鋼の心 04
「グ……ァ……」
バチバチと、騎士の内部で彼を構成する物が破壊され、次々とエラーを吐き出す音がする。
抵抗しようとしてか、僅かに巨躯を揺らし、騎士が小さく呻く。――だが、それだけだった。暫くの後、シルベスターの見守る中で騎士は静かにその機能を停止させた。
「う……上手くいったか……?」
恐る恐る突いてみるが、完全に反応は消え失せて居た。
「シルベスター!」
そこへ、青年の頭上から彼を呼ぶ声が聞こえた。シルベスターが見上げると、マリアベルを抱えたバレルがゆっくりと降下している所だった。
「マリィ、ちょっ、重っ……!」
「シルベスター、良かった……!」
どんと遠慮なく高所から抱き付かれ、シルベスターは悲鳴を上げるが、その表情は嬉しそうに笑って居た。――終わった。無事に、取り戻せた。疲れた腕でもシルベスターはマリアベルを抱き締める。喜び合う二人の傍に遅れてバレルが着地する。
「早く脱出した方が良いでしょう。塔の生産機能は停止させましたが、崩壊を防ぐ為他の機能を生かして置いた結果、警備装置がこの階層へと集まり始めて居ます」
急ぎましょう、とバレルが言った時、彼等の居る部屋の扉が自動的に開く。
その向こうの暗闇の中に犇めく赤い、目、目。
「うげえ、皆さんお待ちかねだな……。どうするよ?」
「仕方がありません、壁を破壊しましょう」
言うが早いか、バレルの砲が素早く外側の壁に向き、それを撃ち抜く。熱線が金属の壁を焼き、重厚なそれは簡単に吹き飛ばされた。
「すっかり手慣れたね、バレル」
ぽっかりと空いた穴を見、マリアベルが感想を述べた。大きく拓かれた壁の向こうに広がるのは、青い青い空。暗い塔の中とは対照的な世界。明確に分け隔てられた二つの世界の境界線。
そして――何処からか聞こえる、懐かしい音。
「――あれは……」
微かな音に耳を澄ませ、空の下に広がる荒野を見ていたマリアベルが呟く。
それは強く唸りを上げる、低い残響。一定のリズムに則り、確かに音は大きくなる。
静かに腹の内を紅蓮に燃やし、それは駆ける、線路の上を。
「……ブラックホース……!」
――大陸横断鉄道、ブラックホース。大地をひた走り、幾度の災難にも倒れず彼等を運んだその汽車の姿が、何もない荒野の中に一本引かれた線路上に在る。
ぽっかりと空いた壁の穴から外を覗き込む三人の姿に気付いたかの様に、黒き機関車の汽笛が力強く鳴った。白い髪を風に靡かせる少女の手を握り、シルベスターは言う。
「行こうマリィ、待たせちゃ悪いし――」
「それに、彼等もお待ちかねの様です」
バレルの視線を追って、青年と少女は後ろへと振り返る。そこには続々と数を増やしつつある多足の警備装置がゆっくりと侵入者達へと近付きつつある様があった。
バレルは守るべき二人の人間を抱え、飛び立つべく飛行ユニットの動力を回す。
――その時。
「マ……て……」
罅割れた、低い声がした。ぎしぎしと軋む、金属の音。動く度に何処かを破損させながら、それはゆっくりと這い上がる。
シルベスター、マリアベル、バレル。全員の視線が一箇所に集まる中――一度は機能を停止した筈の純白の騎士が、体を持ち上げて居た。威厳と精緻を兼ね備えた荘厳なその姿は、今や幾つかの部位が無残に破壊され、見るも痛々しい。
「わ……ワタシ、は……了して、等……」
途切れながらも発される声。その胸部はシルベスターに因って受けた傷が在り、不定期に火花を散らしていた。それでも、騎士は頑とした意思で求めるものへと手を伸ばす。
「……放っておきましょう。もう、あれでは何も出来ません。直ぐに機能が停止します」
バレルの言う通り、一度は立ちあがったものの、騎士は再び膝をついてしまう。歩き、自らが作った出口へと向かうオートマタとの距離はどんどんと離れて行く。動けぬ騎士の背後に溢れた警備装置の黒いうねりが押し寄せる。
外へと飛び立たんとするバレル達。それを見詰めながら白光の騎士は、ただ一人。崩れた瓦礫の山の中で今にも朽ち果てようとしている。その鋼鉄の中に浮かぶ思いがあるのか、光を失いつつある騎士は、それでも手を伸ばし続け――
「来て!!」
その血の通わぬ冷たい腕に、応える腕が、在った。オートマタに体を支えられながら、少女は遠いその姿に手を伸ばす。
「早く、頑張って! 未だ動けるでしょう!」
何かの考えがある訳でも無かったし、騎士を許容した訳でも無かった。けれど、マリアベルは今にも砕けそうな騎士の姿に、手を伸ばさなければいけないと思ってしまった。
届く訳も無いのに、それでも懸命に腕を差し出し続けるマリアベルを見て、騎士が呻く。
「人ノ子、ヨ……」
既に言葉の体を失いつつある音声が騎士の体から発せられる。ぎしりと、最後の力を振り絞る様に立ち上がる。その様子に少女が僅かに微笑みかけて――然し、騎士はくるりと少女に背を向けた。そしてその侭、警備装置の押し寄せる塔の奥へと繋がる扉へと、至極緩慢に歩いてゆく。
「……我、ガ……卿等に、組する事は無し……我が――ハ……」
言葉が途切れ、少女が見守る中騎士が雪崩れる黒い影の中へと埋没する。
「ミス・マリアベル、これ以上は!」
押し寄せる機械の群れに新たなもの、一階にて遭遇した飛行仕様の装置を見付け、終にバレルは外界へと飛び出した。
敵対していた者達が飛び去る音を辛うじて機能する聴覚で聞きながら、騎士は扉の向こうを目指し続ける。反対側へ進む低級機械を掻き分けながら、思う事は一つ。
「父……アウラヌス……ドうか、我、を……」
そして騎士は、崩落により剥き出しになった壁の中――塔の内部が露出したその箇所へと倒れ込んだ。
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