ディフェンス・オン 03

 反撃の火蓋が落とされた音は機関室へも轟いていた。


「どうやら、始まったみたいだな」


 ちらりと爆風の様子を窓から眺め、キースは直ぐに視線を正面へと戻す。その少し安心した物言いに、モニカは発破をかけるように返事をする。


「こっちの戦いはこれからだけどね! お譲ちゃん! ブラックホースの様子は!?」


 走り続ける中、ブラックホースは徐々にその速度を上げていた。通常運行では決して出さない馬力に近景の物はまさしく飛ぶように後ろへ流れていく。速度計を睨みつけるモニカの後ろで、半透明の影が揺れる。


「も、モニカちゃん何か凄いスピード出てないっ!? ホントに大丈夫っ!?」

「ふわふわ浮いてる癖に何言ってるのよアンタは! そんな事言ってる暇あったらその不思議パワーで手伝ってきなさい! どうせ死にやしないんだから!」

「幽霊だって怖い物はこわいの~~っ」


 騒ぐ二人の様子にやれやれと呆れつつも、キースは特に口を出しはしない。一見緊張感の欠片もない馬鹿騒ぎの様に見えるが、リンジーの泣き事に怒鳴るのが、モニカにとっては程良い気晴らしになっている事をキースは知っていた。火室の燃料が減っている事に気が付くと、キースは側部のレバーを下ろし、火室の中に新たな鉱石を投入した。


 口を動かしつつも機関士達がが作業に従事する中、白い少女は波立たぬ水面の様に静かだった。制御盤に手を乗せ、マリアベルはじっと意識を集中させ続ける。


 ――声が、聞こえる。ずっと、聞こえ続けている。ブラックホース、貴方の声。走りたいんだよね、もっともっと、燃え尽きる程に。でも、慣れない火力は少しだけ不安だから。


「大丈夫――まだまだ、走れる。うん、安心して、私が付いてるから」


 貴方の知らない貴方だって、解るよ。大丈夫。

 応えるように、黒鉄の体の中でブラックホースの機関が唸りを上げた。


 ◆ ◆ ◆


 機関車両の一つ後ろ、ブラックホースに繋がる先頭の客車に青年は居た。また一つ列車の速度が上がった事を感じながら、青年――シルベスターは磨かれた廊下の中央に立つ。

 こちらに向かう、足音を聞きながら。

 そして――ガラリ。枠に彫刻を施された扉が開き、青年の対峙すべき相手が現れる。


「また会ったな、君。……まあ、会いに来たのだがね」


 無造作に流された、腰より少し上まで伸びた長髪。襟元に鈍く光る階級章をつけ、歩く風で裾の長い軍服がふわりと舞う。帝国都市第三部隊、バートラム・ザック・ノエルは青年から距離を取った場所で足を止めた。御互いに、前回と同じ場所。前回と同じ立ち位置。

 シルベスターは小さく鼻を鳴らし、男を見据え口を開く。


「しつこいな、アンタも。て言ってもまだ二回目だけど。今回の派手な趣向はそっちの立案?」

「いいや、豪華一点主義の知人が居るんだ。迷惑を掛けるよ」

「大丈夫、アンタ程じゃあない」


 軽口を叩き合うシルベスターとバートラム。どちらも戦う構えは見せていないが、体に纏わせた緊張の糸を解く気配はない。


「君がここに居るという事は――ヘパイストスは機関部に居るという事で良いのかな」

「まあそういう事。お姫様が欲しかったから俺を倒してちょーだい」


 そう言ってシルベスターは、相変わらず手にしたフライパンをぶんと振り回す。

 バートラムは透き通る程磨かれた窓越しに、外へと目線を向ける。


「今は粗方片付けられてしまった様だが――さっきの連隊を見ただろう。本都市に収集を掛ければ、あれを越す数の部隊だって来る。ここの乗員達は良い人間だろう。そんな彼等に、君達はこれ以上迷惑を掛けるのか?」


 それは脅しとも取れる発言だったが、シルベスターは武器を軽く肩に乗せ、微笑んだ。


「それを言うなら、学園都市の前で言うべきだったかな」


 ――あの時ならば、シルベスターもその言葉に迷っただろう。マリアベルは守りたい。けれど、命に関わるかも知れない事に良心的な人達を巻き込むなどと。シルベスター自身は少女の為ならどんな傷を負う事も厭う積りはないが、流石にそれに他人を問答無用で巻き込める程の精神性は持ち合わせていない。


 だが――ブラックホースの彼等は事情を知って尚、二人を受け入れ。

 二人もまた、それに頷いて。


 結果、大方の予想通り、今ブラックホースは危機に瀕している。何人もの者が戦闘に関わり、客車の一部は吹き飛んだ。――けれど、それも理解して乗員達は二人を肯定した。協力を厭わないと言った。信念を持った彼等の決意に対して、どうすれば諦めるなどと言えるのか!


「今更勝手に投降した方がよっぽど――申し訳が立たないだろうが!」


 落ち着いた所作から一転、シルベスターはきつくバートラムを睨みつけると、男に向かって二つの得物を振りかざす。バートラムは溜息を吐くと、剣ですらない鉄塊からの斬撃を自らの武器で受け止めた。


 ◆ ◆ ◆


 ブラックホースの上空では、バレルが大量の銃器の半分程をその金属の体内へ収めた所だった。スタンガンの指示を待っていた車両の殆どは掃討する事が出来た。何台かには射程の範囲外へと脱出されたが、深追いをするよりはブラックホースの近くに居るべきだとバレルは判断した。装備された飛行ユニットによる移動を続けながら、バレルは新たな追手は無いかと周囲を確認する。


「ミスター・コンラッド、背後に追手は居りますか」

『いいや、今の所は見えないね。一台だけ、多分ロン毛の部下の車があるけど、今の所動きはないし、あってもこの近さじゃ列車まで巻き添えになる』


 車両の後部で物見の役割を当てられたコンラッドが、通信越しに返答する。

 一先ず安堵した時、大地を見渡すオートマタの視覚センサーに敵とは別の物が映った。


 それは、巨大な陸橋だった。晴れ渡る空の下でも先の見えない程深く広大な崖の間に、鉄で編まれた一本の橋が横たわっていた。黒い鉄柵が幾重にも並び立ち、頑丈にそれを支えて居る。周囲に街など無い辺境の荒地で、一体誰がこんな物を作ったのか。


 並大抵の事では見られぬ光景に、ブラックホースの内外問わず、感嘆の溜息が洩れる。バレルは拡声機を使い、自らの得た情報を仲間へと伝える。


「皆さん、間もなく大橋です。橋の下は流れの速い河川、以後外部に出ないようにして下さい」


 その声はしっかりとブラックホースの中へと届いた。オートマタの伝達に、チェスターとの戦闘に集中していたベンジャミンもまた周囲に声を掛ける。


『聞いたな、御前達。橋に入ればあちらの援軍は来れない。このペースならば目的地は近い。橋の上にある分岐路を東へ進めば城郭都市へは間もなくだ、片付けきらなくても良い、街まで持ち堪えろ!』


 ベンジャミンの咆哮に、それを聞いた乗務員達が疲れを知らない声で返事をする。――その勇ましい光景の上で、バレルは何処となく複雑そうな面持ちで飛行を続けるのだった……。



 ガン! ガン!

 先頭車両の戦いは、激しい接戦を繰り返していた。両者付かず離れず、武器を交えては死角からの攻撃を避ける為素早く離脱する。実力としてはバートラムの方が上の筈だったが、慣れない武器が相手な事と、シルベスターの並みならぬ執念が二人の力を拮抗させていた。


「聞こえたか? もう直ぐそっちのタイムリミットだそうだが」

「問題ない。私は残業はしない主義でね、退社時刻迄には仕事を済ませるよ」

「遠慮するな、何時も真面目なんだから今日位は早めに帰ると良い、家で奥さんが手料理作って待ってるぜ!」

「はは、残念な事に私は独り身なんだ」


 もう何度目か、再度交錯する鋼とくろがね。金属同士が打ち合う独特の高音が室内に反響する。幾多もの攻撃で底の削れた調理器具を見、バートラムは口の端を上げる。


「君に主義があるのなら別だが……この武器を続投したのは間違いだったんじゃないかな。戦闘向きの、特に私に対して有利な遠距離用の道具だってこの列車にはあるだろうに」


 ――例えば、あの大袈裟なコックが使用していた火炎放射器とか。

 けれどバートラムの的確な忠言を、シルベスターは一笑に付す。その理由は単純明快。


「残念ながらあ……! 俺はマリィと違って、難しい機械の操作は苦手だ!」


 馬鹿馬鹿しい迄に明朗なシルベスターの返答に、バートラムが初めて表情を和らげる。


「成程、同感だ。私もどうも銃の扱いには慣れなくてね」


 不格好な武器を構える青年の言葉に同意すると、男はまた、鋭い攻撃を繰り出した。


 ◆ ◆ ◆


 現在、最後尾から二番目となってしまった食堂車でも戦いは続いていた。片や、白髪の片鱗を見せる灰色の髪を整髪剤で固め、落ち着いた色調のスーツを纏ったロマンスグレーとも言える老年の男。片や、軍服を翻し、未だ黒々とした髭を鼻の下に蓄え、太い眉の下の眼光は鋭い、獣の様な精力に満ちた男。正反対とも言える二人の男達は向かい合う。


「一体……一体どうなって居るんだこの列車は!!」


 たった一人。それも自分より一回りは年上であろう老人に足止めを食らい続けたスタンガンは侭ならない状況に怒りを爆発させる。


 ――可笑しい。こんな筈では無かった。対象が匿われているのはただの成金列車だった筈だ。それが何故、鍛え抜いた部下は一瞬にして蹴散らされ、己もまた、荒事等知らなそうな老紳士等に行く手を塞がれている。それどころか、通信機を取り出し新たな部下を呼び出す事も出来ない。一体――


「一体貴様等は何なんだあッ!!」

「――何と言われても。ただの常連客だが」


 ――ゴッ――!

 叫んだスタンガンの顎に、ジューダスのステッキの先が容赦なく減り込む。――勝負あり。スタンガンの両足が床から離れ、重厚な体躯が宙に浮く。遮る障害物もなく、白目を向いたその体は勢いよく隣の最後尾車両へと直線状に吹っ飛んだ。


 ◆ ◆ ◆


 スタンガン准将の敗北の様子を、ブラックホースを真後ろから追っていたガートルード達は見ていた。バギーのハンドルを握った侭、最後尾のデッキの枠に引っ掛かりピクリとも動かない男の姿に運転手は溜息を吐く。


「やれやれ、あの人は……。だから大佐が言ったのに」


 ――大言壮語を放って置いて、たった一車両しか進行出来ないというのはどうなのか。

 バートラムを支持する者としては幸いな事だったが、同じ軍属としてはガートルードは若干複雑な思いだった。だが狙撃手の少女、フェイは別の心配を口にする。


「そんな事より前に橋が――わたし達もどうするか決めないと」


 刻々と、大河に聳える黒橋との距離は縮まり続けていた。調べに因ると、橋の上には線路一本分の幅しかない。幅だけなら彼等の軍事車両でも通れるものだったが、ギリギリな上に、通る道は線路。


 もう少し小さな車体ならば上手く枕木の上でも通れただろうが、残念ながら多くの物資を積む為に設計されたこのバギーでは、線路の軌道レールその物の上を走る事になりそうだった。少しでも均衡バランスを崩せば、両横は崖下に在る川。助けを望めない状況で、そんな曲芸紛いの事をする積りは、二人のどちらにも無かった。

 フェイの言葉に、ガートルードは思案する。


「出来れば内部に移りたいけど、あそこには今強そうな奴が居るし――」


 そこでガートルードの呟きが途切れる。

 不思議に思ったフェイがガートルードの視線を追い、その正体を確認する。それは、大敗を喫したスタンガンが意識を取り戻し、鉄柵を頼りに立ちあがる姿だった。――正確には、それは立ち上がるのとは少し違ったものだった。何故なら、彼は高速で走る列車から振り落とされまいと、足を踏ん張り、必死で両側の鉄柵を掴んで居たからだ。


「…………」

「…………」


 車上に残った二人の軍人は、ゆっくりと、甲板デッキに立つスタンガンの肩の高さと、屋根との距離を見比べる。そして示し合わせた様に視線を合わせると、走る車両へと車を接近させる。


「な、何だ貴様ら、第三部隊の――」


 バギーから身を乗り出し、己に近づく二人に動揺するスタンガンを軽やかに無視し、彼等はむぎゅうと片方ずつ男の肩を踏み台にして、列車の屋根へと手を掛けた。


 ◆ ◆ ◆


 陸橋が近付いてくるに連れ、遠巻きにブラックホースを追って居た残存車両達も次々とその機関エンジンを止め、追跡から離脱していく様が見えた。追跡者が完全に途絶えた事を確認すると、バレルは背後の装備を一度焚き、ブラックホースの屋根へと舞い戻る。


 今までにない程激しく燃える火室の熱は、並より分厚い防熱硝子をも越え、機関室の住人達を汗ばませていた。けれど、彼等がそれに愚痴を溢す事はない。ブラックホースの命運を握る彼等が望む事はただ一つ。

 ――速く。もっと速く――!


 そして――ブラックホースは、目的地へと続く最後の道へ突入した。

 ――敵の援軍も無い代わりに逃げ場も無い、一直線の格子の中へ。


 ◆ ◆ ◆


 ――目標座標確認。

 ――対象のイリス橋ロード・イリスへの進行を把握。

 ――撃破可能なりや?

 ――是。是哉。

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