四月 - 放課後の旋律6

 その、咲の言葉どおりだった。

 海での良太の泳ぎは、篤志の想像とはまるで違った。

 波に溶けるかのようにすうっと潜っていったかというと、あっという間に沖合から顔をのぞかせ、篤志に手を振ってみせる。ゴーグルをつけて潜って見ると、水中の良太の身体には力みなどまるでなく、それでいて潮の流れを縫うかのように速い。

 力強さを内包する、なめらかな泳ぎ。まさに水を得た魚だった。

「すげー、りょーちんマジすげー! 海女さんなんてもんじゃないじゃん、ゴーグルもなしでさ。魚類? 魚類なの?」

「はは、魚類ってなんだよ。まあ子どもん頃から、プールより海で泳いでる時間のが長いから、身体が慣れちゃったんだな」

「慣れちゃったんだな、ってそんなあっさり……海ん中でゴーグルいらないなんて、人体のフシギだよ? モーケン族だよ?」

「ごめん、そのナントカ族ってよくわかんない。俺はただ……海の中から、光を見るのが好きなんだよ。ゆらゆら揺れるのを見るのがさ」

 良太は照れくさそうに笑うと、プクンと潜ってしまった。

 そんな良太を見送ってから、篤志は咲に尋ねる。

「この町で育ったからって、みんながみんな、りょーちんみたくスイスイ泳げるわけじゃないっしょ?」

「うん。海での泳ぎに限って言えば、良太の巧さは段違いだね」

 そう言って咲はクスクスと笑う。本当に良太の泳ぎに感心している様子の篤志が微笑ましく、またそういう魅力的な泳ぎを持っている良太を誇らしくも思った。

 そんな咲の表情を見て、篤志が軽く首を傾げる。

「咲は、前からよくりょーちんと一緒に海に来てたの?」

「えっ? ううん、海にはしょっちゅう来てたけど、別に良太と一緒に、ってことは……。あっつんが来る前は、お互いそんなに喋ったこともなかったし」

 唐突な篤志の質問に、意図を図りかねた咲はキョトンとする。

「でもまあ、この辺の子どもは結局みんなこの浜で遊ぶからさ。見かけたことはそりゃ、何度もあったよ? ほら、あの辺りで泳いでんのも、うちのクラスの子でしょ」

 そう言う咲が指差した方には、確かに見知った顔が数人と、その輪の中にヒョイと海面から顔をのぞかせた良太が見えた。

 篤志はフンフンと頷きながら、

「そっか、なるほどなー。つまり咲は、まだりょーちんのことをよく知らなかった頃から、あの子すごいなーって遠目に見つめてたわけだ」

 と、ひとり納得する。

 咲はパッと顔を赤らめて、

「ち、違うっ、そんなんじゃないっ! ただめちゃくちゃ海で泳ぐのが上手い子がいるって、学年で噂になってたから知ってただけだよ!」

 と、躍起になって否定した。

 きっとそれは、嘘ではないのだろう。篤志はそれ以上咲をつつくことをせず、良太のいる方をじっと見ていたが、ふいに柔らかく笑った。

「う、何?」

 篤志の笑顔に、咲は思わず身構える。

 だが篤志は、柔らかな表情で良太を見つめたまま言った。

「俺も、りょーちんみたいに泳げるようになりたいな」

 咲は、ぽかんと篤志を見た。穏やかな横顔。視線の先には、良太。羨望の眼差しのようでいて、どこか決意を秘めているようで。

 しばらくは黙っていたが、やがてニッコリと笑うと、

「じゃあ、海でも特訓あるのみだねっ」

「わ、ちょ、咲っ」

 咲は慌てる篤志の肩に手をかけ、揃ってザブンと海に倒れこむ。そんな二人を遠くから見て、良太は声を立てて笑った。

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海の碧、空の青 @niancoro

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