第29話 やっぱ雑魚じゃねえか。やりきれないな
『ラストミッション その3』
「よくぞ言った! 褒美を取らすぞ!」
金色の騎士が何かを投げて寄こしてきたが、受け取るだけの気力がなくて、地面に落ちてしまった。
身体があまり動かせなくなっていたため、目だけを動かすと、見知った物がそこにあった。
4000万ポイントで交換できる全快の薬だ。
「デスティニー・マイスターを二度殺した褒美だ。断ったというが、受け取ってもらわねば筋が通らぬ。拙者はジオールとドンゴにあやつの討伐を頼んでいたのだぞ」
「……リヒ……テン?」
この騎士がリヒテンか。
リヒテンは何かの術を発動させたのか、召喚士パ・オと男を生贄にして今まさに召喚されようとしている邪神を包み込むような結界を数秒で張り巡らせた。
「薬を飲み、大地に立て、少年よ。少年には守らなければならぬ人がいるのだろう。ならば、立ち上がらなければならない」
「……分かってるさ」
手を伸ばして薬を手に取ると、口へと運び、一気に流し込む。
身体の組織が修復されていくのではなく、身体の組織や骨や臓器が元の形に戻って行くようだ。
「復活!!」
やはりこの薬は千豆以上にチートだな。
俺が地に足を付け、軽く身体を動かしてみた。
身体の痛みどこか、軋みさえない。
俺、完全復活といったところか。
「行くが良い、少年よ」
「俺はどうすればいい?」
復活したはいいが、俺は異世界での戦闘力と言うべきか能力をここ地球では発揮できない。
こんな普通の少年に何をさせようというのか。
「召喚獣は召喚士に召喚されてこそ真価を発揮する。この意味が分かるかね?」
「しかし、ここは俺の住んでいる地球だ。どうしろっていうんだ」
「今、この地球には四人の召喚士がいる。君が助けたいと願っている少女達であり、少年をこの地へと転送させる事ができる少女達だ」
「俺を転送? できるのか?」
「それが召喚士であり、それが我々が構築したシステムなのだよ」
パ・オは言っていたはずだ。
能力が低くて、リリ、ワサ、エーコ、サヌは俺の事を召喚できなかった、と。
「こんな事もあろうかと、ジオールが説明している。さあ、急ぐのだ。拙者は二時間しかこの結界を張る気がない。元々こういった干渉はルール違反であるのだがな」
「タイムリミットは二時間って事か。必ず俺は戻ってくるさ、召喚獣としてな」
俺は家路を急ぐ。
召喚獣として、召喚士パ・オの茶番劇を終劇へと導くために。
* * *
「邪神レプリカ・ジ・オリジネーションが召喚された。俺に手を貸して欲しい」
俺の言葉で、リリ、ワサ、サヌ、エーコの四人が息を呑み、緊張感が高まったのを感じた。いつもはのんびりした空気のはずの、自宅のリビングルームがいつになく重苦しい空気に包まれた。
「ジオールから聞いているらしいが、俺を召喚して欲しい。俺がいる、この世界に」
四人は瞑目すると、皆、首を縦に振った。
「最初から分かっていたけど、こうなっちゃうよね」とワサ。
「リリ、予想していたのです」とリリ。
「にーにのために、がんばる」と、サヌ。
「あんたのためになるなら……」とエーコ。
「一刻を争うんだ、早急に頼む!」
頭を下げると、四人は寂しそうに笑うも、正装に着替えてくると言って、それぞれの部屋へと戻って行った。
「パ・オは必ずぶっ倒すが……」
猿の手を使ったあの男はどっち道助からないだろうし、助ける気はさらさらない。猿の手を自分の復讐のために活用したのだから自業自得と言える。
だが、東海林志織だけはどうにかしてやりたい。
猿の手を俺がきちんと管理していなかったせいで、ああなってしまったのならば、俺が責任を取るしかあるまい。
問題は責任をどう取るか、だ。
「猿の手には、猿の手だよな」
それくらいしか思い浮かばないし。それしか最善の方法がない。
「お待たせ!」
四人が正装に着替えて戻ってきた。
俺を召喚するための正装だと思って、じっくりと見てみると結構厳かな感じだ。
風格があるというべきか、威厳があるというべきか。
「俺はどうすればいい?」
気が急いて、そう言うも、四人はほほえみ返してただけだった
「ちょっと待ってて」
エーコがそう言うと、今の言葉が合図だったとばかりに、四人が一斉に右手の人差し指の指先を軽く噛んだ。指先から多少の血が流れるのを黙視すると、人差し指を右頬に当て、さっと流すように血で線を描き、指先の血で左頬に同じように血の線を引く。
「にーに、動かないでね」
ワサが隣にいたエーコと手をつなぎ、エーコは隣にいたサヌと手をつなぎ、サヌは隣にいたリリと手をつなぐ。そして、俺を取り囲むようにリリとワサが手をつなぐ。
「リリ達、まだ未熟だから四人じゃないと駄目なのです」
リリ達は、深く息を吸い込み、深く息を吐き出した。
再び深く息を吸い込むも、誰も息を吐き出そうとはしなかった。
その代わりに、リビングルームの空気が震えた。
口から息を吐き出したのではなく、身体から空気を放出したかのような揺らぎだ。
揺らぎが段々と増していく。
やはり、吸い込んだ空気を出しているのだ、何かしらの形で。
「我が身体は、よりしろになりて」
「我が魂は、惹かれるものとなりて」
「我が血は、導きの流れとなりて」
「我が心は、其方と結ばれて」
先ほど四人が頬に塗った血の線が金色に輝きだし、金色の粒子となって天へと昇っていく。
「我らの命を糧に」
「我らの血を与え」
「我らの魂を燃やし」
「我らの身体を捧げ」
四人の詠唱に全く乱れはなかった。
四人の身体が金色に輝き出す同時に、足下から何やら見慣れた光柱が立ち上る。
「顕現せよ! 我が主・本城庄一郎よ!」
俺の魂が地球を離れ、どこかを彷徨うかのような気持ちが訪れたと思うと、今度はその魂が俺を探して旅をしているかのような漂流感が去来し、最後には、魂は俺を発見し、舞い戻ってきた歓喜が訪れた。
身体の全てが異世界に行った時のような開放感にあふれていた。
今の俺は異世界に転送されたときと寸分違わぬ強さのはずだ。
身体からわき上がる血潮がその事を示していた。
「おい……」
光の柱に包まれている四人の様子がおかしかった。
足が完全に消えてしまっていて、太ももの辺りから光の粒子が立ち上り、まるで身体が光の粒に分解されていくかのように消えかけていた。
「にーに、またね」
四人の身体が腰の辺りまで光の粒となって消えていた。
自分の置かれている状況を理解しているようなのだが、四人は笑っていた。
悲しみなど微塵も見せていない、心からの笑顔だった。
「おい! どういうことだよ、これは!」
身体を動かして誰かに触れようと思ったが、金縛りにあっているかのように身体が全く動かせない。
「僕の事、忘れないでね」
周囲の粒子が濃くなっていく。
「なんで消えかけているんだよ、お前らは!」
四人は胸から下がもう消えてしまっていた。
「リリは待っているのです」
「だから、答えろよ!」
「あんたに会えなくたって、私は……」
四人は光の粒になって消滅してしまった。
その光の粒はゆらゆらと空へと舞っていくも、幻であったかのようにふうっと消えていった。
「……なんで……」
俺は一人になっていた。
さっきまでエーコ達がいたはずの空間に俺一人だった。
「なんで消えたんだよ!!」
思いっきり部屋の壁を殴ってやろうかと思ったが、今の俺では自宅を消し飛ばしてしまいそうで寸前のところで思いとどまった。
そういえば、こっちの世界に転送された後、一回だけ召喚をすることができるとジオールか誰かが言ってたはずだ。そして、リスクがある、と。そのリスクが自分の命と引き替えになんて、自己犠牲にも程がある。知っていたら、もっと別の手段を選んだかもしれないのに。
「糞が!!!」
このまま悲しみに沈みそうになった俺に活を入れるように頬をぴしゃりと叩いた。
悲しむ事はいつでもできる。
四人は命と引き替えに俺を召喚した。だが、この召喚にはタイムリミットが存在する可能性がある。いつまでもこの力が持続するのか分かったものではない。だからこそ、さっさとケリを付け、その後でいくらでも悲しみに暮れればいい。
「まずは終わらせるんだ。そうしないと浮かばれないだろう?」
家を飛び出すと、試しに強く地面を蹴って飛び上がってみた。
十数メートルは軽く飛び上がれた。
異世界での運動能力と寸分違わぬ。
「さっさと終わらせる」
学校がある方角に身体を向け、強く地面を蹴って飛翔した。
この力ならば、六回飛び上がれば、リヒテンの元へと辿り着けるだろう。
* * *
「……済んだのか?」
リヒテンは俺の顔を見ると、全てを悟ったような顔をした。
「とうとうラスボスのお出ましか」
俺の興味は、召喚士パ・オでも、リヒテンでもなく、結界の中に出現していたピエロにあった。ピエロは俺の事を見て、嘲笑を浮かべていた。
猿の手を媒介にし、やつれた男を生贄にして召喚されたのは、おそらくはあのピエロだ。あのピエロこそ、邪神レプリカ・ジ・オリジネーションなのだろう。
「あんなピエロのために、東海林志織が大怪我をして、あの四人が俺のために命を燃やしたのか……。ピエロはピエロらしくサーカスで踊っていれば良かったんだよ」
「結界を解くぞ」
リヒテンの声と共に周囲の結果が消滅した。
「こんな街中で戦えっていうのか?」
「人払いの結界も張っている。この中ならば、暴れても死者は出ないであろう。ただし、この中にいる者達は別だが」
「ああ、そうですか」
「さあ、レプリカ・ジ・オリジネーション! こやつらをやっつけるのです!」
召喚士パ・オに応えるように、ピエロのレプリカが不気味な笑みを浮かべて、一礼した。
「観客の皆々様方、さあ、ご覧あれ! これがわたくしめの芸でございます! さあ、ご覧あれ!」
ピエロは顔を上げて、にんまりと笑うと、両手を天へと掲げた。
すると、色とりどりの花びらが手の平からわき上がり、ひらひらと周囲に舞い始めた。
その花びらが段々と形を変えていき、人型になり、そして、人に似た『何か』に変わっていった。
「わたくしめの芸は、レプリカです。あなたが苦労して倒した方々のレプリカを記憶を元に出現させる事ができるのですよ。100人ですよ! 100人! しかも、レベルアップさせて! どうですか! あなたに倒せますか! ふふふふふっ」
苦労して倒した?
俺は笑いをこらえるのに必死だった。
志織もあの四人も、こんな道化のために犠牲になったのだと思うとやりきれなかった。
「俺はレオパルドン・ザ・ビートル。以前よりも俺の防御力は4倍増しになっている。お前にこの装甲が砕けるか!」
俺の目の前で、花びらから巨大な甲虫に変化した奴がそんな事を口にした。
瞬時にレオパルドン・ザ・ビートルの懐に飛び込み、拳をたたき込むと、装甲どころか、レオパルドン・ザ・ビートルの身体がそのものが砕け散った。
「四倍? 当社比かよ」
周囲には花びらから変化した王やら神やら何やらがウジャウジャとわいていた。
どいつもこいつも苦労した覚えのない雑魚だった敵だ。
「神さえも焼く、我が炎に焼かれて死ね、小僧!」
いつのまにか、俺を覆うように大きな影ができていた。
見上げると、黒き鋼翼王ヴァルシェードが大きな翼を羽ばたかせて上空にいて、炎をはき出し始めたところであった。
「だから言ってるだろ。お前の炎じゃ茶しかわかせねえよ」
炎の属性である炎の矢を即興で放つと、ヴァルシェードの炎を押し返していき、ヴァルシェードの頭を貫いた。すると、その巨躯が瞬く間に灰となって四散した。
「我が名は氷雪魔神アルファミル! 凍て付く息吹で氷河の一部となれ!」
アルファミルが口から猛吹雪を吐き出して攻撃してくるも、冷蔵庫を開けた時のようなひんやり感しかなかった。
「冷蔵庫の方がまだ涼しい」
芸がないなと思いながらも、炎の矢をアルファミルに放つと、水滴さえ残る事なく蒸発した。
「やっぱ雑魚じゃねえか。やりきれないな……」
俺は自嘲気味に笑った。
こんな雑魚達のために犠牲になった志織、リリ、ワサ、サヌ、エーコに俺は顔向けできないと思ったからであった……。
『ラストミッション その3』終了
その4に続く
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