四月 - イレギュラーな始業式4
「はじめまして、
澄んだ声が響き、はじめてその光が人の形を成したように感じられる。
華奢な身体つき。白磁の肌に、内側から仄かに色づくような頬。いっそ銀と見紛うプラチナブロンドの髪は腰まで届くほどに長く、ありとあらゆる角度からの光を受けて鱗粉を散らしたように輝いていた。
月の女神か異界の姫か、はたまた実体化した妖精か。
そんな馬鹿げたことを思わず夢想せずにはいられないほど、美しいがしかし、極限まで現実離れした外見の女子生徒がそこにいた。
当の本人は全校生徒の驚愕などまるで気づいていないのか、瞳をキラキラと輝かせて生徒たちを見渡すと、満面の笑みでペコンと頭を下げた。
「一学期という短い間ですが、どうぞ、よろしくお願いします!」
小山はその瞬間を待っていたかのようにニヤリと笑うと、
「以上で始業式を終わる! 各自、教室に戻って待機だ。勝手に帰るなよ」
そう言って勝手に始業式を閉め、講堂中の視線を一身に集める女子生徒を伴って、舞台を去っていってしまった。
一同は、硬直したまま講堂に取り残される。
小山のお膳立てによって演出された転入生のお披露目は、生徒たちの思考を見事なまでに停止させたのだ。それこそが、小山の思惑だったのだろう。
見かねた教頭が、マイクで教室へ戻るよう促す。ようやく端の方からのろのろと列が動き始めても、気味が悪いほどに生徒たちは終始無言だった。
* * *
教室に戻ると、ようやく人心地ついたらしい。何かの術が解けたかのように、あちこちのクラスに新学期特有の浮ついた活気が戻ってきた。
二年二組の教室においてもそれは同様だった。いまだ戻らぬ豪傑担任を待ちながらも、そこかしこに雑談の輪が生まれている。
だが一方で、恐ろしいまでの自制心が各々の心に働いているのも明白だった。
渦中の転入生は教室にいた。ほかの生徒たちに遅れること数分、ひとりで教室にやってきたのだ。だが小山不在時にあっても、興味本位で転入生に絡む者や、その様子を窺い見るような者は、一人も居なかった。ちょうど両隣に座ることになった女子が二人、簡単な自己紹介とともに「よろしくね」程度に声をかけたくらいだ。
常人離れした外見と、例外過ぎる転入期間。余計な詮索をしたくなる要素満載だからこそ、小山は敢えて、初っ端から全校生徒に協力を要請した。彼女を温かく受け入れろと――つまりそれは、彼女を好奇の目に晒すな、軽はずみに出自や転入の理由を問うような真似をするなという、一種の脅しだったのだ。
そのことを、教室に着く頃にはほとんどの生徒が理解していた。そしてその脅しが最も効力を発揮するのが、二年二組内であることは言うまでもない。
落ち着かないのは、篤志と良太であった。
「やられたねぇ」
篤志が小声で話しかけている良太の後ろには『彼女』が座っており、必然的に視界に入ってしまう。そのさらに後ろには、空虚な面持ちでどこも見ていない咲の姿があり、篤志はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
良太は良太で、咲が気がかりなものの、迂闊に振り返ることができない。後ろに座る転入生を無視する自信も直視する勇気も、まるでなかったからだ。
自分たちの席へ咲を呼び寄せようにも、こちらを向いている篤志がそれをしないということは、咲自身が茫然自失の体でいることは想像に難くなかった。
「……コヤジは何考えてんだ」
情けない話だが、今できることは担任へ悪態をつくくらいだ。それを受けて、篤志はちょっと上目遣い気味に良太を見る。
「まぁ確信犯でしょ」
「……はぁ」
良太は大仰に溜め息をついた。話の芯をぼかしてはいたが、篤志が何を言わんとしているかは、良太にもわかる。
規格外の転入生を受け入れるに当たって、一体誰が受け持つか。
おそらく小山は、自らすすんで名乗り出たのだ。始業式のパフォーマンスから考えて、間違いないだろう。
一方で、クラス編成にもかなり注文をつけたはずだ。比較的聞き分けがよく、また順応力の高い生徒が、学力が偏り過ぎない程度に二組に集まるように。教室を見渡してみればなるほど、いわゆる〝付き合いやすいタイプ〟ばかりが揃っている。
となれば、学校生活のあらゆる場面において、必然的に関わる機会の多くなる――出席番号順で前後に並ぶ生徒のことを、小山が殊更に留意しなかったわけがないのだ。
つまり、この神経を磨り減らす席順には、小山の意図なり思惑なりが働いているということになる。
「俺たちなら、なんとかすると思ったのかね?」
「そんな買いかぶられても困んだけど……」
良太が脱力気味につぶやくと同時に、
「んじゃ生徒手帳配るぞ、きりーつ!」
と、自分で号令をかけながら小山が教室に入ってきた。
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