ディフェンス・オン 02
「ははははは! 素晴らしい威力だ、素晴らしい。支援部隊、良い狙いじゃないか!」
走る車の中、座席に仁王立ちとなったスタンガンは部下の成果を見て満足げに笑う。彼等の視線の先にはもうもうと煙を上げ、吹き飛んだ後部車両と、客車の半分を失いそれでも走り続けるブラックホースの姿だった。大砲により粉々に破壊された後部の残骸を精査し、スタンガンは呟く。
「ふむ、どうやら無くなったのは貨物車両の様だな。この様子だと人間を仕留めた確率は低いか……フン、運の良い奴等だ」
文句を言いながらも、何処か楽しげにスタンガンはブラックホースを見る。――どんな時であれ、獲物を追い詰める快感に勝るものなどないのだ。
「突入部隊! 破壊した所から残った車両へ乗り込め! さあ車を動かせ! 行けェ!」
号令を受け、動きだした突入部隊を確認し、スタンガンもまた、自身の乗った車をブラックホースへと接近させる。
「着いたぜ! 行くぞぉ!」
「へへ、派手な割に楽な任務だ、さっさと終わらせちまおうぜ」
車をブラックホースの客車の入口へと乗り付けた彼等は、次々とそこへ乗り上げ、車両の中へと押し寄せる。手柄を上げようと、我先にと進む男達はお互いに揉み合い、狭い扉を潜り、部屋の奥へと雪崩れ込む――が。
「よ~こそ楽しい一流シェフのお料理教室へ~~~っ」
陽気な声と共に、そこで待ち受けていたのは彼等の想像を絶する物だった。少し高級なだけの何処にでもある旅行列車に踏み込んだ筈の彼等の目の前にあるのは――ズラリと並んだ、大量の砲身だった。風体から食堂車と思わしき部屋の壁の一面に数多もの銃口が並び、キラリと男達の正面を迎え撃たんとしていたのだ。
「は……っハァ!?」
予想外の光景に軍人達が混乱する中、部屋の中にたった一人立ちはだかる料理人の姿をした男は、壁の一角にある普段は厳重に隠された赤いレバーを手にする。
「全く大勢でわらわらと……だが安心しろ! 万物全てのシェフであるこの俺様は! こんな事もあろうかとキッチリたっぷり大人数分の料理を用意しておいたのさ!」
滔々と意味の解らない事をのたまう料理人。
――嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。寧ろこれで安穏としていられる者は何らかの欠陥がある。
逸早く危機を察した何名かがこの場から脱しようと向きを変える――だが、その背へと無情にも声は告げる。
「だが、貴様等にはちいと早い代物だ。前菜の前に先ずはマナーから、食らいやがれってんだ!」
がっこんと、レバーの下りる音が響き――数秒後、野太い阿鼻叫喚がブラックホース内に響き渡った。
◆ ◆ ◆
この世の終わりの様な悲鳴は、屋根の上まで優に轟いた。
「あーあ……すっごい声」
高速で走る客車の上で、リィンが呆れた声を出す。スタンガンの部隊よりも先にブラックホースへ着いたバートラム達は、彼等の様に真っ向から乗り込む事はせず、細々と屋根の上を移動していた。
「どうしてああ……正面切って入って行くのかしら。囮って訳でもないみたいだし」
「はは、准将はあまりこういった任務には就かないからな。あの人のよくやる、建物への襲撃とは違うから、勝手を間違えたんだろう」
リィンが溜息を吐き、バートラムは苦笑する。チェスターもまた何かを思い出す様にその剛健な顔を顰めた。
「あれは食堂車両だからな……あそこが残ったのはここの連中にとって幸いだったな」
「食堂車?じゃあ貴方の戦ったシェフの仕業かしら」
「恐らくな」
チェスターの短い回答が、これ以上その話題を振るなという意思を暗に示していた。彼にとっては余程思い出したくない記憶らしい、大した事は出来まいと侮っていた相手に、火炎放射器で丸焦げにされた事は。チェスターの思惑を察し、リィンは視線を食堂車両から、その後ろの何もない空間へと移す。
「然しまた派手な事をしたわねあの親爺、こっちまで吹っ飛んだらどうする積りだったのよ」
地面に散乱した後部車両の残骸は、既に見えない。憤懣やるかたない様子のリィンに、バートラムが口を開く。
「流石にそこまで無能ではないよ、准将も。こちらには一応気付いていたようだし……」
そうかしらね、とリィンはあくまで疑念を解消しようとしない。苦笑すると、バートラムはくるりと進行方向へと視線を戻す。
「さて、あちらがバタバタしている間に、こちらも事を運ばせて貰おうか」
そう言って、バートラムが目標である先頭車両域を確認しようとした時――
「――いいえ、そうはさせません」
凛と、透き通った声がした。記憶にあるその声と姿に、バートラムが一瞬動きを止める。
――何時の間に現れたのか。常に響き続ける車輪からの轟音のせいで、気が付く事が出来なかった。バートラム達の居る車両から、接続部を挟んで向こう側に、一つの影があった。短い髪が強風に靡き、余り似合っているとは言えない裾の短い給仕服がはためく。傍らに小さな機械を従え、凛々しいと言える顔付で、彼女は列車への侵入者を見据える。
ハーティ・クレタ・ヘッセル。ブラックホースの給仕、そして用心棒という彼女は屋根の上に確りと足を踏み締め立ちはだかった。
「……君か。どうやら、この間の事は教訓にならなかった様だな」
苦言を呈すバートラムに、ハーティは怖気づく事なく宣言する。
「再戦を申し込みます、ノエル大佐。私を倒さずここを通れるとはお思いにならない事です」
一歩も譲らぬ彼女の態度に、バートラムはやれやれと溜息を吐く。
「前回の雪辱戦という訳か」
「そう取って貰って構いません」
そこに、後ろで様子を見守っていたチェスターが口を出す。
「大佐、ここは俺が……」
「良い良い、本人たってのご指名だ。断ってしまっては礼を欠く」
尚も言い募ろうとするチェスターを制止し、バートラムはかざした手を軽く振る。
「安心しろ。――すぐに終わらせる」
するりとバートラムが剣を抜く。それに、ハーティは頭を振る。
「申し訳有りませんが。今回は容易く突破されはしません」
ガコンと何かが駆動する音がし、ハーティの傍らにある機械――キャスターの付いた四脚を持つ、配給用オートマタの平たい盆部分が開く。そして、その中からどう収納されていたのか、すうっと一本の棒が付きだされ、ハーティの掌に収まる。頑丈そうな金属棒の先には太い繊維の束が取り付けられており、それが清掃用のモップである事は一目瞭然だった。
二人は静かに睨みあうと、揺れる車両の上、荒れる強風をものともせずに屋根を蹴った。
◆ ◆ ◆
ハーティとバートラムが屋根の上で戦闘を始めた頃、食堂車両は全てが終わり、静まり返っていた。死屍累々と転がる軍服の男達と、大量のゴム弾をバジルは満足げに眺める。
「いやあ~危なかったなァ、あと二台多く飛んでたら、今頃俺達ゃ御陀仏だ」
「ふ、その台詞は何度目だ? 毎度危機を迎えながらそれを軽く避ける。悪魔の様な幸運に加護されているな、この列車は」
「違いないね、ジューダスの旦那!」
多くの襲撃者を一瞬で打倒した料理人はけらけらと笑い声を上げ、壁から首を出す大砲達を片付けようと壁の奥にあるスイッチへと手を伸ばす。――その時、
「危ないアゴ!」
「ぐおおッ!?」
警鐘の声と共に、後ろに纏めたバジルの髪が体重を掛けて引っ張られ、料理人は無様に後ろへと引っ繰り返る。その僅か一瞬後、風を切る音と共に、金属の銃弾がバジルの鼻先を掠め、奥の壁にめり込んだ。
「な、何だぁ……?」
――襲撃者は全て倒したと思っていた。予期しない攻撃に、仰向けに倒れた侭バジルは攻撃が放たれた方向を見る。そこには、軍服の一部を摺り切らせ、よろよろと立ちあがるスタンガンの姿が在った。
「き……貴様らあ……」
最後尾に居た為か、部下を盾にしてゴム弾の嵐の直撃からは逃れた様だが、自慢の髭は千々に縒れ、額には大きな青痣が出来ていた。手にした銃をバジルとジューダス、そして助けに入ったテルシェに向けスタンガンは顔を歪める。
「う、うわあ~おっかな、助かったぜ、テルシェ」
「もう、あっぶないなぁアゴは! 任せろって言った癖に、気を付けてよね!」
コックが血抜きされるなんて笑えないよと憤るテルシェを庇う様に、ジューダスが前に出る。
「おい、旦那?」
「壁の銃弾も尽きたろう。残るは彼だけだ、お前はベンの孫娘を連れて退却しろ」
スタンガンの動きから目を逸らさず、ジューダスは背後の二人へと告げる。常に携えているステッキを手に構えたその老年の背中に、自分達が現状に於いて足手纏いである事を悟ると、バジルはがっしと傍に居たテルシェを小脇に抱え、立ちあがった。
「った、悪いが任せたジューダスの旦那!」
「死んじゃ駄目だよー!」
そんな言葉を残しながら二人は脱兎の如く駆け出す。
「待てい! ――ッ!」
逃がしてなるものかとスタンガンは彼等に向かって銃を発砲したが、それをジューダスのステッキが弾き飛ばす。その間に彼等はすっかり視界から見えなくなっていた。庇護対象が無事逃げ果せた事を確認すると、ジューダスはくるりと手に持ったステッキを回す。
「貴様……この私の邪魔をするというのか、年寄りの分際で……ッ!」
「何、未だ未だ若い者には負けんさ。とりわけ、そんな襤褸の風体をした者にはな」
「――――っ」
浴びせられた侮辱に、スタンガンは言葉に表せない程激昂する。――ふざけている。全くふざけている。何故自分が、帝国都市第二部隊に所属し、准将の地位を持つ自分が、列車旅を楽しむ金持ち老人如きに馬鹿にされねばならないのか。憤りの侭に、スタンガンは吼える。
「一人と言ったな……はっ、愚かな、この列車の周りには未だ未だ多くの部下が待ち構えている……! 私が無線で連絡一つ取れば、奴等が雪崩れ込む。はっ、一人で残ったのは間違いだったな、御老体……!!」
「では、連絡する隙を与えなければ良いだけの事」
スタンガンの挑発にも余裕を崩す事なく、ジューダスは
――ガン! ガン!
何度目の交錯か。屋根の上の戦闘は未だ激しく続いていた。噛み合ったモップの柄と剣が擦れ、小さな火花を散らす。
「場所が広くなって少しは調子が良いみたいだな、お嬢さん?」
「貴方こそ、障害物に頼らなければ勝てませんか?」
睨み合いながら互いに牽制しあう軍人と給仕。彼等が対峙してから十分程が経過していた。ブラックホースの現在の時速は六〇キロ程。ハーティとバートラム達が出会ってから、六キロは進んでいる計算になる。
「大佐、そろそろ決着をつけて下さい!」
「……ああ、そうだな」
焦るチェスターの声に、バートラムが応える。――確かに、少し時間を掛け過ぎた。ちらりと一度奥へと視線をやってから、バートラムは剣を握る腕に力を込める。
「チェスター、リィン。悪い、後は頼めるか」
「勿論です」
「大丈夫、任せなさい?」
部下の返事を聞きバートラムは、己の得物とモップと噛み合わせた侭、ぐんと剣の柄を上へと回し、その遠心力でモップを右へと押し払う!
ぐらりとハーティの体が僅かに傾ぎ、その左に空間が生まれる。そこから突破すべく、バートラムが素早く動く。瞬間、ハーティの頭が突如低く沈み――彼女の持つ金属棒が、バートラムの側頭部に向かって下から突き出される。モップにしては質量のあり過ぎるその凶器が紡ぐ一撃を防がんと、ほぼ反射のみでバートラムは剣を動かす。
――だが。鉄と鋼が再び打ち合うその寸前で、女の持つ清掃用具の柄は、予定調和のようにぐるりとその切っ先を曲げた。
「なに――っ……」
――
「ッ――――!?」
「リィン!」
近くに居たチェスターが庇う間もなく、リィンの懐に柄がめり込み――その中にあった、小さな機械が破壊される音が四人の耳に響いた。
「な――」
何が起こったのか。軍人達が混乱している間に、ハーティは目的は果たしたとばかりに突き付けたモップの先を下ろす。支えを失い、砕けた機械の欠片がリィンの服の下から零れ落ちた。壊れた黒い金属片がころころと床を転がる。その正体に、軍人達が思い当たった時――
「――助かりました、ミス・ハーティ」
硬い物が爆ぜる音と共に、彼等の居る屋根が打ち壊された。
「――――!」
床と言う垂直抗力を失い、屋根に居た面々は次々と下へ――口開いた車両の中へと落下する。そして床に倒れた面々の上に、黒く大きな影が覆い被さった。
『再度ようこそ我がブラックホースへ、お客様』
それは――巨大な黒い鎧を纏う、ブラックホースの主の姿だ。
「妨害装置はもう在りません。お覚悟頂きます」
屋根を吹き飛ばしたばかりで未だ熱を持つ腕の砲を構え、バレルが告げた。奇しくも罠に嵌められた形となった軍人達は歯噛みする。
「……最初からこれが狙いだったのか?」
どうにか一人隣の屋根へと飛び移ったバートラムが、床に立つハーティを見下ろし、尋ねる。モップを垂直に立て、警戒を解かずにハーティが答える。
「はい。私の役目は、最初からバレルさんの自由を得る事にありました」
雪辱戦などの言葉は全て騙り。バートラム達の気を引き付け、目的は進行の妨害のみだと思わせる為の。そもそも、一度交戦した彼女が出てきたという事自体がそう思わせる罠だったか。
――この列車。ただの私鉄の乗員に随分と強かな連中が居たものだ。
内心舌を巻いたバートラムに、ハーティは迷いない口調で告げる。
「貴方のお相手は、シルベスターさんです。どうぞ、お進み下さい」
「ふ……この場は敗けか。仕方がない、潔くそうさせて貰おう。お前達、足止めは頼んだぞ」
敗北を認めると、バートラムは部下にそう命じ、ぽっかり開いた屋根の穴から姿を消した。
男が去った事を確認すると、ハーティは突き立てたモップを片手で回し残された二人の男女に先端を向けた。
『君達は、ワタシと彼女がお相手しよう。如何かな?』
「望むところだ。こちらもやられぱなしでは大佐に示しが付かん」
「そうねえ、この作戦、私達は白星続きだし。ここらで挽回しないとね」
ハーティとベンジャミン、リィンとチェスターがそれぞれ交戦の構えを見せる中、バレルが背面の飛行装置を稼働させる。
「私も――これで思う存分戦えます」
動力に因り装置が温まり、バレルは排出口からエネルギーを放出し、ぽっかりと青く輝く空が見えた屋根の穴から舞い上がる。
――
バレルに装備された数多もの重火器が今こそその機能を全て解放する。隠れていた砲撃ユニットが姿を現し、流線型のバレルのシルエットが針山のような凹凸を得る。
その銃口は、ブラックホースを追走する大連隊へ向かって噴火した。
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