鋼の心 05
塔から脱出したシルベスター達は、広がる荒地の上で塔以外に唯一とも呼べる形あるものへと向かって居た。塔の前、丁度元の方向へと戻る分岐がある線路の箇所に差し掛かった漆黒の機関車から声が届く。
「おーい! バレルー! 兄さーん! 嬢ちゃーん!」
声の主は機関士の片割れ、大柄な体躯を持つキースだ。機関室の窓から体を出し、飛行するオートマタ達へと手を振っている。応える様に、シルベスタ―達も手を振り返す。
「なぁに、ピンピンしてるじゃないの、からっきし心配する必要なんて無かったわね」
「おかえりなさぁい~、良かったぁ、皆無事で」
「お、来た来たァ、丁度間に合いましたね、オーナー!」
『うむ。乗員総出で修復した甲斐があったものだ』
「こっちこっちー! ここの屋根の上降りなよー!」
次々と掛けられる賑やかな声。――ああ、戻ってきたのだ。この列車、ブラックホースへ。
テルシェが指し示した車両の上には、短い髪とスカートをはためかせたハーティが彼等に向かって手を振っていた。
「お帰りなさい、皆さん!」
走る列車の上に静かに着地するバレルと、彼から下りるシルベスターとマリアベルへ、ハーティが駆け寄った。三人の健在な姿を見て、給仕はほっと微笑む。
「御無事で何よりです、どうぞ中へ」
「ありがと、ハーティ」
客車の中へと下りる為、マリアベルがハーティの手を取った。
――その時、突如、天高く聳え立つ塔が震撼した。
低く響く音と共に、激しく大地が揺れる。その余波はブラックホース迄届き、疾走する車体を揺らした。
「なにっ……――――!」
「……!」
震動はそれ程長くは続かず、シルベスターとバレルが塔の方を振り返って暫くすると、何事もなかったかのように巨大な建造物は静止した。だが、不穏さは拭える筈も無く、揺れが止んだ後も彼等は脱出してきた塔を見る。
「今のは……」
「何かあったようですね……、――――!」
刹那、何かに気付いた様にバレルが言葉を途切れさせた。オートマタの視覚センサーがきゅっと音を立てて絞られ、遠くへと焦点を合わせる。
その場の全員の注意が完全に塔へ向けられる中――ぶん、と何かが唸る音がし、突如、一つの真黒な物体が列車の横から飛び出した。――何時の間に付いて来ていたのか。黒い機体に、真っ赤な目、噴射する飛行装置。それは、塔の中に溢れていた警備装置だった。
危ない、と誰かが声を上げる間も無い。警備装置は甲高い電子音を発し、目前の対象物へと襲いかかる――――だが、その凶刃が屋根の上に立つ者達に届く事は無かった。
――ガイィイイン!
金属と金属が打ち合う音が、寸での所で反響する。思わぬ所から攻撃を喰らった警備装置はその演算装置部分を破壊され、滅茶苦茶な音声を上げて屋根の上に転がった。
忽然と現れたその人物は、振るった剣を手際良く鞘へと仕舞う。目を見張るシルベスター達の前で、その人物は笑った。
「――危ないな、最後まで油断は禁物だぞ?」
吹き荒ぶ風と幾らか砂の中、軍服にらしかぬ長髪が靡く。
「あっ! ロン毛の大佐!」
「やあ、元気そうで何よりだ。ヘパイストスも、オートマタもね」
シルベスターの締り無い呼び掛けに苦笑しつつ、その男、バートラム・ザック・ノエルは悠然と立つ。
「大佐! 新手が来そうですぜ!」
何処から現れたのか、気付かぬ内に隣の車両の上にはバートラムの部下がずらりと並んでいた。彼等の手には各々、得意とする武器が携えてられて居る。
禿頭の男、チェスターが指し示した塔の一点、バレルが破壊した壁の穴からは、先程の震動に活気づけられたかの様に、飛行型警備装置が黒霧の如く舞い広がっていた。陽光当たる青空へと飛び出した機械達は一斉に、塔から走り去ろうとするブラックホースへと強襲する。
向かってくる大群からマリアベルを守らんと、少女を背に身構えるシルベスターに、バートラムがまあまあと制止の声を掛けた。
「君も疲れて居るだろう、後は我々に任せ給え。――フェイ!」
「はい!」
バートラムの号令に、狙撃銃を所持した小柄な女性が元気よく返事をした。その直後、先行して突撃してきた一匹の機械を、彼女の銃が正確に撃ち抜く。
幸先の良い初弾に、フェイは小さくガッツポーズを取り、息巻く。
「さーあ、漸く私の腕の見せ所! ばんばんいっちゃいますよー!」
言葉の後にもう一発。またもや弾は機械の中央を見事に貫いた。
景気の良い先手に、もう一人の女、リィンもまた筋肉を解す様に腕を広げ、一歩踏み出した。
「私も少しは活躍しないとね、と、言ってもまた機械相手だけど」
「私もお手伝いします!」
勇む軍人達を前に、ハーティもまた、側面から飛び出したそれへ横蹴りをかまして撃退する。
だが、蹴倒した直後、左足を軸に態勢を整え切らない彼女へと、新たな装置が襲い掛かる。それをバートラムが素早く切り伏せ、機械は煙を上げて線路の向こうへと落下した。
「あ、有難う御座います……」
「いやいや、これしきの事。君を殴り倒した詫びだとでも思ってくれ」
言って、バートラムはすぐさま次の敵を一閃、斬り伏せた。
押し寄せる無機物の群れと応戦する彼等を見、それからバレルはゆっくりとシルベスターへと視線を移した。オートマタの擦れた声が言葉を紡ぐ。
「ミスター。頼みがあります」
きょとんと顔を向ける青年に、バレルは静かに続ける。
「彼は倒したものの、あの塔は未だ稼働を続けて居ます。誰かが何らかの処置をしないと、力尽きるまで動き続ける……」
そうすれば、どうなる事か。塔にどれ程の持久力があるのかは解らないが、少なくとも後三十分もすれば止まる様な代物では無いだろう。その間に延々とこの警備機械達が外へと放たれ続けたなら――――。
「警備装置達は塔の付属品。本体からの継続的な信号を失えば、機能を停止するでしょう。……私は、貴方と約束しました。ミス・マリアベルをブラックホースへと連れて戻るのを手伝うと。それを果たした今、今度は自ら課した責務を果たしに、私はあの塔へ戻るつもりです」
けれど。けれどあの大量の妨害を擦り抜け、たった一人で全てを為せるのか。
意を決し、バレルは大きな丸い視覚センサーでシルベスターの瞳を見詰めて口を開く。
「今なら未だ止められます。……私と一緒に、来て下さい。シルベスター」
垂直に立った侭、バレルはそう告げた。二人の間に少しの静寂が広がる。――是か。否か。どちらの返事が返って来るかと身構えるオートマタに――シルベスターはあっさりと応えた。
「ああ、勿論。行くよ」
当然とばかりに結論を出したシルベスターにバレルの方が動揺した声を出す。
「え、その……良いんですか」
「いや、お前は俺を何だと……それ位するって。それに、この侭ほっといたら結局大陸全体が危ないかも知れないんだから、それは困る。凄く」
再生可能な機械ではない、生身の体を持ってして、あの黒闇の群れに再び相見える事を当たり前の様に受け止める青年。バレルは他にも何か言いたそうだったが、結局、
「……有難う御座います」
そう、ぽつり。微笑む青年へと感謝の気持ちを伝えた。バレルの頼みを了承した後、シルベスターは罰の悪そうにマリアベルの方を見た。
「ぁー……、そういう訳だからさ、マリィ、悪いんだけど……」
「待って!」
謝罪を述べようとしたシルベスターを遮り、マリアベルは青年へと駆け寄って、その手をぎゅっと握った。マリアベルの透き通った瞳が真摯にシルベスターを捉える。強く指を絡ませながら、少女は青年へと告げる。
「……行かないでとは言わない。連れて行ってとも言ったりしない。……でもシルベスター、約束。お願いだから、絶対に無事で帰ってきて」
不安に表情を曇らせながら、少女はたった一つ願いを口にする。そんなマリアベルの様子に――シルベスターは笑って、彼女の頭に手を置く。
「当たり前だろ、俺はマリィを置いてどっかに行ったりなんかしない。約束しただろ? ちょっと、マリィには帰ってて貰うだけだ。直ぐに追い付いてやるよ。なあ、バレル?」
「はい。事が済み次第貴方は私が必ず都市まで届けます」
「……! うん、うん……、そうだよね……私、待ってるから、絶対に帰ってきてね、シルベスター」
シルベスターの言葉に、それ迄不安げだった少女が微笑む。暫く優しく少女の頭を撫でると、そっとシルベスターは手を放し、バレルの方へと向かう。
幾つもの機械を破壊していたバートラムが、振り返り、マリアベルの傍へと寄る。
「話は聞いた。彼女は責任を持って私が機械都市迄送り届けよう、安心してくれ」
「それは逆に危ういと思うわ。……言っておくけれど、私、貴方には全く興味が無いから」
「いや、別に私にそういう意図はないのだが……」
つんと軽口を叩くマリアベルに笑いながら、シルベスターはバレルへと掴まる。バレルの飛行ユニットの先が熱気を放ち始める。装置に完全にエネルギーが充填される前、シルベスターは何か思いついた様に少女の方へと振り返った。青年は口元に手を当て声を張り上げる。
「マリィ! 覚えてるか? 機械都市を出る前、誕生日の話をしたよな!」
「? うん」
――そういえば、と少女は思い出す。機械都市の中でそんな話もした。余りの慌ただしさに、すっかり忘れていたけれど。何故今そんな話をと不思議な顔をする少女に、青年はニヤリと口の端を上げる。
「マリィ、今決めた、俺からの誕生日祝い!」
飽くまでにこやかに。何処か悪戯の色も匂わせて。シルベスターは言う。
「俺からのプレゼントはこの世界だ!」
果て無く広がる大地を背に、青年は輝かしい笑顔で、堂々と言い放つ。――確かに、世界を危機から救うのなら、それは、間違ってはいないのだけど。
――その姿は、今から死地へと向かおうとする状況にはとても不似合いで。
余りにも、馬鹿馬鹿し過ぎて。
マリアベルは滲む涙を振り払い、微笑む。
「有難う、シルベスター。とっても素敵だわ」
――そうして、
――ブラックホースは、元来た場所へと戻る為、大地を駆け抜けていった。
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