鋼の心 03

 マリアベルという媒介を経て、騎士と塔の中枢部との接続は愈々密接なものとなって来ていた。騎士の発する伝達情報は塔へと届き、また塔の内部処理の様子も正しく騎士へと帰還フィードバックされる。それは騎士とこの機械の巨塔が同化していると言っても良い。未だ全ての情報が正確に交差している訳ではないが、それも間も無くだろう。塔がその動力を働かせ、少しずつその機能を取り戻していく様子を感じながら、騎士は数多の灯の色をその真白の体に映し立ち尽くす。


「アア――」


 冷徹なる王は言葉にならない声を漏らして、感慨に打ち震える。徐々に情報量を増す帰還フィードバックに、体が過負荷を訴え始めているが、そんな事は騎士にとっては些細だった。待ち続けたものが手に入ろうというのに、多少の消耗を気にする程騎士の渇望は浅くない。


 ――ああ。既に記憶は錆付いて久しいが、それでも今、思い返さずには居られない。懐かしき時と、それを過ごした日々の事を。大争闘により朽ち失った仲間等を。


「間モ無くだ……間もナク、記憶回路データベースへの接続が可能となる……」


 父なる塔の記憶回路には、そこで作られた全ての機械の機体情報が記されている。接続が完了すれば、情報を製造層へと送り込むだけで瞬く間に新たな機械が幾つも生み出される。


 ――ピピッ……。


 その時、静かなる聖堂の中で小さな電子音が響いた。――全域網羅完了フルアクセルコンプリート。それは、騎士と塔とが完全に繋がり、その膨大なシステムが完全に掌握された事を示すものだった。


「終に此処迄キたか……待ち侘ビたぞ世界よ……」


 騎士は即座に特定の命令を塔へと送り込む。今や完全に覚醒した塔は、騎士の命令を受理し、それを実行する為、機能を働かせ始めた。


 ――動く。動く。壁の向こう、床の下で塔を構成する数多の部品が蠢き出す。

 ざわめきを感じながら、孤独の王は笑う。


「さア……新たな、そシて悠久たる時代を導こウではないか……!」


 ――その時。微かな音と共に、騎士の立つ部屋が僅かに震動した。


「……何……?」


 みしり。部屋を支える鉄材が呻き、鎧が不審を露わにした、刹那。


 ――強大な攻撃により、その部屋の中央の床が爆砕した。


「――――っ!?」


 吹き飛んだ瓦礫が宙を舞い、ガラガラと音を立てて壁へ、床へと叩き付けられる。


 ――何が起こったのか。降り注ぐ残骸から身を守りながらも騎士は混乱する。


 そこへ現れる、一つの影。いや、正しくは二つだ。重なる様に存在している為に一つに見えるだけで。それは背面からエネルギーを排出して、床に開いた大穴から空中へと舞い上がる。


「――どうやら、間に合った様ですね」


 自駆機械オートマタ特有の、ノイズ混じりの合成音が騎士の聴覚へと届いた。それに次いで、聞き覚えのある声も同じくして彼の元へと降り注ぐ。


「マリィを返して貰いに来たぜ、鎧の王様ァ!」


 幾つもの砲首を突き出させたバレルと、その腕に抱えられ鋭い剣を持つシルベスター。それは騎士にとって、確かに消した筈の物達だった。


 ――対象捕捉ターゲットロックオン――。


 バレルの巨砲の照準が、騎士へと定まった事をセンサーが知らせた。間を置かずしてバレルは武器に命令を下す。――砲火バースト自駆機械オートマタの砲口が一度瞬き、エネルギー光を敵へと放つ!


「…………ッ!」


 射出された不可触の攻撃に、騎士は床を蹴ってそれを避ける。対象を失ったエネルギーはその侭直進し、先程まで騎士が立っていた床を貫いた。金属の地面が蒸発し、部屋全体が揺れる。


「シルベスター、今です!」

「おう!」


 騎士が室内に据えられた巨大な機械から――そこに組み込まれたマリアベルから離れたその時を狙って、バレルはその腕に抱えたシルベスターを、思い切り投げた。シルベスターの体が宙を舞い、目指す場所は機械の前。騎士が戻ろうとした時にはもう遅い。青年はすとんと着地し、少女の元へと駆け寄った。


 驚きと共に騎士は襲撃者を見上げる。僅かに焼けた右肩の装甲からは薄く煙が上がっている。


「馬鹿な……確カに橋は破壊した。一介の自駆機械オートマタ如きに如何に出来るものである筈が……」


 有り得ない筈の現実に動揺する純白の鎧。バレルは瓦礫が飛び散り終わったのを確認すると、飛行ユニットの排熱を調整し、ゆっくりと騎士の前へと降り立った。


「それでも、我々は此処に居ます。それ以上の事実は必要ありません、貴方にも、我々にも」

「――まさシく。だガ遅い……既に塔は稼働するもの哉や。卿等に止める事叶わず」


 態勢を立て直した騎士へと再び砲口が火を噴く。騎士は携えた巨剣でそれを防ぐと、目の前の自駆機械オートマタへと斬り掛った。

 飛び散る火花の向こうで、シルベスターは静かに稼働している中枢機械に足を掛け、上に座すマリアベルへと手を伸ばしていた。


「マリィ! マリィ、無事か!?」


 声を掛けながら何度か揺さぶると、少女の眼がゆっくり開く。


「……シルベスター……」

「マリィ、良かった……!」


 少女が自分を見た事に安堵し、シルベスターはマリアベルを抱き締める。


「シルベスター、良かった……良かった、生きてたんだね」


 マリアベルもまた、激流に落ちた列車に居た青年が無事である事に安心する。暫く抱きあって再会を喜んだ後、シルベスターは優しくマリアベルを抱き上げ、少女を捕えるそこから下ろすべく足元を確認した。少女の温もりを腕に感じながら、青年は声を掛ける。


「マリィ、起きたばっかのトコ悪いけど、急ぐぞ!」

「待って、シルベスター」


 少女を抱えてその場から降り始めたシルベスターに、マリアベルが制止を掛ける。


「――――さセぬ」


 ――歪んだ声が響いた、その次の瞬間に轟音が爆ぜた。騎士はバレルの砲撃を紙一重で避けると、舞い上がる粉塵に紛れて青年と少女の元へと接近する。キン、と金属が克ち合う音。彼等が気付いた時には、もうそれは目前迄迫っていた。

 振り下ろされる白刃。咄嗟にシルベスターは少女を抱える腕の片方で剣を抜き放つ。


 ――ガィン!!


 交差する巨剣と中剣。だが鎧の騎士の強力に、片腕だけで対抗し得るものではない。マリアベルを庇いながら応戦するシルベスターは徐々に押されて行く。


「行かセぬ……ヘパイストス、卿の役目は未だ了してオらず。我が元に留まレ」

「ミス・マリアベル!」


 近くに青年と少女が居る為、砲撃が主たる自駆機械オートマタは手を出す事が出来ない。それだけではなく、騎士との応戦を続ける内に何時の間にか中枢室にも新たな警備装置が現れ始めて居た。


「我は待っタ……永き時永き時代永き夢! それヲ、斯様な若輩等に……!」


 騎士の大剣に更に力が加えられる。――押し切られる。そう思った時、剣の柄を握るシルベスターの右手に、そっと手が添えられた。シルベスターの視線が、彼の横、腕の持ち主の少女へと向けられる。


「シルベスター……! 頑張って……!」


 その白く細い腕は、及ばずながらも少しでも時間を引き延ばそうと懸命に剣を支える。


「ま……マリィ、」

「大丈夫、絶対に、帰るんだから……!」


 口を結び、マリアベルは白き騎士を睨みつける。か細い身でそれでも強く在ろうとする少女の姿を見、シルベスターもまた感覚の薄れつつある腕に力を振り絞る。状況は辛うじて拮抗。だが消耗が激しいのは二人の方だ。続けば先に疲弊するのは彼等であろう。

 明らかに不利な条件下。だがそれを打破すべく少女は自駆機械オートマタの姿を仰ぐ。


「バレル! 撃ち抜いて!! この大きな機械を!!」


 中枢室の壁一面を覆う、巨大で精緻な機械群。それを指し示し、マリアベルは叫ぶ。少女の意図する事が解らずバレルは困惑を浮かべる。


「し、然し、これはこの塔の制御機構です! 破壊すれば何が起こるか……仮に当たり所が悪ければ中に居る我々も只では済みません……!」


 加えて騎士の指示により、この塔は別層にて新たなる機械を生み出し始めている。制御を失えば、それ等は止まる事無く続けられ、外へ溢れ出てしまうかも知れない。それはバレルにとって望ましくない結末だった。――けれど。けれど少女はそんな危惧にも関わらず、その唇に柔らかな笑みを見せた。


「――あ……」


 その一言で、少女の言わんとする事にバレルは気付き、視覚センサーを収縮させる。騎士もまた目論見に気付き、その名を口にする。


「ヘパイストス……!」


 そうだ。その名だ。マリアベルの持つ能力に与えられた名称。それが全てを表している。ヘパイストス、鉄の神だと誰かが言った。人ならざぬ金属に通じるもの。


 ――一つの機械に於いて。何が良いのか、悪いのか。その内部で何が起こっているのか、電気の流れ、歯車の接触。彼等の事は彼等が教えてくれる。そんな事、少女は今迄何度もやってきた。


「大丈夫、絶対に暴走させたりなんかしない。私の言う通りに狙って、早く!」


 マリアベルは手は柄を握った侭、体を機械へと接触させる。――読み取るべきは回路。主たる指示機能を損傷させずに、一時的でも良い、騎士の命令を止められるのは――。


「正面左中央部、青い灯が密集している所、その下にある集積回路を壊して!」


 マリアベルの指示を聞き届け、バレルは既に充填を始めて居た遠距離精密砲の照準を合わせる。暗く長い砲筒の中に光が散り始める。

 三――二――一――――遠距離主砲充填完了ロングバーストコンプリート――。完了信号が自駆機械オートマタの演算回路へと響く。そして――煌めく熱き閃光が、巨大な中枢制御機械を貫いた。


「な――――……!」


 その光景に大いに動揺し、騎士の注意が僅かにシルベスター達から逸れる。その瞬間を、青年は見逃さない。渾身の力を込め、騎士の腹部を蹴り飛ばすと、それはバランスを崩し、数歩後退する。その間にシルベスターはマリアベルから腕を放し、少女を解放、背後の機械を蹴って、騎士へと飛び掛かった。背中に届く少女の声は聞こえない。聞かない侭。


「バレル! もう一発だ! こいつの足元を崩せ!」

「! はい、シルベスター!」


 シルベスターの声にバレルが応え、再充填が始まる。既に何度か使用された砲は準備が整っており、直ぐ様エネルギーの補充が完了する。


「充填完了――行きます!」

「ああ! ドでかくなっ!」


 バレルの両肩の砲が再度輝き唸りを上げる。今度の砲身は二つ。出し得る限りの出力を込め、バレルは中枢室の床を撃ち抜いた。

 分厚い床がひしゃげ、穴の開いた箇所から一気に打ち壊されてゆく。ガラガラと音を立てて体を支える大地が階下へと落ちてゆく中、それは当然間近に居た騎士にも及ぶ。


「――――ッ……!」


 反射的に飛行装置を噴かそうとするが、それはバレルとの戦闘で大破していた。足元が大きな音を立てて崩れ、騎士は下の階へと重力に従って落下する。


「バレル、マリィを頼む!」


 騎士を追い、シルベスターも又崩落の雨の中へと飛び込む。迷いは無い。衒いはない。定められた物理法則に従い、彼は落ちる。バレルの攻撃は激しく、その被害は床の半分以上へと達しようとしていた。


「シルベスター!」


 薄暗く口を開いた穴へと消えてゆく青年の姿に手を伸ばす少女。その足元が余波で壊れ、マリアベルは宙へと投げ出される。――全てを呑み込まんと広がる崩落の穴。少女の目に、落下する白光の鎧とそれの軌跡を追う青年の姿が映る。その姿は確りと、剣を握って。


「ミス・マリアベル!」


 ふわりと宙を舞う少女の体を、滑空するバレルが受け止める。


「マリィ! こいつの弱点は!」


 間も無く下の階の底が近い。騎士から目を逸らさず、崩壊の音に掻き消されぬよう大声を張り上げてシルベスターがマリアベルに問う。

 突然の問い掛けにマリアベルの思考が一瞬止まる。けれどそれは直ぐにまた動きだす。――今、少女は鎧の騎士へと触れて居ない。けれど、大丈夫。大丈夫だ。


 ブラックホースから離れ、ここへ来る迄の間少女と騎士は常に接触し続けて居た。加えて、塔との接続。騎士自らマリアベルを通して情報を送り込んだ。意識はせずとも、その情報はマリアベルの中に在る。少女は自らの記憶を辿る。ぐるぐる。ぐるぐる。糸を手繰る様に、自分の中に在る、一度は見過ごしたものを引き寄せ――みつ、けた。

 マリアベルはバレルの腕から身を乗り出して叫ぶ。


「胸部装甲の下の、腹部との継ぎ目の間!!」


 そこが――騎士の数少ない装甲の薄い部位。そして、彼を動かす為の重要な装置が詰まっている所――!瓦礫と共に、騎士の体が鋼鉄の床へと叩き付けられる。自らの自重に因る重力の負荷に、騎士が呻く。そこに、後を追ったシルベスターの影が重なる。それは、切っ先を下に、両手で剣の柄を固く握って。


「……ぐオォおオお……未だだ、未だ、人の子等に、斯様に終わラせる事等オオォオ!」

「アンタは長く稼働しすぎてるんだ、合った時代が来る迄暫く寝てろ!」


 対面する騎士と青年。青年の姿が騎士の真上へと到達し――


 降り注ぐ破片の中、シルベスターの剣が、騎士の胸を刺し貫いた。


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