四月 - イレギュラーな始業式2

「せめてシマモトとか、シマムラだったらなぁ。俺様マジックもついに及ばずかぁ」

 篤志のフォローとも慰めともつかない微妙な発言は、咲に届く前に墜落する。三人が教室へ向かう道すがらの空気は、ひたすらに重かった。

 確かに、割って入られたのが篤志と良太の間であれば、咲はこれほど狼狽えることはなかっただろうと、良太も思う。むしろ内心ガッカリしつつも、篤志をからかうくらいの余裕を見せただろう。

 咲は、言い知れない疎外感をありありとその顔に張り付かせたまま歩いていた。

 たかが出席番号順と言ってしまえばそれまでだが、そう笑い飛ばすようなことは、篤志にも良太にもできない。それこそが、三人の連帯感を特別たらしめる要素のひとつだと、重々承知しているからだ。

「まぁいまさらこういうの想像してなかったから、確かにちょっと動揺するな」

「いっそクラスも違ったほうが、諦めついたよ……」

 良太の同調を受けてようやく咲がもらした一言は、これまた本音というにはあまりにも気弱で、子どもっぽかった。

 篤志は、ん〜っと一声唸ると強めの溜息を吐き、二人の前に出て向き直る。

「あのさー、咲」

 真っ直ぐ咲に視線を据えた。

「ガッカリすんのはわかるけど。俺はやっぱ、今年も咲とりょーちんとおんなじクラスで良かったなーって思ってるよ」

 唐突な発言に、咲はキョトンとして篤志を見返す。

「もしホントに咲だけ違うクラスだったりしたら、俺、それこそすごいガッカリしたさ。だから、そんな寂しいこと言うなよ」

 珍しく真剣な表情でそう訴えられ、咲は自分の弱音を篤志が聞き流さなかったのだと気付く。少しバツが悪そうに顔を背けた。

「な、何よあっつん……私だってそりゃ……」

 視線を泳がせながら咲が口ごもったそのとき、篤志が言を継いだ。

「咲が居なかったら俺、誰にノート借りればいいかわかんないじゃんか」

「!」

「りょーちんじゃあ、全然アテになんないしさ〜」

「えー」

 みるみる顔が真っ赤になる咲、やる気のない抗議の声をあげる良太。

「俺こう見えて咲のこと、すっごい頼りにしてるんだよねぇ」

 深刻そうな表情から一転、「にひ」と歯を見せる篤志に、咲が涙目で掴みかかった。

「んんんんんもーっ! 何よ何よっ、あっつんのバカっっっ!」

 むんぎゅと篤志の顔を引っ張る。

「あいで、でででででっ! いだ、いだいよシャケっっ」

「誰がシャケだっっ! 痛くしてんの! 反省しなさいっっ」

 渾身の力でむにむにと篤志の頬をこねくる咲を見て、良太は笑いを噛み殺す。

「そうかぁ、俺はアテになんないかぁ」

「りょーたもうるさいよっっ」

 白々しい良太の嘆きに咲の怒号が飛んだところで、ちょうど予鈴が響き渡った。


 とはいえ、いざ教室に入ると、咲はまた少し落ち込んでしまった。出席番号順に名前の書かれた座席表が黒板に貼られていたが、何度見てみても、良太と自分の間には、知らない誰かの名前が書かれている。篤志の軽口でやや気を取り直したものの、現実的な疎外感は思った以上に大きいものだった。

 篤志と良太に続く後ろの席は、ずっと私の席だったのに。

 私の、場所だったのに。

(ほんとみっともなくて、やんなっちゃう……)

 寂しいのか、やきもちを妬いているのか。いずれにしても、咲にとっては自己嫌悪に足る感情だった。目の前の席に着くのがどこの誰だって、ちゃんと笑ってよろしくねと言える自分でありたいのに。

 ところがその席は、本鈴が鳴っても空席のままだった。ぼんやりと見つめていると、三つ前の席から篤志が振り返る。

「もしかすっと同じ学年にまだ知らないやつがいたのかなーなんて思ってたけど。やっぱ転入生かねぇ、このタイミングで居ないってことは。始業式で紹介かな」

「ん……そだね」

 篤志は、自身が転入の経験を持つこともあって、まだ見ぬ誰かさんに純粋に興味を持っているのだろう。あまりにも気のない返事をしてしまったことにはたと気づき、咲は慌てて取り繕った。

「て、転入生だったら、あっつんが面倒見てあげるといいかもねっ」

 空元気丸出しの発言に、篤志も良太もやれやれと頬杖をつく。

「~~~~~~っ」

 二人の態度から『無理すんな』という思念を感じ取ったのか、咲はへなへなと自分の机に突っ伏してしまった。

「にしても、担任遅くね? 新学期早々、教師が遅刻って」

 頬杖をついたまま、篤志がぼやく。

 良太が時計を見上げると、確かに本鈴が鳴ってからもう十分以上経っていた。

「そういや自分の名前探すのに必死で、担任の名前確認すんの忘れてたな」

「やー正直、それどこじゃなかったしょ」

「まぁなあ……ってか、もしかすっとまた、」

 何事かを思いつき、良太が言いかけたときだった。

「やあ諸君! おまたせ!」

 ガラリと勢い良く前の扉が開き、気っ風のいい声が響いた。颯爽と教室に入ってくるその姿に、きゃあっと女子の歓声が上がる。

「遅くなってスマンね、担任の小山だ。一年間よろしく!」

 スラリとした長身に、整った顔立ちの人物が入ってきた。洗練された外見とは対照的に、気取った印象がまったくない。担当教科は国語と古文、四〇〇CCバイクを駆って通勤するバレー部顧問。その人こそ、二年二組の担任である小山だった。

 小山は女子ウケが圧倒的である一方で、男子からの人気は今ひとつだ。決して嫌われているということではないのだが、あまりにもハイスペックであるがゆえに、男子は小山に気後れしてしまう。

 そう、小山は女性だ。小山恵梨こやまえり――字面は実に愛らしいが、彼女自身のありようは、あまりにも『オトコマエ』だった。そのせいか、いろんな意味で「小山には敵わない」というのが、校内における男子生徒の常識となっている。

 そんな男子一同の思いから生まれ出た渾名かどうかは定かではないが、男子は概ね彼女のことを〝コヤジ〟と呼んだ。コヤマに親父を引っ掛けているのだが、それはつまり、名実ともに彼女をこの学校のボスと認めているに等しかった。

「やっぱコヤジか」

 良太は苦笑交じりに、先ほど言いかけたその名をつぶやいた。

「相変わらず、すっげー人気だねぇ」

 篤志も改めてその様を目の当たりにし、感心とも呆れともつかない溜め息をもらす。二年連続で小山が担任するクラスに当たるというのは、男子にとっては幸か不幸か判断の難しいところだ。

「とりあえず出欠もろもろは後だ。さ、移動移動!」

 小山はそう言ってパン! と手を打つが早いが、またさっさと出て行ってしまった。それに続くように、生徒たちはガタガタと席を立ち、廊下へと出る。

 そうしてなんとなく列を形成しながら、二組一同は講堂へと向かっていった。

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