第5話 血の涙って流した事あるかい? 俺はあるんだ
『異世界バニラソカイ編 後編』
俺の頭の中で『何故だ』という言葉がずっとリピートしていた。
召喚獣が契約できるのは、その召喚獣を召喚した者のみである。
例外があるとするのならば、その召喚士の実の子供くらいなものだ。
そういったルールがある以上、召喚士と全然関係ない人物との契約は不可能である。
「俺は男とは契約しない主義なんだが、綺麗な娘さんがいれば、契約してやってもいいかもしれない」
俺は気を取り直して、大いなる大召喚士とかいう大層な身分のファルファルラとかいう親爺にそう言ったが、答えは芳しくはなかった。
「三人の良き息子はいるのだが、娘は残念ながらおらぬ」
「なら契約はできないな。ま、一騎当千……いや、一騎当万、いやいや、一騎当億の俺には契約そのものなんて必要ないんだがな」
このままさっさと敵を倒して、この異世界からおさらばしようかと思い始めた時、一人の男が俺の前に進み出てきた。
「私はあなたと同じ召喚獣のロイ・ペーターソンです。私からもお願いしたい。ファルファルラ・ローゼンス様と契約してください。そうでなければ、この世界が滅んでしまうのです!」
「いやいや、俺がさっさと敵を倒して、このミッションを終わらせるから滅びはしないだろ」
「しかし、敵は最強の装甲を持つ甲虫軍団なのです。あなたでさえ勝てるかどうか分からないこそ、私たちは協力する必要があるのではないですか? ボスであるレオパルドン・ザ・ビートルだけではなく、側近である三銃士さえいるのですよ。彼らは強いのです」
「は? 最強の装甲? どれほどのものか知らないけど、俺に貫けない装甲はないだろ」
「本気で言っているのですか!」
「というか、ロイだっけ? あんたの召喚獣ランクはいくつよ?」
「37位ですが、何か問題あるのですか?」
「だから、雑魚なんだよ。俺が本当の召喚獣の戦いってものを見せてやるよ」
「……すぐに行くのですか? そんな装備で大丈夫なのですか?」
「付いてくるかい?」
「はい、私も一緒に戦います。ですが、その前に、私にはやらなければならない事があります」
ロイはそう言って、後ろの方に控えていて、少女の元へと向かった。
その足取りは死地へと赴く覚悟を決めたような堅としたものだった。
ロイは少女の前で跪き、天を仰ぐように少女の顔を仰ぎ見た。
「……召喚士アリアリアース・フォンバン。召喚獣ながらも、私、ロイ・ペーターソンは誓います。必ず生きて帰ると。生きて帰って来た時、私、ロイ・ペーターソンはアリアリアース……あなたに婚約を申し込みたい。この誓いを受け入れてはくれませんか、アリアリアース・フォンバン」
……へ?
「召喚獣ロイ・ペーターソン、私、アリアリアース・フォンバンは承諾する。あなたの誓い、そして、あなたの婚約の申し出を。これはその誓いの印です」
アリアリアースはロイの手を取り、手の甲に口づけをした。
……は?
「私、ロイ・ペーターソンは必ず生還します。アリアリアース・フォンバン、あなたの笑顔を、いいえ、あなたの幸せを守るために」
アリアリアースは不安など一切ないというような、幸せそうな笑みを浮かべ、ロイを見つめた。
ロイもそんなアリアリアースを見つめ返した。
「……ええと、おっさん。あれはなんだ? なんで美少女の召喚士がいて、俺よりも格下な召喚獣と契約をかわしているんだ? どうして、俺がお前みたいなおっさんに召還されているんだ? こ、これって差別だろ? 差別だよな? な?
な?」
俺はロイとアリアリアースの事を震える指で指し示しながら、禿げたおっさんに問うた。
「アリアリアースは召喚士見習いなのです。あなたのような偉大な召喚獣を呼び出すだけの力がなかっただけの話です。これは仕方がないことです」
「ははっ、はははっ、はははっ……」
乾いた笑いというのを生まれて初めてした気がする。
どうして俺を召還したのがおっさんで、あっちの弱っちい奴を召還したのが可愛い少女なんだ。
不公平だ。
とてもとても不公平だ。
こんな不条理があるわけがない。
「……そうだ。正さねば。この不公平はミッションを達成すれば、消滅する!」
甲虫軍団がどこにいるのかは分からない。
だが、一秒でも早く見つけ出して、全滅させてやらねば。
そうすれば、あのロイとかいう召喚獣も俺と一緒に元の世界に戻るはずだ!
俺は目的地がどこかも分からないまま、その場を飛び出した。
* * *
「グアアアア! こ、このアイアンタンクと呼ばれた三銃士であるこの俺が、こんな召喚獣に! バ……バカなアァァァァ」
はあ?
俺の事をこんな召喚獣呼ばわりだと?
「ブラッド・オブ・ブラッドがやられたようだ」
「フフフ……奴は三銃士の中でも最弱……」
「召喚獣ごときに負けるとは、ザ・ビートル軍団の面汚しよ」
残っているのは、レオパルドン・ザ・ビートルと側近らしき3匹だけだ。
それなのに、この強気さはなんだ?
ゴミのくせに。
あれ?
三銃士って聞いていたけど、4人いないか?
まあ、俺が全部ぶっ倒せば、数が合わない問題なんて、問題じゃなくなるが。
「何が最強だ。何が最強の装甲だ。パンチ一発でけりが付くじゃねえか。37位程度の召喚獣の言う事を真に受けるべきじゃないな」
俺はとてもイライラしている。
というか、イライラというべきか、この感情は……言わないでおこう。
やり場のない嫉妬……いや、今は怒りでいいか、を甲虫軍団にぶつけている。
1万程度いたらしいが、3、4分であらかた片付け、残りは三銃士と、そのボスのレオパルドン・ザ・ビートルのみとなった。
俺にかかれば、楽勝だな、こんな奴らは。
「……面倒臭い。お前ら全員で本気で来いよ。一瞬で終わらせてやるよ」
* * *
飛び出した召喚獣の後を追い、ロイ・ペーターソンがようやくその場にたどり着いた時には勝敗は決していた。
「これは……」
甲虫軍団の屍が累々と広がっており、昆虫の体液か何かが霧のように舞っていて、そこはまるで地獄絵図であった。
「……鬼だ」
そこでロイは目撃した。
甲虫軍団のボスであるレオパルドン・ザ・ビートルの頭を一撃で粉砕し、血の涙を流しながら憤怒の形相で叫ぶ男の姿を。
「あなたは鬼だったのですか」
ロイはそう呟いた。
その言葉が男の耳に入ったのか、ロイをギロリと睥睨し、
「はぁ? 誰が鬼だ! 訂正しろ! 俺は人だ!」
と、その男は鬼のような声で咎めた。
だがしかし、表情は鬼そのものであった。
* * *
「プロテイン、飲む?」
昼休み。
校舎裏の特等席で黄昏れていると、東海林志織が話しかけてきた。
格好はレーサージャージにレーサーパンツと相変わらずだが、今日は何故かしら猫が描かれている可愛い感じのレーサージャージを着ていた。
「血の涙って流した事あるかい? 俺はあるんだ」
「……はい?」
俺はバニラソカイから戻ってきたが、ロイ・ペーターソンはまだバニラソカイにいる。
ミッションは達成されたのに、だ。
というのも、アリアリアース・フォンバンが未熟であったため、召還時の契約が『バニラソカイがずっと平和でありますよに』というものだったからなのだとか。
つまりは、ロイはバニラソカイの平和を守るために、一生バニラソカイにいることになるのだろう。
一生だ。
あの後、アリアリアースと結婚して……。
ああ、考えるのを止めよう。
「どうして俺だけおっさんなんだろう」
「何の話?」
「どうして俺の前には美少女がいないんだろう……」
志織は口を閉ざし、複雑そうな表情をしていた。
異世界バニラソカイ編 終了
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