学園都市 02
学園都市の街は駅の中と同じ様に、多くの若者が道を歩いていた。道幅に対して人間の数が多いと感じるのは、休暇のせいだろうか。
「マリアベルー、こっちこっち」
多くの人々が同年代の友人達と共に居る中、五つ以上年が離れているであろう二人の少女達は、駅を囲むアーケード街を歩く。
結局、マリアベルはテルシェと行動を共にする事になってしまった。小さな女の子に案内をさせるのは気が引けたが、乗務員全員で快く送り出されてしまっては仕方がない。
夕食作って待ってるぜー、と言うバジルの声に見送られ、二人は街の中へと繰り出した。通りに並ぶのは矢張り需要に応じてか、若者向けの衣料用品店やアクセサリーショップが多く、また手軽に食べられるデザートの店なども人気があるようだった。道路は明るい色の煉瓦に因る舗装だが、並ぶ建物は全てスッキリとしたデザインの近代建築ばかりだ。
昔ながらの古い石造りの建物を未だに使い続けている場所が多い機械都市で過ごしてきたマリアベルには、そういった全ての物が目新しい。磨き上げられた窓ガラスに反射する午後の光に、マリアベルは思わず目を細める。
「どしたのマリアベル。何か珍しい?」
興味深そうに新鮮な光景を眺めるマリアベルに、先を歩いていたテルシェが振り返る。マリアベルが首を振って答える。
「ううん、機械都市とは随分違うから、珍しくて」
「あー、機械都市って
成程とテルシェは納得した表情を見せる。
「貴女はベンジャミンさんと一緒に色んな街に行ってるんだよね。……他の都市も、こんな感じ?」
「ううん、学園都市は凄く整備されてる方なんだよ。こういうピカピカした建物がある街は他にもあるけど、全部そんな感じなのはここ位。って言っても、古い学校の寮とかには結構ボロい建物もあるみたい」
「ふぅん……」
楽しげな声を上げ、数人の女の子の集団がマリアベル達の横を駆け抜ける。
「マリアベル、クレープでも食べない? あたし、おじいちゃんからお金貰ってるから、代金は気にしなくて良いよ!」
言われてテルシェの視線を辿ると、その先には移動式の店舗が営業しており、何人かの客が並ん商品を買っている所だった。看板には可愛らしい字体で『クレープ』と書かれており、近づくにつれ甘い香りがマリアベルの鼻腔をくすぐる。
「嬉しいけど……良いの? 貴女だけ食べても、良いんだよ」
「やーだよそんなの! 一緒に食べながら行こうマリアベル! ねー何味が良い?」
ぐいぐいとマリアベルの手を引き、テルシェは移動クレープ屋へと彼女を連れていく。そんな微笑ましい様子を、離れた所から見る姿があった。
「大佐ぁ、良いんですか、あの娘を確保しなくて」
禿頭の男チェスターの問いに答えたのは、集団を率いる長髪の男、バートラム。
「良い良い、ここのセキュリティは優秀なんだ。騒ぎを起こそうものなら捕まるのはこっちだよ。
給仕から注文した品を受け取りながら、バートラムは笑う。それに笑い事じゃないとチェスターが厳つい顔を歪める。
「折角だから今はゆっくりしようじゃないか、この界隈は店舗が充実しているようだし」
ぱらりとバートラムが広げたのは、何時の間に入手したのか駅前アーケード街の案内地図だった。
「本気で遊ぶつもりですか……」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと情報は入る様にしてあるし」
「?」
怪訝な顔をするチェスターに、ガートルードがそっと懐から小さな機械を取り出す。コトンと音を立てて置かれたそれは、複数のボタンとコネクタ、それに大きなスピーカーが付いていた。
「受信機だよ。あの車内に盗聴器を幾つか仕掛けて来た。これで中の様子はそれなりに判る」
一応は措置を取ってある事に安心し、チェスターは漸く表情を緩める。
「そういう事だから……私達は買い物にでもいきましょ、フェイ」
そう言って誰も気付かぬ内に店の奥から現れたリィンがフェイを誘う。店のトイレで服を着替えたらしく、粗野な軍服は紙袋に仕舞い込み、今はぴったりとしたシャツと七分丈のズボンを履いている。
「え、でも」
バートラム達を見ながら迷うフェイに、リィンは言葉を続ける。
「私達が居たってしょうがないわよ。調査はガートルードの仕事、戦闘員は休憩タイム。折角若々しい街に来たんだから、流行の服でも買っときましょ」
「先輩、わたしは未だ若いですよー」
「わたし『は』って何よ『は』って! 言いたいことがあるなら言いなさいフェイ!」
何のかんの騒ぎながら、最終的には女性達は街へ繰り出す事になった。
その姿を見送りながら、男性陣はフルーツのこんもり載ったケーキを突つく。
「……本当に良いんですか、准将に事がバレたら」
「それについては問題ない。あの人は人望がないから、この程度誰も聞く耳を持たない」
「……あの人も、無能な訳ではないんですがねぇ……」
どうにも、と溜息を吐くガートルードの横で、バートラムはふいと視線を反らす。目標の少女は未だ同じ場所に居た。金を払い商品を受け取っている姿が見える。
「――……それに、私も彼女が狙われる理由には興味がある」
誰にともなく呟くと、バートラムは、クレープを手に微笑む少女の方を見るのだった。
◆ ◆ ◆
カーンカーンカンカン……。
所変わって、ブラックホースの停留する学園都市の駅。故郷への列車を待つ学生達のざわめきと共に、金属質の殴打音が聞こえる。
「おーいバレル、こんなもんで良いか?」
機関車ブラックホースに繋がれた客車の屋根の上、備品の金槌を握ったシルベスターが、後ろに居る
呼ばれたバレルは、シルベスターの示す修理箇所を確認すると、充分です、と答え、背面に装備した重火器の一つを起動させ、弱いエネルギービームでその接合面を焼き繋いだ。
「はー……取り敢えずこれで、八号車は終わりか」
肩を解しながら、シルベスターは修理の終わった屋根へと座り込む。隣で武器を仕舞いながらバレルが応じる。
「ブラックホースに適合する資材が積んであったのは幸いでした。そうでなければもっと時間が掛っていたでしょう」
バレルの言う通り、ブラックホースの貨物車両の一つには予備の資材がこれでもかと積んであり、シルベスター達は削り出しなどをする事もなく、それらを組み立てるだけで屋根の修復を終えることが出来たのだが――。
――あれだけ積んであるって事は……修理を必要とする機会が小まめにあるって事だよな……。
揉め事にはなれている――ベンジャミンのその言葉を思い出し、シルベスターはこめかみを押さえる。この列車は、シルベスターの想像の及ぶ所より遥かに遠い存在なのかも知れない。
シルベスターは次の修理を行うべく、屋根を伝い、慎重に九号車へと移る。その後を、バレルがふよふよと浮遊しながら(飛行機能もあるのだと本人から教えて貰った)、付いてゆく。
「なあバレル、お前は何でこの列車に?」
シルベスターの問いに、バレルは少し首を傾ぐ。
「それは……飛行機能があるのに何故列車に乗っているのかという事ですか? それなら燃料タンクの問題で――」
「ああいや、そうじゃなくて」
バレルの言葉を遮り、シルベスターは説明する。
「そうじゃなくてさ、列車に乗ってるって事は、多分何処かへ行くとか、何かを見るとか、そんなんだろうけど。機械都市でも
「…………」
シルベスターにとっては単なる質問だったが、バレルにとっては何か思う所があったのか、今迄何事にも淡々と接してきた彼が返事をせずに押し黙る。
表情を変えないその顔からは、バレルの感情を読み取る事は出来ない。二人の間に、静寂が降りる。十秒。二十秒。三十秒。
――聞かれたくない事だったろうか。シルベスターが不安になり始めた頃、漸くバレルがぽつりと口を開いた。
「若しかしたら――もうお聞きかも知れませんが」
その声を聞けた事に、シルベスターはほっと安堵する。そして、軽く相槌を打つとバレルの言葉に耳を傾ける。
「驚かないで聞いて頂きたいのですが――私は、元は帝国都市に所属する自駆機械なのです」
「えっ……」
予想外の告白に思わずシルベスターは声を漏らしてしまい、慌てて自らの口を塞ぐ。
「黙っていて申し訳ありません。しかし、確かに私は帝国都市と関わりがありますが、ミス・マリアベルを狙う者達とは関わりないと明言します。そもそも、寧ろ私も追われる身なのです」
「それは……」
「はい。私が無断であの都市を抜け出した事が理由です」
「無断……」
「帝国都市に於いては試験運転され始めている
「つまり……バレルは純帝国都市生まれで、今迄他の何処にも行った事が無かった、って事?」
「はい」
バレルの肯定を聞き、ふとシルベスターの中に疑問が浮かぶ。
生まれてずっと帝国都市の中で過ごしたというバレル。それは詰まり都市の中の事しか知らなかったという事。その彼が何故外の"列車"等に乗り込んだのか。外の事など何も知るまいに、列車などに乗って何処へ行こうと、何を見ようというのか。
「私は――そうしなければならない。機械都市で一度下車したのは……その決意を固める為でした。帝国都市を敵に回しても、そこへ行くための」
独り言のように、バレルは、金属で出来た機械の命はたった一つの目で何処か遠くを見詰め呟く。
「私には――どうしても、行くべき場所……いえ、会うべきものが、居るんです」
「それは――」
――バタン!
何かとシルベスターが尋ねようとした時、大きな音が屋根の下から響き、その声を掻き消した。その後に聞き覚えのある大声が駅中に聞こえんばかりに木霊した。
「おーいバレルー! シルベスター! 真面目に働いてっかあー!?」
陽気な台詞と共に、穴の空いた屋根からひょっこりと現れたのはブラックホース唯一のコック、バジルだった。
バジルは綺麗に修復された八号車と、未だぽっかりと穴が開いた侭の九号車を見比べ、それから深々と溜息を吐いた。
「おいおいお前さん達? 一つ直したからってノンビリしてるうじゃあ駄目だろー? 折角俺様が手塩にかけて美味しいデザートを差し入れに来たってのに……。あ、手塩にかけたっても塩を揉み込んだ訳じゃあないから安心しな!」
手にぶら提げたバスケットを示し、効果音でも付きそうな勢いでバジルはびしりとポーズを決める。大袈裟に身振りをしながらもバスケットを平行に保ち続ける技術だけは評価に値しよう。
「ふふ、お紅茶もあるのよ」
能天気な声と共に、ふわりと白磁のティーポッドやカップが舞い上がる。リンジーは自らだけではなく、他の物質も何らかの力で持ち上げられるようだった。一応、人目につく事を考慮してか、彼女自身は屋根の上までは現れず、車内からにこにことシルベスター達をを見上げている。
「休憩したらね、コンラくんも手伝ってくれるって! わたしは駄目だって言われちゃったけど……」
「当たり前だろ、駅中だぞ? 資材をふわふわ浮かしてみろ、大騒ぎだ」
相変わらず、端正な顔を不機嫌そうに歪め、コンラッドが小言を垂れる。
「今回は客がアンタ等しか居ないから。どうせ暇なら手伝った方が早く直って良い」
「ああ、給仕だもんなあ。じゃあハーティも来るのか? って怪我してるから駄目だった――」
「ハーティに……修……理……?」
どうやら聞いてはいけない事だったらしい。シルベスターの言葉から何を想像したのか、コンラッドの顔が何とも表現しがたい具合に引き攣っている。
「全く、俺の作った料理を一度でも逃すなんて、テルシェもお前の彼女も運が無いぜ。とま、そういう事だからお前等! さっさと降りてこい! 食堂車で皆待ってるぜ~」
既に休憩を取る事は決定事項のようだった。シルベスターとバレルは苦笑し合い、乗務員達を追って、屋根から降りたった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます