」
クラディア十五世は何か言いたそうな顔をしつつも何も言わずに、俺たちが来た方へと歩き出した。
「ワサ、安心しろ」
「……いいよ。僕が生け贄になれば、丸く収まるんでしょ?」
ああ、そういう事か。
ダブルアークの混浴温泉でのワサ達四人の態度が納得いかなかったが、そういう事だったのか。
受け身で諦めていて、流される事になれてしまっているからなのか。
「俺を信じろ、って言っても信じてはくれないだろうが、俺は信じている。俺は鬼とやらをぶったおし、ワサ、お前を生け贄にはさせないってな」
悲しい目をしたままのワサの肩に手を添え、ぐっと抱き寄せた。
「……ッ!?」
だが、ワサは抵抗しない。
当然だ。
ワサは流される事に慣れすぎているのだから。
「俺のこの温もりを覚えておけ。俺もお前の温もりを覚えておく。俺が傍にいるんだから、そんな顔をするなよ」
もう鬼の攻略法は頭の中でできあがっている。
作戦名は、モグラ大作戦だ。
半径一キロ園内といえども、土の中にいるオスの臭いまでは嗅げまい
「……でも、僕は……」
「信じられないなら今は信じなくていい。だが、俺が助けに時から俺を信じろ。俺は必ずお前を救う」
「……僕は君の事を信じてもいいの? それとも、信じちゃいけないの?」
「俺を信じる方がいいに決まっている」
「……じゃ、そうする。僕、待ってるからね。君が来るのを」
ワサは笑顔を取り戻すも半信半疑といった様子だったが、俺から離れていき、一人でクラディア十五世が言っていた方へと歩いていった。
* * *
「モグラ参上!」
鬼が出現したタイミングで、俺が土の中から飛び出してきた時のワサの顔を俺は忘れないだろう。
泣き笑いのようでいて、初めて人を信じる喜びを知ったような、あの表情を。
「信じるって、胸が苦しんだね」
鬼を一撃で粉砕した俺に、ワサは抱きついてきて、頬にキスをしてきたのだった……
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