第42話 俺もお初です。ええと、本城庄一郎という、しがない召喚獣で、日本で学生をやっている男です
ドンゴに案内された血液工場とやらの防衛システムはそれほどのものではなかった。
侵入してきた者を自動的に殺戮するよう設定されたオートマトンが数百台程度だったので、適当に属性魔法を連発したら、数分後には稼働しているオートマトンがなくなっていた。
「オートマトンなんていう、でくの坊相手だとこんなものかな」
耐雷、耐火、耐水、耐風の装甲であろうとも、その耐久性を上回る属性攻撃をしてしまえば、なんて事はなかった。
というか、俺の本気に耐えきれる装甲とか作れるものなのかな?
『俺の防御力は凄いぜ!』
そう豪語している敵は数多いた。だが、どいつもこいつも、俺の攻撃一発で吹き飛んだんだが……。
どれくらいの防御力があれば、俺の攻撃に耐えきれるものなんだろうな。
そういえば、デスティニー・マイスターは本気に近い攻撃を受けても、肉片になってなかったから、あのレベルの防御力が必要って事なのか。
そうなると、召喚獣アプリ『メソポタミア』の運営側と敵対勢力に属している化け物レベルじゃないと、俺の攻撃には耐えられないって事か。
「……で、伊東一刀斎は?」
工場を襲撃したはいいが、肝心の用心棒である伊東一刀斎が出てこない。
俺が恐ろしくなって逃げ出したのか?
「そのうちに来るだろう。奴が現れるまで工場見学でもするか?」
ドンゴが呑気にもそう言ってきたが、そんなにのんびり構えていていいものなのだろうか。
「余も気になるにゃ。工場の中が見てみたいにゃ」
クラディア十五世がドンゴに迎合するように工場の方へと歩き始める。
「伊東一刀斎は真剣勝負好きな奴だし、不意打ちにはないだろ。工場の中で待ってるのが一番なんだよ」
「……はぁ」
ドンゴの言う通りかもな。
不意打ち好きの剣豪とかあまり耳にした事がないし、一刀斎が来るまで工場見学で時間を潰すのが一番か。
* * *
「工場内は無菌状態に近い。人がかかる病気の大半は大丈夫なようにワクチンが投与されているからな、天然痘みたいなのが工場内で流行ったりしないよう管理されているから、その辺りは安心しろ」
「……人がいないんだな。血液を絞り取られているという人たちはどこにいるんだ?」
工場と聞いてはいたが、内部はクリーンルームに近いような通路がずっと続いているだけであった。
言うなれば、半導体の工場の廊下みたいなのが続いているだけで何もない。
人の姿が工場内に全くなく、養豚場とかを想像していただけでに拍子抜けした。
「それは……」
ドンゴが何かを言おうとすると、
「それは壁の中だ」
その言葉にかぶせるように、女の声がどこからともなく響いた。
「……壁?」
俺は通路の壁を見やった。
壁かと思ったのだが、よくよく見れば、ドアのようなものが並んでいる。ここは通路じゃなくて、廊下みたいなものなのか。この扉の先に人が住んでるって事なのかな。
「ほど良い栄養を点滴で投与され続け、筋肉に刺激を与える事でほどよい運動を自動的に行われ続けている人が、その壁の向こう側に数千人いるのよ。生かさず殺さずの冬眠状態のようなもので、ね」
「だから工場か」
女の解説に俺は頷いてから、はっと声がした方を見やった。
通路のずっと奥に女が一人立っていた。
おそらくは、この女が伊東一刀斎なのだろう。
剣豪というからには、修羅の道を歩んでそうな外見をしているのかと思っていたが、身だしなみがきっちりとしていた。
手入れされた長い黒髪、そして、桜をあしらった黒の着物を優美に着込むその姿は剣豪というよりは大和撫子そのものだ。その手に、日本刀が握られている点を除けば……。
俺の視線を感じとってか、目を細めて微笑みを返してきた。
「お初にお目にかかります。私が伊東一刀斎よ。転生した、と付け加えておく方がいいかしらね」
「俺もお初です。ええと、本城庄一郎という、しがない召喚獣で、日本で学生をやっている男です」
「ふふ、面白い人」
伊東一刀斎は口を右手で隠すようにして、くすくすと笑った。
「本城庄一郎さん、どうぞご自由に工場見学をしていてください。私は外でお待ちしております」
伊東一刀斎はそう言うと、俺たちに背中を向けた。
だが、言い忘れた事があったと言いたげに、顔だけを後ろへと向ける。
その表情はぞくりとするほどの殺気に満ちていた。
「……ねえ、ドンゴさん。ミケさんを殺してもいいかしら? ここで暇しているのに飽きたものですから、今さっきあの世界に転送してもらったついでに、ゴブリン部隊の精鋭を全滅させたの。そうしたら、ミケさんと真剣勝負をしてみたくなって血がうずいてしまったものでして」
「……」
ドンゴはこれが返答だというように、伊東一刀斎を殺意を交えた気を向けながら凝視した。
「……怖い怖い」
伊東一刀斎は口元を手で隠しながら、くすくすと笑うと、今のは冗談だと言いたげにそれ以上は何も言わずに歩き始めた。
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