鋼の心 02

 ――そこは、巨大な広間だった。暗澹たるそこには窓も無く、明かりは小さく灯る幾つかの点のみ。更に続けるなら逆にその小さな光源が不気味とも言える。それは学園都市で訪れたあの屋敷を彷彿とさせながらも、飽くまで人の住居たるあの場所とは絶対的に相容れない冷やかさが停滞していた。足元を一列に並ぶ小さな光源に導かれ、純白の騎士と白い少女は並んで奥へと進む。


 広間の奥には、うっすらと浮かび上がる、大塊の影が見えた。室内の暗さで遠くからではそれが何なのかは解らない。どちらも黙々と、何十歩か進み続け――漸く、マリアベルはそれの正体を知った。


 それは壁一面を覆い天井迄届く程の巨躯を誇る一つの機械だった。中央に何らかの中枢機械を据え、その横にまた他の役目を担うのであろう幾つかの精緻な鉄塊が備わっている。これが本当に一つの機械なのかは解らない。何せそれらは数多の配線やパイプが複雑に絡み合い、単一の大いなる姿を形成していたからだ。


 その姿は豪快ながらも、部品の端々にはそれを補う様に微細な紋様が描かれていた。力強さと華美さを備えた奇妙な巨塊に、マリアベルは何処とも知れない不安を覚える。騎士はそんな少女の様子にも構う事無く、真っ直ぐに機械の傍まで歩み寄り、後少しでそれに触れんという所で足を止めた。


「これは、何……?」


 静かにその大いなる機械を見上げる騎士に、マリアベルが尋ねる。余り返答は期待して居なかったが、意外にも傍らの鎧は数拍の間の後に答えを返した。


「こレは――希望だ」

「……希望……?」


 余りにも情緒的で抽象的な回答に、マリアベルは疑問符を浮かべて聞き返す。


「そう、私の希望……ノゾみ……長らく待ち続けタもの……」


 訥々と半ば独り言のように呟きながら、騎士はその軋んだ声に熱を込めて語り続ける。


「この塔ハ我等の生まれタる地。幾世前カラの続く帰依すべき場所。此処ナらば、失わレし全ての機械の原情報がソロう……」

「そんな物を集めて、どうするの」


 努めて声を震わせまいとしながらマリアベルは視線を機械へと定めた侭の騎士を睨む。騎士は繰り返される問い掛けにも苛立つ事はなくただ答えを与える。


「私の嘗ての友は滅びたと言っただろう。……本来ならば、私に残された選択肢は二つだった。一つには、何れ高性能な探知機が今の文明で開発されるのを待ち――それらを使って地上の何処かに埋もれた仲間を探せし事。もう一方はこの塔を開く"鍵"を見付け、旧き者達を再現する事――そのどちらも、今から更に時を経なければ叶わぬ手法だった」


 そう言ってから、鎧は否定する様に僅かに首を横に揺らした。


「否――本来ナらば今の発展すら早熟。だが此是もマた運命か。スベては機械都市、あの地から始まり……ソシて今また機械都市の娘が我が手中に在る」


 それは何を意味するのか。怯みそうになるが、逃げ場の無い事は少女が一番に理解していた。


「扉は開かれたと言えど、未だこの塔の眠りは深い。鍵無き我が言葉は何も通りはしない」


 ――だが。そこで騎士は漸くマリアベルの方へと向き直る。その燃える紅の眼を伴って。


「卿ノ身は我等が意思を理解する。相イれぬ筈の言語を正しく伝達スる。理解スルと言うならバ、介す事はより容易い」


 騎士は強く少女の腕を掴み上げ、目前の機械へと引き寄せる。騎士に掴まれたマリアベルの手が鉄の塊に触れた時、それは大きく唸りを上げ、幾つもの灯が目覚めを告げた。


「卿には、我が命を塔へと繋ぐ要となって貰う所存。我が望み叶う時、地は滅びる事無い鋼鉄の生で満ち、跡形もなく朽ち果てる弱き人類等は直ぐに消え去ろう」

「っ……ふざけないで、そんなの了承すると思うの!」


 騎士の冷たい手の中から自らの腕を引き抜こうと足掻くマリアベルだが、その腕はびくりとも動きはしない。少女が抵抗する中、機械は駆動音を立て、ゆっくりと中央に据えられた小さな口を開いた。そこは人一人が収まる様な大きさで、無数の細かな配線コードが蔓延っていた。その中心部には何かを据える様な台座がある。騎士はそれらをざっと眺めると台座に繋がる配線群を引き千切った。


「……暫し黙ラれよ」

「……っ……ぅ……」


 断線に因り小さく火花を散らしたそれらを何本か引き出した後、暴れ続けるマリアベルの腹を強く打って大人しくさせると、騎士はぽいとその中へと少女を座らせた。

 全てを済ませた白き騎士は、少女に触れ続けながら、強く叫ぶ。


「我等が父、今は静ケきアウラヌスの塔よ。母なるガイアの行方はイマだ知れず。だが此処に、我等を結ぶ醜き変異の子がアる! 人の身にして鉄を結ぶ者、ヘパイストスよ!」


 永きに渡る思いをぶちまける様に、騎士は天へと吼える。


「我ガ意思を受け、眠りから覚めよ、オオいなる塔よ!」


 ◆ ◆ ◆


 それぞれの目的の為、出撃した青年と自駆機械オートマタは聳える巨塔へと徐々に近付いていた。最大出力で飛行ユニットを働かせ、瞬く間にそれは空を舞う。徐々に細部が見える迄になってきた塔を確認し、シルベスターはバレルへと声を掛ける。


「バレル! 入口っぽいのが見えて来たけど、どうする!」


 塔の門は固く閉ざされている様だった。

 激しい風音に負けぬよう、声を張り上げるシルベスターに、バレルが速度を緩めず答える。


「……そうですね、私にはあの塔への認証機能はありません。加えて解析に特化しているとは言い難い――よって、破壊します」


 自駆機械オートマタらしく素早く思考演算を終えると、即座にバレルに備わった銃器が起動を始める。


「まっ、バレっ! 壊せるのか!? 結構頑丈そうだぞ!?」


 傍らで唸りを上げ始めたバレルの機体に慌てるシルベスター。だがバレルは高らかに言い切る。


「ミスター、はっきり言いましょう――余裕です」


 断言と同時に、バレルの両肩に一本ずつ展開した巨砲にエネルギーが集約する。眩く輝く砲口の狙い定める場所は一点。二人の行く手を塞ぐ、一対の鋼鉄板!


 ――遠距離主砲充填完了。


 その砲が一際鮮烈に輝いたと思うと、集約された高エネルギーの塊は空気を震わせ突き進み、轟音と共に塔の門扉を貫いた。――一撃。細かく降り注ぐ断片の合間を潜り抜け、シルベスターとバレルは塔の内部へ突入する。


「呆れる程派手な挨拶だな……エネルギーの貯蔵は足りるのか?」

「御心配なく。私は空陸対応型砲撃向自駆機械オートマタですから、寧ろこの程度は基本デフォルトです」


 まだまだ残弾はありますよと告げるバレル。軍人と良い、白い騎士と良い、どうやら帝国都市に所属する者は総じて派手好みらしい。


 中は広々とした空間が広がっていた。所々が細かな模様で飾られ、神殿の様な雰囲気を持つその空間に明かりは少なく、暗がりの中でぼんやりと何らかの機械部品らしきものが転々と繋がっているのが見えた。飛行を続けながらバレルが塔の内部を説明する。


「ここはただの入口です。この塔は何層にも連なる階層構造で、それぞれの階に役割を持っています。詳細は省きますが、大まかに、演算部――動力部――生産部――。ミス・マリアベルが居るのは恐らくこの塔の管理の中枢を司る大演算部でしょう」

「それは何処に?」

「上方ですね。急ぎましょう」


 上へ繋がる空洞へと飛び立ちながら、バレルは視線を数多に明滅する内部機械へと移す。それは静かだが、確かな鼓動を感じさせ、繋がる物の目覚めを示唆していた。


「既に塔は起動を開始しています。この先、警備用の端末が現れるかも知れません、御注意を」


 バレルが注意を喚起した時、シルベスターは徐にバートラムから預かった剣を抜き――自分を抱える自駆機械オートマタの肩越しに、その背後へと剣先を突き刺した。一瞬後、金属の割れる音がし、シルベスターが手にした得物を引く。そこには、球状の機体に一対の羽と腕を持つ、林檎より一回り大きい位の機械が無残に体を晒していた。


「端末って言うと――こういう?」

「ええ、その物ですね」


 ダン、ダン、ダン!

 返事と共に、バレルは数発の弾を打ち出し、遠くに現れたそれと同形の何体かを撃ち抜いた。だがそれだけで事は済みそうに無かった。上から、下から、壁から、空洞内に反響する羽音の様な機械音が聞こえ始めて居た。嬉しくない状況を想像させるその音に青年は肩を竦めた。


「団体さんだな。ちょっと遅かったみたい?」

「その様です。ミスター、援護を頼みます。私の放射を掻い潜って近付いて来た物は容赦無く」


 二人は思考を戦闘へと切り替えると、徐々に表れつつある黒き点の群れへと武器を構える。――そして、激しいブースト音と共に彼等はその中へと突っ込んだ。

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