四月 - イレギュラーな始業式5

「佐藤隆史」

「はい」

「次、島田篤志」

「はいはーい」

 篤志が軽い調子で返事をしながら教壇に向かう。小山は表紙の真新しい手帳でペシッと篤志の頭を叩くと、その手にある古い手帳を受け取った。

「返事は一回!」

「へ――――いっ」

 そんなやりとりを見ながら、良太はズボンの後ろポケットをごそごそと探り、生徒手帳を引きずり出す。学生証としても用いられるこの高校の生徒手帳は、一年ごとに交換することになっていた。

「清水良太ー!」

 篤志が席に着くのと入れ替わりに、良太が歩み出る。教壇で手帳を差し出すと、それを受け取りながら小山はニッと笑ってみせた。

「よろしくな」

 シンプルな担任の挨拶としても聞き取れるが、どことなく他意を感じる。勘弁してくれと思いながら自分の席に戻る途中、良太はその視線の先に居る転入生とバッチリ目が合い、思わず立ち止まってしまった。まるで映画のワンシーンのように、周りの景色がスローモーションになり、すうっと色を失う。

 吸い寄せられるような瞳。講堂の距離ではわからなかったが、その色は複雑な深みを持つ青みがかったグレーだった。子猫の目の色だ、と、良太は自宅で飼っている白猫を思い出す。光り輝く豊かな髪と、白桃のように仄かに色づく肌。

 間近で見るとますます匂い立つような美少女だったが、その猫の瞳の故か、儚げと表するよりは好奇心いっぱいという印象を受けた。

「清水ー、さっさと席に着けー」

 冷やかすような小山の声が背にかかり、良太はハッと我に返った。急に目を逸らすわけにもいかず、曖昧な会釈をしてそそくさと席に着く。

「では次、仁野夏波!」

「はい!」

 にこやかな返事とともに、背後で立ち上がる音がした。白い手足がスッと真横を過ぎ去る。座席と座席の間の狭い通路にひらめく長い髪は、まるで光の束が軌跡を描いているような錯覚を良太に起こさせた。

 小山は柔らかい笑みで彼女を迎えると、手帳を手渡しながら言った。

「ここでの生活を、思う存分楽しむといい。生徒手帳は、その権利の証だ」

「……ありがとうございます!」

 感極まったように生徒手帳を胸に抱き、頬を染めて小山を見上げる少女の姿に、

「そんな大層なモノか、あれ?」

 と、篤志が小声で漏らした感想は、クラスメート一同の心情を代弁したものだった。

 だが次の瞬間、信じられない反応があった。

「そうなんです!!」

 少女が興奮冷めやらぬといった表情で、バッと生徒たちのほうへ振り向いたのだ。

 思わず全員がビクッと体をこわばらせた。

 潤んだ瞳で教室を見渡すその視線は、ひとりひとりの顔を確認するようにゆっくりと、端から端へ動いていく。そうしてやや俯き、自身を落ち着けるように小さく息をつくと、もう一度顔をあげた。

「あっあの、あらためまして、仁野夏波といいます! 私、ずっとこの町に、学校に、憧れていました。今だって、夢のなかにいるみたいな気持ちです」

 その高揚ぶりを裏付けるように、少女は生徒手帳を掻き抱いたまま胸を薄く上下させ、真っ白な肌に差す頬の赤みは一層その色を強くしている。

「一学期という期間は、短いのかも知れないです……でも、それでもここにいられる間、私はちゃんとこの学校の――このクラスの一員でありたい。最後まで、たくさんのことを見て、聴いて、感じたいです。どうか……どうか、よろしくお願いいたします!」

 そう言って少女は、勢い良く頭を下げた。

 ……静寂。あまりにもひたむきな嘆願に、クラス一同呆気に取られたという他ない。だが同時に、まるでこの少女の思いが波及したかのように、教室内には奇妙なまでの一体感が広がっていた。そうして気がつけば、クラス全員が――もちろん、篤志も良太も、咲も――拍手を送っていたのだ。

 少女は拍手を受けると照れたような面持ちを見せ、あちこちにお辞儀をしながら、自分の席へと戻っていった。

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