召喚獣バンクナンバー1の俺は異世界で本気を出せなくて辛い
佐久間零式改
第一部 さすらいの召喚獣
第1話 一発で全滅とか弱すぎじゃないの?
「……またこの俺が召喚されるとは。やれやれだぜ」
俺は数学の授業がつまらなすぎて、机に突っ伏して眠っていたはずだ。
転送が行われた違和感を感じて目を覚ましてみれば、目の前に広がっていたのは、俺の通っている高校の教室ではなく、元々そこが街であった事を示すがれきが散在している荒野だった。
「俺を召喚したのは、どこのどいつだ」
周囲を見回しても、人っ子一人いない。
この世界にいるのは、俺一人だけであるかのように。
『誰でも召喚獣になれるアプリが登場! 自信がある人は今すぐ登録!』
何気なくスマホをいじって、新しいゲームを探している最中に、そんなうたい文句の新アプリを発見したのは、数ヶ月前の話だ。
『召喚獣って何だよ』
そんな事を独りごちながら、勢いに任せて本名の『
そこからの活躍は俺の口からは言うのは自慢にしかならないが、正確な数は覚えてないのでアバウトだが、百の王と、千の魔王と、万の神をぶっ倒してたりして、召喚獣ランクで不動の1位を維持し続けている。
召喚獣ランクは、召喚という名の異世界転送先でのミッションをクリアするともらえるポイントの累計で決まる。
ミッションというのは、世界を救えだの、魔王を倒せだの、冥王を倒せだとの多岐にわたる。
俺は失敗した事がないし、タイムアタックを楽しむかのようにミッションを数時間でこなしている甲斐もあって、というか、俺が求めているものに出会えず、とっとミッションを終わらせているうちに、ナンバー1になれたというワケだ。
俺の求めているもの、それはヒロインだ。
美少女のヒロインだ。
俺の事を好いてくれて、いつだって傍にいてくれるヒロインだ。
俺がその異世界を離れたくないと言いたくなるほどのヒロインだ。
千以上の異世界を救ってきたというのに、いまだに俺のヒロインに出会えていない。
「……そこにいるんだろ? 俺を召喚した理由を答えろ」
寝起きと言うべきか、惰眠をむさぼっていたのを邪魔されるような形で召喚されたのだから、不機嫌さがどうしても言動に出てしまう。
こういったところを直した方がいいのかもしれないが、今はそんな事を言っている精神的な余裕があまりない。
「返事がない。どういう事だ?」
俺が召喚されたという事は召喚士がいるはずなのだが、召喚士が転送先にいないはずはない。
何かの間違いかもしれないと思い始めていると、なにやら空が騒がしい。
「ん?」
俺は空を見上げた。
墨汁をたらしたかのような黒い空が広がっていて、地球のような青がそこにはなかった。
「敵か?」
上空を無数のドラゴンらしき飛行体が円を描くように飛び交い始めたように見えた。
というか、どう考えても、俺の頭上に集っている。
「敵はドラゴンってところか? 創世竜ギルバラルト並だといいな。ミッションの目的ではなかったんで引き分けに終わったが、奴レベルに最近出会えてないな」
創世竜ギルバラルトはおそらく、この召喚獣アプリ制作に関わっているであろう創造主の一人だ。あくまでも、憶測なので、断定はできないが。
「まだかよ……」
みるみるうちに、ドラゴンの数が増えていく。
やはり、俺を目標か何かと定めて集まっているとしか思えない。
「やっぱりか」
ようやく集結したのか、どう見ても、凶暴そうなドラゴンが次から次へと俺の周りに着地してくる。
1匹が着地する度に、大地がドスンドスンと揺れて、立っているのが億劫になってくるほどだ。
しかも、俺を取り囲むかのように形で降下してきており、俺が目標なのは一目瞭然だ。
俺はこいつらが召喚士かもしれないと思い、様子をうかがいつづける。
「貴様か、召喚されたって奴は!」
ドラゴンたちのボスらしき、漆黒の鱗に包まれ、赤い目をした他の奴らの数倍の体躯をした凶暴そうなドラゴンが俺の眼前に降りたって、そんな事を言ってきた。
しかも、敵意というべきか、殺意というべきか、威圧感を隠そうともせずに俺の事を睨み付けてきている。
「ああ、そうだが。で、召喚士はあんたか?」
そう言うと、ボスのドラゴンだけではなく、他のドラゴンたちもさもおかしそうにゲラゲラと笑い始めた。
「カッカッカッ! お前を召喚した奴は食っちまったよ! その仲間も含めてな!」
「あんたがボスなのか?」
「我が名は、黒き鋼翼王ヴァルシェード! いずれは世界を……いや、宇宙を統べる王だ!」
「おお、そいつは怖い怖い」
俺は肩をすくめて、おどけてみせた。
「我が名をその記憶に刻みながら逝ね、小僧!!」
ヴァルシェードはあざ笑うかのような表情を見せるなり、その口から紅蓮の炎というべき炎を吐き出し、俺を焼き殺そうとする。
「お茶をわかすのが趣味なのかい? その程度の火力じゃお茶用の水しかわかないぜ。俺を焼き尽くすには火力が足りないかな」
ヴァルシェードの炎は、俺の髪の毛一本さえ傷つける事はできていない。
俺の防御力が高すぎるせいなのか。
それとも、ヴァルシェードが弱すぎるせいなのかは分からない。
だが、これだけは確実に分かる。
「創世竜ギルバラルトの爪の垢でも飲んどくといい……って、言っても、今ここで俺に倒されるけどな!!」
ドラゴンがはき出すそよ風程度の炎を押し返すように、俺は拳を繰り出した。
その風圧だけでヴァルシェードの炎を押し返す。
押し返しただけではとどまらず、ヴァルシェードの身体がその風圧だけで一瞬にしてはじけ飛ぶ。
それだけではとどまらず、衝撃波が波状の円を描くように周囲へと広がり、集っていたドラゴンたちの身体が紙か何かであったかのように粉々に砕け散っていった。
「あれ?」
俺を取り囲んでいたはずのドラゴンの姿は、もうそこにはなかった。
1匹くらい残っているのがいるはずだと、何度も何度も確認するも、やはりいなかった。
「一発で全滅とか弱すぎじゃないの?」
不完全燃焼と言わざるを得ない。
「……ミッションコンプリート、か」
いつものように、俺の囲むかのような光の柱がうっすらと立ち上り始めた。
これは異世界での召喚獣としてのミッションが完了し、元いた世界へと転送されようとしているところだ。
光の柱は、俺の身体をそのものを包み込むかのように広がり、そして……
「いやはや、また何もなかったんだが……」
俺がよく読んでいたりする小説とか、よく見るアニメなどでは、異世界に来た奴には、美女のヒロインとして現れたり、次から次へとチョロインが出てきたりするはずなのに、どうして、俺が転送される異世界では美女が出てこず、あんなどうしようもない奴しか出てこないんだろうか。しかも、楽勝過ぎて、元にいた世界へとすぐに戻されてしまう。不公平だと主張したいくらいだ。
* * *
「……」
元の世界への転送はいつものようにあっという間だ。
異世界へと召喚される時と同じように、俺は机に突っ伏すように眠った体勢のままのが分かる。
時間が多少経っているからなのか、どこか空気が肌寒くなっていた。
「……さてと」
俺は起き上がり、軽く身体を伸ばした。
「ありゃ?」
視線を窓の外へと向かわせると、数学は三限目だったはずだが、どういうワケか、外はもう夕焼け色に染まっていた。
「あ、起きたんだ、不燃物」
夕方になっている事を知り、愕然としていた俺の耳にとある女の声が聞こえてきた。
「黙れ、ピチパン女」
俺は嫌悪感を隠しもせずに、声がした方に顔を向ける。
教室のドアの入り口に、身体のラインがはっきりと出てしまうレーサージャージを着た
俺はこの女が嫌いだ。
東海林志織も俺の事を嫌っている。
それが分かっているからこそ、どうしてもぶつかり合ってしまう。
「先生が何度も起こそうとしていたのに、ぐっすり眠るなんて、普通の人にはできない芸当よね」
志織はあきれたように言う。
「成長期なんだよ」
俺は立ち上がり、距離は離れているものの向かい合うように身体を向ける。
レーサージャージはどうしてもやはり体格が分かってしまうのに、恥ずかしげもなく着られる志織に羞恥心がないのかと問いたくなる。
「また、不完全燃焼ですみたいな顔をしてる。嫌なのよね、そういう表情」
不完全燃焼というのは俺に対して、志織がいつも言っていることだ。
そこから不燃ゴミと変換され、いつからか、俺の事を『不燃物』というようになったのだ。
失礼極まりない女だ、東海林志織という女は。
「俺だって嫌だよ。お前のいつでも『やりきってます!』みたいな清々しい顔が」
東海林志織は、ロードレースの女子インターハイで、この霞ヶ丘南高校を総合優勝へと導いたエースのような存在だった。
志織が入部するまでは、インターハイに出る事さえなかった女子自転車部だったが、志織が入るなり県大会で優勝しただけではなく、インターハイで総合優勝するに至った。
『山岳も速いし、スプリントも速いし、ゴール前でも速いし、もう全部志織一人でいいんじゃないかな』
柳三姉妹など他の部員に言わせると、そういう事らしい。
それだけの事をやってのけているのだから、いつも全力を出し切っていて、いい顔をしている。
異世界では常に実力を出せないでいる俺とは対照的に。
「不燃物だって、何かに全力で打ち込めばいいのよ。そうすれば、こんな表情できるわよ」
「できたらな」
「またそんな事を言って。あなたは何もやってないじゃないの」
「……ふんっ、どうだかな」
さすがに召喚獣として活躍している事は口が裂けても言えない。
言ったところで、ただの妄想だと馬鹿にされるのが分かっているからだ。
「やった事もないくせに」
志織は会話はここで終わりですと言いたげに、自分の席のところまで行って、机の中から何かを取り出すと、早足で教室を出て行った。
「さて、帰ろうか」
俺の中で何かがくすぶっているのは確かだが、それを見ないよう、感じないようにしている。
強すぎる故の苦悩だと分かっているからだ。
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