学園都市 03

 学園都市の中央部から、一時間ほど離れた郊外。そこに、その建物は在った。ベンジャミンから渡された地図を頼りに訪れた場所。それはとある大きな屋敷だった。近くには幾つか学校らしきものが点在しているが、駅付近のショッピングエリアとは違い人通りは疎らで、静かだった。恐らく休暇でなければ学生でごったがえしているのはこちらなのだろうが。


「――その知り合いの人がどういう人か、貴女は知ってるの?」


 首を少し傾けて尋ねるマリアベルにテルシェは難しい顔で答える。


「うーんとね、あたしは会った事ないんだけど、おじいちゃんが言うには研究員で、凄く変わってるけど、悪い人じゃないから大丈夫、だって」

「そう、悪い人じゃないんだね」


 何とも不安になる表現だったが、一先ず、マリアベルはその点に於いて良しとする。ベンジャミンがそういうのなら、間違いはないだろう、きっと。

 二人は屋敷の入口まで近づくと、目前にどっかりと構える大きな門を見上げた。太く黒い芯を持つその門扉は硬く閉ざされており、簡単に開く気配は無かった。代わりに、その横に小さなインターホンが付いていた。ボタンの上には黒く丸い模様があり、どうやらこちらの様子を内部から観察出来るカメラ付きタイプの様だった。


 ――ピンポーン


 テルシェが背を伸ばしてそれを押すと、ごく普通の電子音が響いた。そして、少しの間。


「……留守?」

「んー、おじいちゃんから連絡行ってると思うんだけどなぁ……あ」


 二人が囁き合って居ると、唐突に何かが軋む音がした。それはどうやら目の前の門から聞こえてきている様だった。何処からか機械が駆動するような音が聞こえ――そしてゆっくりと、閉ざされていた一対の扉が、重たげにその身を動かし始めた。

 数秒後、そこには二人の少女を誘う様に広く開かれた道があった。


「入って良いって事だよね、これは。行こ、マリアベル」


 如何いかにも怪しげな演出だが、特に警戒した風も無くテルシェは屋敷の建物を目指して歩いてゆき、マリアベルもそれを追う。

 屋敷の扉の前まで着くと、そこもまた表門と同じ様に誰の手も借りず、自動的に二人の来客を迎え入れた。ぽっかりと空いた四角い入口の中に、マリアベルとテルシェは黙って踏み込む。


 屋敷の中は昼間にも関わらず暗かった。窓はどれも分厚いカーテンによって覆われ、外の光は届かない。唯一、薄暗い明りだけが真っ直ぐに床を照らしており、まるで道のように進むべき方向を示していた。


「これについて行けば良いって事だよね、うん」


 そう言うと、矢張り物怖じもせずテルシェはすたすたと示された道を進む。

 ――あの騒がしい列車に乗っているのだから、この程度の事は慣れているのかも知れない。そんな事を思いながら、マリアベルもまた静かに埃一つない床を歩いてゆく。


 暫く進むと突き当りの壁が見えてきた。どうやらここで部屋は終わりらしい。だが、そこに在るのは壁だけでは無い。飾り気のない一様な壁の真ん中に金属の扉が在った。その横には上下を示すボタンが一つずつ配置され、扉の上には数字の入った丸い表示が並んでいる。そしてその内の一つ、1の番号が刻印された印が今は仄明るく光っている。


昇降機エレベーター?」


 マリアベルがやや訝しげにその正体を口にする。照らされた先に在るのだから、これに乗れという事なのだろう。どうする? とマリアベルはテルシェの方を見る。


「まぁ、乗るっきゃないよね。でも上に行けば良いのかな、下に行けば良いのかなぁ?」


 二つのボタンをじっと見詰め、テルシェが呟く――と、その時。

 ――ウィーン……。


 丁度見計らったかのように昇降機の扉が開く。二人は顔を見合わせると、招かれるが侭それに乗り込んだ。金属の箱の中は人が乗るに些か広いもので、本来の用途は物搬用なのだろう事を感じさせる。


 扉が閉まると、今までと同じ様にまた自動的に移動すべき階数が選択され、昇降機が動き出す。轟々という音の中、二人の体は下へと沈む感覚を味わった。階数を選択するスイッチの内、一つが仄かな明かりを灯している。招待の地は――地下一階。


 現在の位置を示すランプが目的の場所へと達した事を示す。それと同時に昇降機を動かしている機械が停止し、特有の浮遊感が収まる。そして次にゆっくりと、箱と部屋とを隔てている扉が開かれる――。


 ――そこは。

 そこは最初に入った部屋と同じく、明かりの無い場所だった。地下故に窓すらなく、唯一の眩い光源であった昇降機内の明かりが消えると、最初の部屋より更に暗い。ただ大きな違いは――この部屋は数多の大型機械で埋め尽くされているという事だった。


 何かの蓄積機サーバーのようなもの。大型の製氷機のようなもの。ただ単に寄せ集めた鉄屑を組み上げたのようなもの。様々な意味の解らない機械が、広い部屋中そこかしこと並べてあり、緑や赤のランプが一定の周期で点滅している。雑然と数多の機械が並ぶ――一体ここはどういった部屋なのか。それはこの部屋の主にしか解るまい。


 二人が機械の群れに暫し圧倒されていると、唐突に機械の群れの奥の一角に、ぱっとささやかな明かりが灯った。反射的に、彼女達の目がそこへと向く。


「――やあ、君達がコールドマンの使いか」


 コツン。コツン。

 響いたのは壮年の男の声。部屋の暗さと、光源がその背後にあるのが災いして顔はよく見えない。ただ足音と共にその影が近づいてくる。裾が長いのは白衣を着こんでいるからだろうか。


「んん……使いというのは正しくないな。彼は紹介すると言っていた……つまり、此度の案件は君達自身が抱えているという事だ」


 ピタリ。

 足音の主はマリアベル達の目の前で止まった。そこまで来ると漸くその姿を確認する事が出来た。


 ――奇妙な男だった。機械に溢れた部屋に相応しく、真白な白衣を羽織っては居るが、その下は真っ黒なカラーシャツに斑模様のネクタイ、ズボンには縦縞模様があしらわれている。大凡、研究員らしからぬ格好だ。

 更に髪型も相応に変わったもので襟足の長いそれを後ろで一纏めにはしているが、何故か両の揉み上げ部分は三編み状に結っている。耳にはピアスが何輪か。そして最も変わっているのは、こんなに暗い室内だというのに真っ黒なサングラスを掛けている所だった。纏めるのなら、チンピラとパンクを融合させた様な風体と言った所か。


「それで、御用件は何かな、麗しき御嬢さん方」


 にこりと男は微笑むが、格好が格好だけに優しさとか温かみだという物より怪しさが先に立つ。どう対応したら良いものか逡巡するマリアベルだったが、努めて普通に挨拶を試みる。


「私は、マリアベル、マリアベル・ファティマ。貴方は――」


 マリアベルの言葉に、ふむ、と男は呟き、じろじろと観察した後再び口を開いた。


「おじさんはラル・マコーレーだ。ラルでもマコーレーでも先生でもおじさまでも好きに呼び給え。そっちの子はコールドマンの血縁かな」


 ラルと名乗った男の考察に、テルシェが反応する。


「うん、そうだよ。名前はテルシェ。どうして解ったの? おじいちゃんに聞いた?」

「おじいちゃん。そうか、孫か。通りで目鼻立ちが似ている」

「おじいちゃんの顔、知ってるの?」


 テルシェが驚くのも当然だ。ベンジャミンはその全身を真黒な鋼鉄の鎧で包んでいて、表情所か姿形を知る事さえ難しい。そのベンジャミンとテルシェを似ていると評せるという事は、少なくとも一度はベンジャミンの顔を見たという事だ。

 ぱちくりと幼い目を瞬かせるテルシェに、ラルがくすりと口元を歪める。


「勿論。あの生命維持装置を作ったのはおじさんだからね。さて……ここは暗い。こっちへおいで」


 ラルの言葉に従い、二人は彼の後を追って明かりの点いている方へと向かう。ズラリと並んだ大型機械群の間を通りながら三人は歩く。先行する背を追いながらも、マリアベルは両端を圧倒するそれらを見上げ、疑問を口にする。


「これ……何の為に置いてあるの? 随分と、種類に一貫性が無いように見えるけど」


 その問いに、ラルは慣れたように答える。


「何でもやるんだよ、僕は。機械ばかりだから勘違いされるが、古典英語だって出来るし……まあ、矢張り基本的には機械工学を教えているんだが。おじさん自身としては、専門は考古学……とか言っちゃいたいんだけどねえ」


 今は流行りじゃないんだ、と呟くラル。

 明かりの所まで辿りつくと、そこには来客用と見られる机や椅子がきちんと用意されていた。更にその奥には引き出しのあるデスクとその上に雑多に山積みにされた紙の束等があったが、それは彼の仕事机だろう。


「――それで」


 男はマリアベルとテルシェをソファに座らせると、自分は仕事机に添えられていた車輪キャスター付きの椅子をカラカラと来客机まで転がし、無造作にその上に座った。


「それで、君達――否、君、かな。君はおじさんに何の用かな。コールドマンは直接的な事を教えてくれなくてね」


 ぱちくりと幼い目を瞬かせるテルシェに、ラルがくすりと口元を歪める。


「勿論。あの生命維持装置を作ったのはおじさんだからね。さて……ここは暗い。こっちへおいで」


 ラルの言葉に従い、二人は彼の後を追って明かりの点いている方へと向かう。ズラリと並んだ大型機械群の間を通りながら三人は歩く。先行する背を追いながらも、マリアベルは両端を圧倒するそれらを見上げ、疑問を口にする。


「これ……何の為に置いてあるの? 随分と、種類に一貫性が無いように見えるけど」


 その問いに、ラルは慣れたように答える。


「何でもやるんだよ、僕は。機械ばかりだから勘違いされるが、古典英語だって出来るし……まあ、矢張り基本的には機械工学を教えているんだが。おじさん自身としては、専門は考古学……とか言っちゃいたいんだけどねえ」


 今は流行りじゃないんだ、と呟くラル。

 明かりの所まで辿りつくと、そこには来客用と見られる机や椅子がきちんと用意されていた。更にその奥には引き出しのあるデスクとその上に雑多に山積みにされた紙の束等があったが、それは彼の仕事机だろう。


「――それで」


 男はマリアベルとテルシェをソファに座らせると、自分は仕事机に添えられていた車輪キャスター付きの椅子をカラカラと来客机まで転がし、無造作にその上に座った。


「それで、君達――否、君、かな。君はおじさんに何の用かな。コールドマンは直接的な事を教えてくれなくてね」


 膝と手を綺麗に揃えた姿勢で、マリアベルはラルへと向き合う。


「私は……その、知りたい事があって。それで、ベンジャミンさんに言ったら知人に博識な人物が居るから、紹介してくれると」


「ふむふむ成程、確かに僕は博識だ。だが君の期待に応えられるかはまた別――解るかね?」


 ラルの言葉に、マリアベルは少し目を伏せる。


「それは……無理だ、という事?」

「んん、そうじゃない。そうじゃないよ、只、過度な期待は禁物、という事だ」


 落胆しかけたマリアベルだったが、ラルの言葉に再度顔を上げる。――過度な期待は禁物。大丈夫だ、解っている。自分でもサッパリ解らない事を他人が瞬く間に解決してくれるなんて、思ってはいない。


「それじゃあ……話を聞こうか。慌てなくて良い、おじさんの時間はたっぷりあるからね」

「はい――」


 ラルに促され、マリアベルはそれを話し出した。


 ――自分が帝国都市の部隊と名乗る者達に追われている事。

 ――彼等が自分をヘパイストスと呼ぶ事。

 ――そして、自分にある特殊な力の事も。


 全てを聞き、それまで静かだったラルのサングラスの向こうの表情が面白そうに歪む。


「良いねえ、良い、実に良い。そう、鉄のヘパイストスね。確かに意味はない。だが重要だ。名前は重要だよ、君」


 俯きながら一人で楽しげに笑うと、唐突に顔を上げ、ラルはマリアベルを見る。


「ああ大体解った。解ったとも。君の質問は理解した。さあて何から話そうか、ヘパイストス――いや渾名では失礼だな、マリアベル」


 初めて白い少女の名を呼ぶと、男は自分の膝に肱を置き、指を絡めた状態で口の前にその手を置いた。これまでも謙虚とは言えない態度だったが、それによって一気に彼の内にある自信や好奇心が滲みだし、より横柄な雰囲気が醸し出される。


「解り易い所から、御願したいわ」


 慎重に答えたマリアベルを見、ラルは満足そうに頷く。


「んん、簡潔シンプルで良い。では先ず初めに――彼等の目的が君のその機械の心を読む能力である事は間違いない」


 有り得ないと思っていた事をそうと断言され、マリアベルは戸惑うが、それすら見越した様にラルは言葉を続ける。


「マリアベル、君は君の力を過小評価し過ぎだ。君はそれを機械の意思を読み取るだけのものだと思っているが――それは君が今まで精度の低い機械にしか触れた事が無かったからだ。機械都市の最新鋭オートマタ? 駄目だね、


 技術の最先端。世界を豊かにした機械の源の都市。誰もが現在最高峰と認める機械都市の科学技術を――その男は、ラル・マコーレーは完全に否定する。


「ならば何処の機械なら可能なのか? この学園都市か? 否、違うね。科学技術の中で機械都市が最も優れたそれを有する事は、否定しない」


 だが――と、ラルは意味ありげな表情をマリアベル達に向け告げる。


「この世界にはね、人の英知を超えた遺産があるのさ」

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