四月 - イレギュラーな始業式3
校長は、その柔和な物腰で生徒たちから好かれているが、いかんせん話がものすごく長い。加えて、非常に穏やかな声質と口調の持ち主である。
講堂内に心地良く響く挨拶――生徒たちは諸行事ごとに睡魔と戦うことを余儀なくされ、多くは戦わずして敗北を受け入れる。新年度最初の始業式であっても、それは例外ではなかった。
ふわあ、と篤志が無遠慮な欠伸をすると、それが周囲の生徒たちに感染していった。この現象は謎だよな、などと考える端から、良太も欠伸を噛み殺す。と、壇上の校長に小山がツカツカと歩み寄り、何かを耳打ちするのが見えた。
「はい、えー、うむ……そうですね。では、私の話はこれくらいにして……。小山先生より、二年二組への転入生をご紹介いただきましょう」
その途端、講堂に充満した眠気にざわめきが取って代わった。とりわけ二年二組の生徒たちの覚醒ぶりは顕著で、各々居住まいを正して壇上を注視する。
もちろん当該クラスである以上、転入生に興味があるのは当然だ。
だが、理由はおそらくそれだけではなかった。
篤志、良太、咲の三人を一括りとするのは、彼らの同学年のあいだではもはや共通認識なのだ。当たり前の「名前順」が唐突に、誰も知らない転入生に割り込まれたということ。それは当事者の三人だけでなく、二組の生徒たちにとっても、驚きと、ある種の緊張感をもたらす出来事なのだった。
良太は、ざわついた空気に乗じて後ろを振り返った。うつむいたままで表情の見えない咲をしばし見つめていたが、唐突にその手首を引き、二人の立っている位置を入れ替える。
「……?」
良太の視線は壇上に固定されたままだ。咲は黙って良太の顔を見上げていたが、やがてゆっくりと前へ向き直った。
校長が片手を挙げて、軽く会釈しながら数歩下がる。小山は頭を下げてそれに応えると、マイクの前に進み出てその高さをグッと上げた。
「みんなおはよう。今年二年二組を担任する、小山だ」
さざめいていた空気が急に凪いだ。
「校長先生からお話があった通り、私のクラスに転入生を迎え入れることになった。
聴いているこっちの背筋が伸びるような、張りのある声が講堂に響く。
「やっぱジンノ、だったんだ」
篤志は小声で独りごちた。
小山の話が続く。
「私は彼女を、私のクラスだけでなく、我が校に迎え入れるのだという心持ちでいる。皆も学年やクラスの別を問わず、温かく受け入れてもらいたい」
そこで良太は、軽く首を傾げた。
当の生徒が出てくる気配がない。
いつもの小山の調子なら、『彼女』とやらをさっさと壇上に挙げ、自己紹介をさせて終わりそうなものだ。中途編入だからといって、気を遣うようなことも遣わせるようなことも、最初からしないに決まっている。優しいんだか優しくないんだかわからないが、とにかくそういうサバサバとした思い切りの良さこそが、小山の小山たる所以なのだから。
それを何やら遠回しなこの物言いは、一体なんだろう。
「ただ、仁野さんが当校に在籍するのは一学期間のみだ」
「えっ」
小さく弾かれたような声を上げたのは咲だった。
「限られた時間ではあるが、だからこそ、彼女のここでの学校生活が有意義なものとなるよう、私は助力を惜しまないつもりだ。どうか皆も協力してほしい」
唖然。一学期の間しか在籍しない、という話はもちろんだが、それ以上に良太は、小山の発言が解せなかった。
小山が真摯な面持ちで、一人の生徒のバックアップを宣言している。校内において絶大な人気を誇るからこそ、特定の生徒に肩入れするような素振りを、少なくとも人前ではこれまで微塵も見せたことのない小山が、だ。
そんな小山がよりにもよって全校生徒の前で転入生を特別扱いし、さらにはほかの生徒にまでそれを求めてしまったら。温かく受け入れるどころか、かえって転入生をやっかみの対象にしてしまうだけではないのか?
似たようなことを考える生徒がほかにもいたのか、そこかしこからひそひそと声が漏れていた。篤志も怪訝そうな顔で振り返る。
「どうなってんの?」
咲も良太も、無言のままかぶりを振った。
そんなことに頭の回らない小山だとは思えなかった。まったく態度には出さないが、自身がいかに生徒たちから支持を得ているか、だからこそどのように振る舞うべきか、小山は十分に自覚しているはずなのだ。
それとも、なお特別扱いするだけの何かが、『彼女』にはあるのだろうか。
そんなことを、良太が思ったときだった。
「よし、じゃあ仁野さん。こちらへ」
講堂がふたたびシンと静まり返った。
舞台袖へ向けられた小山の手が、弧を描く。その指先の軌跡に導かれるかのように、銀色の光がきらめきながら壇上へ滑り出た。生徒たちは固唾を飲んで――あるいは、言葉を失って――それを見た。
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