第35話 そこまで言うのならば、キスで許そうではないか
サリサ・フォンデューニュは、トレンチコートに白ふんどしという召喚士としての正装で、その身を包み、とあるビルの屋上にいた。
月光に照らされたサリサは、悪魔に魅入られたかのような表情をして、じっと夜空を見上げていた。
召喚士パ・オに殺された原因となった召喚士としての能力不足は、もはや過去の事である。
今のサリサは、召喚獣として登録していないものであったとしても強制的に召喚できるだけの能力が備わっている。それは完遂の弥勒によって与えられた能力によるものである。自分の中に巣くう憎しみを力へと変換する能力を覚醒させられ、内からあふれ出す憎しみを糧にいくらでも力を増幅する事が可能であった。もはや、偉大なる召喚士パ・オなど足下にも及ばない召喚士へと成長を遂げていた。
「我が心の声を聞きなさい」
人差し指を唇に当てると、口の中へとゆっくりと指を差し入れていく。そして、八重歯に当たったところで、グッと人差し指を噛み、口の中に血の味が広がるまで八重歯を食い込ませていった。
「私の血は贄」
人差し指を口の中から抜くと、八重歯によってえぐられた傷から血がポタポタと滴り落ちて来る。
その血は地面に落ちるなり、光り輝き、爆ぜて霧のようになっていった。
「贄が呼び水となりて、我が声に応えよ、
* * *
「ごめん。部屋間違えた」
予想だにしていなかった光景だっただけに、俺は無表情になって自分の部屋のドアを閉めていた。
ドアを閉める時に、東海林志織が驚いた顔をして、ちょっと待って!と言いたげに手を伸ばしてきたところは見えた。
ドアの前でじっと佇み、どうすればいいのだろうかと思案する。
何故、俺の部屋に東海林志織がいるのか。
何故、白い猫ランジェリーを着て、俺の部屋にいるのか。
パルプンテをかけられたかのような心境で、ワケが分からない。
「俺は長い夢を見ているのだろうか?」
ほっぺたをつねって、夢でないか確かめるために、もう一度ドアを開けると、当然のように志織が俺の部屋にいる。
「夢でないのならば、受け入れるべきか」
達観して自分の部屋へと入ると、志織はぎこちない笑みを浮かべて、俺の受け入れようとする。
どうやら俺は向き合わなければいけないようだ、この現実を。
「……ごめんね」
志織は照れたように笑う。
俺はなんと言っていいのか分からず、ただただ笑い返しながら、志織との距離を狭めるようにすぐ傍の床で正座した。
「私、変な事を言うと思うんだけど……」
志織は視線を泳がせながら、ゆっくりと、されどはっきりと言う。
「私を……もらって欲しい……かな……」
最後は、かき消されそうな声ではあったが、俺にははっきりと聞こえた。
混乱の度合いが増してきた。
どうしてしまったというのだ、東海林志織は。
ジオールとか舞姫から何か吹き込まれて、変な行動を取っているのか。
「へ、変だよね、唐突すぎて」
「そ、そうか?」
うん。
俺も変になっている。
こういう時はどう対応すべきなのかの経験がないのが痛い。
「相談したの。私の師匠に」
もう心を決めたのか、志織は俺の目をしっかりと見据えて言葉を綴る。
「自転車に乗れない怪我をした事は話していたし、師匠はね、荒行もした事もある人で、奇跡とか分かっている人だったの。だから、相談してみたの。そうしたら、なんて言ったと思う?」
「な、何だろうな」
吸い込まれそうなほど澄んだ瞳が俺を捉えて離さなかった。
「本物の猿の手を使ったのならば、その者は業を背負ったはずだ。しかも、人が一生のうちに背負える以上の業のはずだ、って。その事を知らなければ良かったのかもしれないが、知ってしまった以上は、お前も業を背負う必要があるって」
今の言葉で、俺は志織がどんな気持ちになっているのかを十分に理解した。
「業……ね。そんなの背負っているのかな、俺は」
志織というか、志織の師匠が言うように、多少は背負ってしまった。
だが、チートの薬でその業をなかったものとしたので、東海林志織が業を背負う必要なんて何もない。
「目に見えないものは私には分からないよ。でも、きちんとお返しはした方がいいと思って。だから、私を……私を……」
さすがに最後の方は、俺から視線を外し、うつむき加減でぼそっと言葉を投げる。
「そこまで言うのならば、キスで許そうではないか」
東海林志織が言う『業』以前の話として、志織が大怪我したのは元々は俺に責任があったのだ。俺が召喚士パ・オをきちんと葬り去っていなかったのがそもそもの原因だ。
その事は聞いていないはずだし、話す気にもなれない。
ならば、キスでうやむやにしてしまうべきなのではなかろうか。
それ以上は俺の責任である以上、行くべきではないし、人の弱みにつけ込むようで、良心の呵責を感じてしまう。
「……えっと……」
志織が顔を上げて、俺を見て来る。
驚きとも、戸惑いとも取れる瞳で。
「その先をどうするかは、志織に委ねよう。それでどうだ?」
「君がそれでいいのなら、口づけを……」
志織はベッドから降りてきて、俺の目と鼻の先で正座をした。
そして、目を閉じると肩の力を抜いたかのように自然と俺の方へと顔を近づけてくる。
俺の初キスはシャーリーとのほろ苦い思い出と油の味がしていたが、東海林志織の初キスはどうだったんだろうか。
これが初ならば……。
目を開けながら、顔を近づけようとした時であった。
「ッ?!」
俺のトラウマが呼び起こされる前奏が大音量で、外から流れてきて、俺はビクッと身体を震わせた。
志織もこの音量にはびっくりしたようで、目をパッと開くなり、俺の顔を間近で見て紅潮させるなり、その表情のまま硬直した。
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【タイトル】超絶神機ナルイハー
歌手:チーム・ナルイハーV《ビクトリー》
作詞:檀上イルモッツア
作曲:シルフィード藤岡
僕らは一人じゃ何もできないけど
みんなといれば元気が出る出る
拾い食いだって 置き引きだって
みんなといれば何でもやれる
D・A・K・E・D・O
元気を出しても
犯罪行為は No! No! No!
僕らは正義の使徒故に
元気を出すなら正義で示せ
正義こそが僕らの証
証こそが僕らの勇気
僕らが元気は超絶神機ナルイハー
その名の下に元気を示せ
僕らがナルイハー
絶対元気の力を示せ
僕らがナルイハー
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歌詞が微妙に違うし、超絶神機ナルイハーVという新たな名称になっているが、俺が行った異世界Third Earthで聞いたあの曲にそっくりだ。
『凄絶神器ナルイハー
そっくりではない。俺にとってのトラウマソングのあの曲そのものだ。
何故、あの曲がこの世界で流れている?
俺のそんな疑問を解消するかのように、歌が終わるなり、
『我ら、貴族戦隊ソウルジェネラーズ! 正義を為すために異世界より超絶神機ナルイハーVと共に見参!』
この声は紛れもなく、ソウルネーム『Rセブンティーン』の声であった。
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